一見に如かず
ドアベルのカランという音に、カウンターに座る少女は縫い針を止めた。

「やあ、フランシス。君の注文したものはまだ完成していないんだが」
「おはよう、モナコちゃん。ちょっと二階に行ってもいいかな」

フランシスは少し苦笑して、ややからかいを含んで笑う少女に答えた。少女はHAOではかなり有名なお針子で、プランシポテ・ドゥ・モナコという。知的な印象のある薄い縁取りの眼鏡に、三つ編みにした長い小麦色の髪。前髪の左側、眼鏡より少し上に括った赤いリボンと、木苺色のドレスがとても可愛らしい。
彼女は現在、唯一の裁縫スキルをマスターした職人として知られている。仕事を山ほど抱えているので、最高級の素材持参でなければ絶対に注文を受け付けてくれない。

「構わないよ、彼もお待ちかねだ」
「ありがとう」

手土産をカウンターに置くと、フランシスは店の奥にある階段を上った。その様子を眺めながら、モナコはふと思い浮かんだ疑問を投げかけた。

「昨日面白い話を聞いたんだが。君、何を企んでいるんだね?」

フランシスは足を止め、答えあぐねて口を開閉させた。それでも答えらしい答えが見つからず、慎重に言葉を選んで答える。

「全てが終わったら、品物をとりに来るよ」
「そうかい。じゃあ私は上等のワインを用意しよう。君の話に見合うような、ワインをね」

モナコはあっさりと追及を諦めた。誰にだって、言えぬことの一つや二つはある。彼の言葉を信じて、待っていればいい――彼は待つに値する人だから。彼女の優しさに、フランシスは目を細めて嬉しそうに笑った。

「ありがとう、モナコ」



フランシスの家に着くと、椿はギルベルトにメッセージを送った。ホテルの個室や個人の家は、基本的にオートロックで契約した本人しか解錠できない。ただし、それは室外からであって、室内からは家主以外でも扉を開けられる。つまり、椿がフランシスの家に入るには、ギルベルトかフランシスに頼むしかないのだ。椿がギルベルトに頼んだのは、彼の方が機敏に動いてくれそうな気がしたからだ。予想通り、彼はすぐに扉を開けてくれた。

「早かったな、椿。それで、どうだったよ」
「少し興味深いことがありました。フランシスさんは?」
「あいつなら、ちょっと針子のところに行くって言って、ちょっと前に出たぞ」
「そうですか……」

フランシスはHAOでも指折りの服飾職人であり、いつでも沢山の仕事を抱えている。おそらくは、仕事関係のことで針子に用が合ったのだろう。友が死んだのに、仕事に取り掛かるなんてと思う者もいるだろう。しかし、何かにひたすらに打ち込むことで、悲しみが和らぐこともある。少し前まで、椿が最前線に籠ってひたすらレベルアップに集中していたように。
それを思い出した椿は、ふるふると頭を振って思考を切り替えた。感傷に浸っている間はない。今は《圏内PK事件》の解決を急がねばならないのだ。リビングのソファに向かい合って座り、椿は今朝のことを全てギルベルトに話した。

「《UK》が?」

武器没収の行で、ギルベルトは眉を寄せた。些かならず素行の悪い《UK》でも、カツアゲしたという噂は聞いたことがない。

「あいつがカツアゲ……?よっぽど切羽詰まった状況におかれてんのか?」
「ええ、かなり。彼はたぶん、今回の事件にかなり深く関わっています」
「それも、おそらくは被害者の側で、な」

現時点で、アーサーが加害者の側である可能性は低い。まず武器を回収するなら、現場に残さないのが上策だ。例え不手際で残してしまったとしても、わざわざ回収するメリットがない。武器からわかるのは鍛冶屋の名前だけ、使い手や前の持ち主のことなどはわからない。わざわざ顔を晒して関係者だと知らせるくらいなら、姦計を知る鍛冶屋を消した方が確実だ。つまり、アーサーは己の罪を隠蔽するために武器を回収したのではない。事件に関係のある人物に思い当りがあり、それが本当かを確認するためだ。

「となると、アーサーの予想は最悪の形で当たったわけか」
「そうですね……、あの動揺っぷりでは、そうなのでしょう」

否定したかった可能性が、椿の言った鍛冶屋の名前によって事実となった。失望と動揺、そして些かの恐怖が、彼の洩らした呻きに含まれていた。恐怖――それは、おそらくは“次は自分が狙われる”という予想だ。

「過去にアントーニョさんとアーサーさんは一緒に何かをした。そして、シャルル・ヴァロワが《圏内PK》によって復讐を始めたのでしょうか」
「復讐というより、あれは制裁に近い気がする。それに、“次はお前だ”っつー犯人からのメッセージでもあるぜ、多分」

派手な演出と残虐な手口。それはそのままに、共犯者であるアーサーへのメッセージにもなるのだ。“次はお前がこうなるのだ”という、死刑宣告として。

「どのみち、情報が足りねぇな。アントーニョ、アーサー、シャルル・ヴァロワの三人には何らかの関係があるが、今話したことは予測に過ぎねぇし」
「はい。では、フランシスさんに話すときは、先入観を持たないようにしなければいけませんね」
「だな。この話はこれで終りだ」

ギルベルトの一言で自然と頭の中が切り替わる。まさに個性豊かな《攻略組》の面々を束ねる《KoG》というべきか。

「次は俺の話だ。昨日考えたんだが、《貫通継続ダメージ》ってのは圏内でも有効ななのか?」
「え?」
「毒や火傷、凍傷でもダメージは継続するが、これらは《圏内》に入ったら治るだろ?」

確かに、HAOにおける《貫通継続ダメージ》は、貫通武器によるダメージ以外にも、毒や火傷、凍傷がある。どれもじわじわとHPを削るだけの地味なダメージで、《圏内》に入るかポーションを使うかすれば回復する。HPが少なかったり、アントーニョのように損傷範囲が広ければ別だが、本来は適切に対処すれば死に至るものではない。

「武器による《貫通継続ダメージ》を《圏外》で喰らったまま《圏内》に入った場合、それはどうなる?」
「それは、その、わかりませんが……やはり、止まるんじゃないですか?」
「だったら、刺さってる武器は自動で抜けんのか?」

ギルベルトの言ったことを想像してみて、椿は顔を歪めた。表面にちょっと刺さっている程度なら、勝手に抜けてもカサブタが取れたくらいの感覚でいけそうだ。しかし、胸や腹に深々と突き刺さった武器が、勝手にズルリと抜け落ちるのは流石に気持ちが悪い。
HAOのリアルなアルゴリズムのおかげで、大体のプレイヤーは短期間でアバターの体に慣れた。今では、多少の違和感も気にならないくらい、現実の肉体と混同してしまっている。もし武器が勝手に抜け落ちたら、アバターに対する認識や心身のバランスが崩れかねない。現実ではどうあっても、武器が勝手に抜け落ちる事などあり得ないのだから。

「でも、どうやって確かめるんですか」
「そりゃあ、試すしかねーだろ?」
「え、それはもしや、つまり」

ギルベルトは不敵な笑みを浮かべて、椿の前に立てて見せた人差し指を窓の外へ向けた。

「百聞は……って言うだろ?」
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