ダークグレー
サディクのホームタウン、五十層の主街区『セニ セヴィニョルム』は異国情緒漂う街並みをしている。赤茶色の屋根と白い壁の建物が立ち並び、中央には街の四分の一を占める大きさのビザンティン建築の宮殿があった。サディクが率いるギルド《テュルク》はその宮殿を本部として活動している。内部はかなり改造されており、五割が部外者も入れるアーケード、四割が職人の工房になっている。

実質一割ほどの生活空間にはギルメンの職人が三十人、商人が十五人、戦闘要員が十五名が住んでいる。一割ほどと言っても宮殿自体がかなり広いため、部屋が余りに余っている。椿達はサディクの私室兼執務室へ案内され、質のいいカーペットの上に座った。対面するように、サディクも同じようにカーペットの上に腰を下ろす。

「それで、俺に頼みごとってのは何なんでい?」
「はい。今回の事件で使われたアイテムの鑑定を頼みたいと思いまして」

椿はアイテムストレージを開き、件の短槍とロープをオブジェクト化させた。短槍には逆棘がいくつもついており、抜こうにも棘が食い込んで抜けない構造になっている。これを凶器に選んだ犯人の残虐性が垣間見えて、椿は顔をしかめた。感じたことはサディクも同じらしく、彼は槍よりロープに手を伸ばした。

「まずはロープだな。ちょいと失礼すんぜぇ」

サディクはロープを受け取り、その表面を指で叩いた。するとアイテムの名前と性能の書かれたウィンドウが現れる。サディクはそのウィンドウの隅にある『鑑定』ボタンを押した。すると、鑑定スキルが発動して、アイテムの詳細情報が記されたウィンドウが開く。

「NPCショップで売ってる安モンのロープだな。耐久値は半分くらいに減ってるが、特にといって変わったところはねぇな」

ウィンドウを閉じて、サディクはロープを返す代わりに短槍を受け取った。先程と同じ手順で詳細情報を開くと、サディクは目を瞠った。

「プレイヤーメイドだ」

サディクの言葉に、ギルベルトと椿は息を呑んだ。職人スキルを持つプレイヤーが作ったものを、プレイヤーメイドと呼ぶ。そして、プレイヤーメイドの品物には、製造者の名前が刻まれている。製造者から話が聴けると意気込み、ギルベルトは身を乗り出した。

「製造者は誰だ?」
「シャルル・ヴァロワ。聞いたことのない名前だな」
「名うての鍛冶屋ではないということですか?」
「ああ。少なくとも、名の知れた鍛冶屋じゃねぇな。まあ、自分のためにスキルを上げてる奴もいるだろうが……」

一大市場を運営するサディクに心辺りがないならば、椿やギルベルトが探しても見つかる可能性は低い。

「だが、この武器を精製するには相当のレベルが必要だぜ。そこに至るまで、完全にソロってのはありえねぇ」
「まあ、そうそういないわなぁ」

ギルベルトの言葉に、サディクが呆れたような表情で椿を見やる。気まずくて、椿はさっと視線を逸らした。

「わ、私もパーティーを組むことくらいあります」
「ボス戦の時だけだろーが」

抵抗を試みるも、あっけなく蹴り飛ばされる。しかし、渋い顔をしつつもそれ以上は追及せず、サディクは件の武器を指差した。

「ともかく、それを作ったやつはろくな奴じゃねぇ。俺の知ってる鍛冶屋なら、こんなモン作ったりはしねぇ」

短槍には逆棘で抜きにくく作られており、《貫通継続ダメージ》を狙っていたのは明らかだ。しかし、《貫通継続ダメージ》はフィールドに出現するモンスターには殆ど効果がない。モンスターは筋力値が軒並み高く、逆棘がついていようと十秒弱で引っこ抜いてしまうからだ。抜かれてしまうとダメージは継続しないので、投擲武器は大抵、攻守交代のブレイクポイントを作るために使われる。そのため、大抵は装備重量に響かないよう軽量化され、攻撃力より命中率補正を重視する。

しかし、この短槍は攻撃力に特化している。逆棘のせいでバランスが悪く、重量も増しており、命中率はむしろ落ちている。つまり、この短槍は、モンスターではなくプレイヤーを相手に作られた武器なのだ。それも、《貫通継続ダメージ》でプレイヤーを恐怖させながら、じわじわと殺すために。
鍛冶屋なら、仕様を注文された時点でこの残酷な目的に考えがいく。PKのための武器など、普通の鍛冶屋なら作らない。シャルル・ヴァロワという人物は、倫理観が薄いのか、或いはもっとダークな性格の――レッドの仲間なのか。どのみち、居場所を突き止めても、歓迎されそうにない。

「グレーだろうがレッドだろうが、俺様が絶対に見つけるぜ!」

意気込むギルベルトに、椿も深く頷いた。《圏内PK》のやり口を突き止めるためにも、諦めるわけにはいかないのだ。

「それじゃ、とりあえず――」

すぱーと水煙草の煙を吐き出し、サディクは言葉を切った。

「「とりあえず?」」

ギルベルトと椿が聞き返すと、サディクは壁際に立っていたNPCメイドに煙管の先を向けて言った。

「今日は泊まってけ。捜査は明日からだってんでぃ!」

二人はがくっと崩れ落ちた。
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