- ダークグレー
実質一割ほどの生活空間にはギルメンの職人が三十人、商人が十五人、戦闘要員が十五名が住んでいる。一割ほどと言っても宮殿自体がかなり広いため、部屋が余りに余っている。椿達はサディクの私室兼執務室へ案内され、質のいいカーペットの上に座った。対面するように、サディクも同じようにカーペットの上に腰を下ろす。
「それで、俺に頼みごとってのは何なんでい?」
「はい。今回の事件で使われたアイテムの鑑定を頼みたいと思いまして」
椿はアイテムストレージを開き、件の短槍とロープをオブジェクト化させた。短槍には逆棘がいくつもついており、抜こうにも棘が食い込んで抜けない構造になっている。これを凶器に選んだ犯人の残虐性が垣間見えて、椿は顔をしかめた。感じたことはサディクも同じらしく、彼は槍よりロープに手を伸ばした。
「まずはロープだな。ちょいと失礼すんぜぇ」
サディクはロープを受け取り、その表面を指で叩いた。するとアイテムの名前と性能の書かれたウィンドウが現れる。サディクはそのウィンドウの隅にある『鑑定』ボタンを押した。すると、鑑定スキルが発動して、アイテムの詳細情報が記されたウィンドウが開く。
「NPCショップで売ってる安モンのロープだな。耐久値は半分くらいに減ってるが、特にといって変わったところはねぇな」
ウィンドウを閉じて、サディクはロープを返す代わりに短槍を受け取った。先程と同じ手順で詳細情報を開くと、サディクは目を瞠った。
「プレイヤーメイドだ」
サディクの言葉に、ギルベルトと椿は息を呑んだ。職人スキルを持つプレイヤーが作ったものを、プレイヤーメイドと呼ぶ。そして、プレイヤーメイドの品物には、製造者の名前が刻まれている。製造者から話が聴けると意気込み、ギルベルトは身を乗り出した。
「製造者は誰だ?」
「シャルル・ヴァロワ。聞いたことのない名前だな」
「名うての鍛冶屋ではないということですか?」
「ああ。少なくとも、名の知れた鍛冶屋じゃねぇな。まあ、自分のためにスキルを上げてる奴もいるだろうが……」
一大市場を運営するサディクに心辺りがないならば、椿やギルベルトが探しても見つかる可能性は低い。
「だが、この武器を精製するには相当のレベルが必要だぜ。そこに至るまで、完全にソロってのはありえねぇ」
「まあ、そうそういないわなぁ」
ギルベルトの言葉に、サディクが呆れたような表情で椿を見やる。気まずくて、椿はさっと視線を逸らした。
「わ、私もパーティーを組むことくらいあります」
「ボス戦の時だけだろーが」
抵抗を試みるも、あっけなく蹴り飛ばされる。しかし、渋い顔をしつつもそれ以上は追及せず、サディクは件の武器を指差した。
「ともかく、それを作ったやつはろくな奴じゃねぇ。俺の知ってる鍛冶屋なら、こんなモン作ったりはしねぇ」
短槍には逆棘で抜きにくく作られており、《貫通継続ダメージ》を狙っていたのは明らかだ。しかし、《貫通継続ダメージ》はフィールドに出現するモンスターには殆ど効果がない。モンスターは筋力値が軒並み高く、逆棘がついていようと十秒弱で引っこ抜いてしまうからだ。抜かれてしまうとダメージは継続しないので、投擲武器は大抵、攻守交代のブレイクポイントを作るために使われる。そのため、大抵は装備重量に響かないよう軽量化され、攻撃力より命中率補正を重視する。
しかし、この短槍は攻撃力に特化している。逆棘のせいでバランスが悪く、重量も増しており、命中率はむしろ落ちている。つまり、この短槍は、モンスターではなくプレイヤーを相手に作られた武器なのだ。それも、《貫通継続ダメージ》でプレイヤーを恐怖させながら、じわじわと殺すために。
鍛冶屋なら、仕様を注文された時点でこの残酷な目的に考えがいく。PKのための武器など、普通の鍛冶屋なら作らない。シャルル・ヴァロワという人物は、倫理観が薄いのか、或いはもっとダークな性格の――レッドの仲間なのか。どのみち、居場所を突き止めても、歓迎されそうにない。
「グレーだろうがレッドだろうが、俺様が絶対に見つけるぜ!」
意気込むギルベルトに、椿も深く頷いた。《圏内PK》のやり口を突き止めるためにも、諦めるわけにはいかないのだ。
「それじゃ、とりあえず――」
すぱーと水煙草の煙を吐き出し、サディクは言葉を切った。
「「とりあえず?」」
ギルベルトと椿が聞き返すと、サディクは壁際に立っていたNPCメイドに煙管の先を向けて言った。
「今日は泊まってけ。捜査は明日からだってんでぃ!」
二人はがくっと崩れ落ちた。