警戒せよ
フランシスを寝かせたあと、ギルベルトと椿は二十層主街区『ラビーダデ ウンオンブレ』に戻った。不審な事件が起こった場所だというのに、広場は閑散とするどころかごった返している。もっとも、大半は観光に来ていた中下層のプレイヤーではなく、《攻略組》の面子だ。《軍》のローデリヒ、《テュルク》のサディク、《カルマル》のデンを筆頭に、名だたるプレイヤーが群れなす様は、対ボス戦を想起させる。

椿はさっと視線を巡らせ、《ひまわり》と《UK》のギルドメンバーがいないことに気付いた。これら二つのギルドは、《攻略組》で何かと幅を利かせたがる。特に、最強ギルドの名誉を望む最大手ギルド《UK》ならば、ギルベルトの不在を機とみて場を仕切ろうとしてもおかしくない。ともかく、椿は注目を避けるためギルベルトの後ろに隠れた。少人数ならまだしも、広場いっぱいの人間の目に晒されるなど耐えられない。

「ギルベルト、貴方にお聞きしたいことがあります」
「わかってる。今説明するっつーの」

話しかけてきたローデリヒを制して、ギルベルトがすっと表情を引き締めた。その瞬間、ざわめいていたプレイヤー達がさっと静聴の姿勢をとる。

「既に聞いているだろうが、つい一時間ほど前、この広場で一人のプレイヤーが殺された」

ギルベルトの言葉に、ざわめきが走った。しかし、《カルマル》のデンが前に出たことで、また静まり返る。

「どういった手口だ?」
「わからない。敢えて言うなら、……あり得ないだろうが、《圏内PK》だな」
「それはつまり、完全決着デュエルじゃねぇってごどが?」
「……そうだ。メッセージは見当たらなかった」
「見落としたってぇことはねぇんだな?」

重ねて訊ねるデンに、ギルベルトは頷いてみせた。

「俺は最も近い場所にいたが、そんなものは見なかった。椿と周囲のプレイヤーも町中を探し回ったが、なかったらしい」
「……っ」

思いがけず名を出されて、椿は飛び上がった。目立ちたくないから隠れているのに、名前を出すなんて容赦ない。

「俺がこの事件を調べる。なにか判ったら全員に通達するから、それまでは警戒を怠るな」

レッドによる犯行を示唆する含みに、ローデリヒは眉根を寄せ、忌々しげに溜息をついた。

「貴方に言われなくとも、我々が警戒を怠ったことなどただ一度とてありませんよ」
「そこは了解って言っとけよ、この腐れ坊ちゃんが」
「嫌ですね。貴方の命令に従ったみたいに聞こえますから」

しれっとした顔で答えて、ローデリヒは傍らに控える副リーダーに視線を移した。彼女はフライパンを両手で握り締め、注意深く周囲を窺っている。

「エリザベータ、すぐに広報員の手配を」
「はい、メールで本部に指令を出しておきました!」
「ありがとうございます。では、戻りましょう。本部ですることは山とありますが、此処ですることはありませんからね」

ローデリヒはその場に居た人々にちくりとくぎを刺し、転移ゲートへ姿を消した。これ以上する事は無いと言われれば仕方なく、プレイヤー達も順次散って行く。《KoG》の三番手たるルートヴィッヒと、《テュルク》のサディクが広場に残る。衆目がない事を確認して、椿はギルベルトの後ろから出た。すると、サディクが駆け寄ってくる。

「椿さん、今日はまた可愛らしい装いをしてるじゃねぇか」
「あ、いえ、これはフランシスさんに勧められまして」

サディクに指摘されて初めて、椿は自分が普段と違う格好をしていることを思い出した。圏内の安全性が疑わしい現状、すぐにも普段の武装スタイルに戻したほうが良いだろう。 しかし、着替えの為でも事件のあったこの街では宿をとりたくない。今までは最前線で適当な宿をとってきたが、安全性を考えたらマイホームを買った方がいいのかもしれない。 椿は心の中で、買うときはランに良い物件を探してもらおうと決めた。

「サディクさん、今回の件で、少し頼みたいことがあるのですが」
「勿論、椿さんの頼みなら何だって聞きやすぜ」

サディクが快く引き受けてくれたことに安堵し、椿はギルベルトに目配せした。彼は一つ頷きを返し、弟に視線を移す。

「聞いたな、ルッツ?」
「ああ。兄さん、俺も調査に……」
「駄目だ。お前が調査に加わったら、誰にギルドを任せるんだ?」
「だが、っ!」

ギルベルトは言い募るルートヴィッヒの額を腕力最大値で指弾した。ムキムキも仰け反る威力のデコピンに、見ていた二人は思わずびくっと肩を震わせた。

「俺様を誰だと思ってんだ?お前のお兄様だぞ。そうそう簡単に死にゃしねぇよ」
「……っ」
「それに、俺一人で調査するわけじゃねぇ。椿もだ」
「……?」

ギルベルトが示す方に視線を移し、ルートヴィッヒは目を瞬かせた。そこには、《閃光》とあだ名される《攻略組》有数の名剣士がいた。戦線で見た限り、彼女はソロでありながらギルベルトに伍するほど強かった。ギルベルト二人分の戦力があれば、そうそう負ける事は無い筈だ。

「わかったろ?心配は不要だ。お前はお前のすべきことをしろ、いいな?」
「Ja!」

上官の顔をした兄に、ルートヴィッヒは踵を鳴らして敬礼した。その生真面目な反応に苦笑しつつ、ギルベルトは椿に視線を寄越した。

「椿、こいつは俺の弟のルートヴィッヒだ」
「初めまして、本田椿といいます」
「あ、ああ……対ボス戦での働きは聞いている。初対面でこんなことを言うのは躊躇われるが、その、兄さんを頼む」

椿は握手を交わし、ルートヴィッヒを見上げた。金髪のオールバック、眉間にしわの寄った強面、頑強な筋肉に覆われた逞しい体躯。ランと並び立つほどの凄まじい威圧感を漂わせており、正直なところかなり怖い。しかし、今の彼の瞳には兄を思う心が揺れている。それに気付くと、不思議と彼に対する恐怖は薄らいだ。

「じゃあ、俺は本部に戻る。定期連絡を忘れないでくれ」
「ああ。本部に入るまで、気を抜くんじゃねえぞ」

《攻略組》のプレイヤーが狙われたのだ。最強ギルド《KoG》とて狙われてもおかしくはない。ギルベルトの注意に頷いて、ルートヴィッヒは転移門に姿を消した。残された椿達も、少し経ってから転移門からサディクのホームタウンへ向かった。
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