生命の碑
朝食後、ギルベルトを一人にしないため、《軍》のローデリヒが呼ばれる事になった。五分で現れたローデリヒは、ただの傭兵扱いだとわかるとポコポコと怒り出した。

「まったく貴方という人は、何か判明したのだと思えば……!」
「よしんば何かわかっても、いの一番に坊っちゃんに教えたりしねぇよ」
「何ですその態度は。人にものを頼む時くらい、もう少し態度をお改めなさい!このお馬鹿さん!」

ぎゃいぎゃいと言い合いする二人に、椿は思わず呟いた。

「お二人とも仲が宜しいんですね」
「違いますよ」
「違ぇよ」
「いや結構仲良しだろうがお前ら」

間髪入れずに否定した二人に、サディクは思わずツッコミを入れた。



転移門で第一層の主街区『始まりの街』に降り立った椿とサディクは、あまりに閑散とした街中に目を瞬かせた。普段ならば、三百人から四百人が滞在するこの街はそれなりに賑わっている。それがまるで廃村のように静まり返っている。BGMもノクターン風で、かなりもの寂しい。

「一体どうしたんでい」
「さあ……とりあえず、行きましょうか」

怪しみながら街のなかを歩いていた椿達は、すぐにその理由を知った。ほぼ十メートル毎に《軍》の小隊が現れ、外出するなと怒鳴りつけてくるからだ。これでは、ゆっくり散歩することは愚か、おちおち買い物もしていられない。閑散としている訳だ、と椿達は納得した。
しかし、これでは宮殿に行くまでに何度も足止めを喰うことになる。仕方なくサディクがトレードマークの仮面を付け、追い払うことにした。《攻略組》に属すギルド《テュルク》のリーダーを見ると、彼らはすごすご引き下がっていった。《攻略組》を見て引き下がるということは、ローデリヒは狙われたのが《攻略組》の一人だとは知らせていないらしい。

《攻略組》は全プレイヤーの中でもトップクラスの者達だ。その《攻略組》がレッドに殺されたと知れば、中下層のプレイヤーが恐怖で竦み上がってしまう。ローデリヒが被害者の素性を伏せたのは、的確な判断だったと言える。椿とサディクはシェーンブルン宮殿に入り、『生命の碑』が設置された部屋に向かった。
其処に居るのは、友人や恋人の死を信じられず、確認に来た人達ばかりだ。啜り泣きや嘆く声が響く空間に、二人は無意識に目を伏せた。

「シャルル・ヴァロワ……」
「横線は、刻まれていませんね」

二人はS行を目で追い、ほぼ同時にそのプレイヤーネームを見つけた。横線は刻まれておらず、彼が生存していることはわかった。次に、椿はA行に視線を向けた。できるなら確認などしたくないが、被害者の死も確かめねばならない。

「生きていますね」
「死んでるな」
「「……え?」」

ほぼ同時に『アントーニョ』を見つけ、椿とサディクは呟いた。しかし、相手と自分の言葉が真逆で、二人は顔を見合わせた。

「サディクさん、彼は生きていますよ」

椿はantonioと書かれた文字を指差した。しかし、サディクはA行ではなくU行を指差した。

「けどよ、ここのuntonioは死んでんぜ」

untonioと書かれた名前には横線が刻まれており、横にも死亡時刻が現れている。死亡理由は貫通継続ダメージ。死亡日時はウメの月、昨日の夕方だ。

「死亡日時も理由も当てはまる。たぶん、こっちがアントーニョだろ」
「……そのようですね」

これで、アントーニョの自演でないことは確実となった。彼は確かにあの夜、あの槍で貫通継続ダメージを受けて死んだのだ。

「椿。一つ聞きたいんだがよ」
「はい」
「ギルベルトをフランシスの元にやったのは、これを見せねぇためだな」

サディクの問いに、椿はぴくりと肩を震わせた。否、問いと言うには語調が確信的だから、確認だろう。

「……違います。フランシスさんに万一後追い自殺なんてされたら、事件が解決しませんから、見張りにですよ」
「嘘はいけねぇな」

椿の詭弁を、サディクはあっさりと一蹴した。その上で、今回は退かぬと言わんばかりに、険しい顔で睨み付けてくる。これ以上踏み込んでくれるなと、椿もまた睨み返す。殺気と見紛うような緊張が二人を包み、視線がぶつかり合って火花を散らす。場違いで異様な雰囲気に、周囲の人々は嘆くのを止めて息を殺した。やがて、緊張を破るようにサディクが一歩、踏み出す。

「正直に言ったらどうなんでい、これを見てあいつが悲しむのは避けたかったんだってよ」
「違います。確かに私はギルベルトさんを此処から遠ざけました。でも、そんな理由じゃありません」
「椿」

サディクが諌めるように声を鋭くするが、椿は止まらなかった。

「ギルベルトさんが絶望し、消極的になっては、事件が解決しないからです。私は――」
「椿!」
「私は!」

殊更強い語調で遮られ、サディクが不服そうに唸る。きりきりと追い詰めてくる視線を避け、椿はそっぽを向いた。

「……私は、誰かに心配される資格も、誰かを心配する資格もない人です」
「……」
「だから、そんな理由じゃないんです。私が、ギルベルトさんに気を遣うなんて、ありえない……ありえないんです」

拒絶より否定に近い言葉に、サディクは仮面の下で苦虫を噛み潰したような表情になった。

「でもなぁ、椿。俺は、嬉しかった」
「……?」
「嬉しかったんだ。おめぇが俺を頼ってくれて、またこうして肩を並べてこの街を歩けた」

それだけで、サディクは本当に嬉しかった。あのデスゲーム宣言の日以来、椿とサディクが私用で肩を並べて歩いたことはない。ボス攻略の時や、椿が店に買い物に来た時に会話するだけ。サディクが何度パーティーに誘っても、椿は頑なに固辞してきた。仲良くなる資格なんてない。自分はサディクを一度見捨てたような奴だと。サディクがいくらもう良いんだと言っても、ただひたすらに。
それを寂しく思い、椿が自責の念から解き放たれる事を願っていたから、サディクは突っ掛かった。それは、今の椿には少しばかり性急だったのだけれど。

「なあ椿よ」
「はい」
「バクラヴァでもムサカでもアシュレでも作ってやっからよ、いつでも俺の店に来な」

サディクの言葉に、椿はほんの少し眉尻を下げた。

「変わりませんね、サディクさんは」

互いに背を向けて走ったあの日から、サディクは優しいままだ。椿はサディクを見捨て、利己的なスタイルでレベルを上げ、サディクより強くなった。なのに、恨むでなく、妬むでもなく、今もなお友人として接してくれる。それが椿には嬉しくて、同時にとても申し訳ないのだ。自分なんかが、と思うと、どうしても躊躇ってしまう。

「サディクさん」
「何でい」
「私がお店に行ったら、迷惑になりませんか」

恐る恐る訊ねてみると、目の前ににゅっと手が伸びてきた。ぱちん、と可愛らしい音が鳴り、額に小さなエラーメッセージが現れる。相当に手加減されたデコピンに、椿は目を瞬かせた。

「馬鹿言ってんでねぇやい。おまえさんが十日に一ぺんでも顔を出さねぇ方が、俺にとっちゃ迷惑だ」
「……?それは、どういう……」
「生きてるか死んでるかわからねぇで心配させるくらいなら、週一回は顔を出して安心させろってこった」

わかったら行くぞ、と言って、サディクがロングコートの裾を翻す。颯爽と歩く灰色狼の背を、椿は半ば茫然として見つめた。
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