悪友の絆
椿達が宿屋から出ると、広場にいたプレイヤーが問いたげに視線を向けてくる。しかし、ギルベルトが険しい顔で制したため、声は上がらなかった。最強ギルド《KoG》の名は、こんな時にも役に立つらしい。

「フランシスを家に送るぞ」
「はい。フランシスさん、家に帰りましょう」

椿が促すと、フランシスは力なく頷いた。普段が普段なだけに、悄然とした彼の姿は見ていて辛い。

「レトワール・ド・メール!」

ギルベルトはクリスタルを取り出し、フランシスのホームタウンの名を唱えた。同時に青い光が椿達を包み込み、一瞬で四十二層に移動する。四十二層主街区『レトワール・ド・メール』はパリのような瀟洒な街だ。美しい建物の窓辺にはバラが咲き誇り、どこからともなく優美な音楽が流れてくる。
行き交う人はNPCもPCもモデルばりに美しく、爪の先まで奇麗に着飾っている。主街区の表通りはさながら、パリコレのランウェイような光景だ。椿はフランシスを支えつつ、ずんずん進むギルベルトの後をついて歩を進めた。やがて、ギルベルトは大通りから一本逸れた場所にある、大きな家の前で立ち止まった。

「開けろよ、フランシス」

宿屋以外の家屋、たとえば個人の家の扉は、家主でなければ開けることはできない。ギルベルトに言われ、フランシスは家の扉を叩き、ウィンドウを出して鍵を開けた。そして、着替えてくると言って一人奥の部屋へ引っ込む。HAO内での着替えは、ウィンドウ操作で簡単にできる。しかし、脱衣と着衣の間は強制的に下着姿になるため、着替える時は一人になるのが普通だ。
平然と上り込むギルベルトに続き、椿も躊躇いつつお邪魔した。室内はフラワーデザインやレースで飾られており、これぞフランスといった内装が施されている。リビングのソファに腰かけ、椿は感嘆して室内を眺めた。一方、ギルベルトはキッチンに入り、戸棚から鍋を取り出して料理に取り掛かった。ほどなくして、キッチンからブドウの甘酸っぱい香りが漂ってくる。

「なあ、椿」
「はい」
「アントーニョと俺とフランシスは、リアルでもダチなんだ。幼稚園の時からの付き合いでよ」

何の脈絡もなく、ギルベルトが突然語り出す。HAO内で、リアルの話をするのはタブーとされているのにも関わらずだ。

「三人揃って悪ガキで、悪知恵は働くし、悪乗りはするし、悪戯ばかりしててよ。まわりには悪友なんて言われてた。何をするにも何処に行くにも、いつも三人でつるんでた」

一旦言葉を切り、ギルベルトは深く息を吸い込んだ。

「だから、……アントーニョのことも、よく知ってんだ。あいつ、根っからのお人好しでよ。すっげぇ、良いやつなんだ」
「……はい」
「アントーニョは、誰かに恨まれるようなやつじゃねぇ」
「俺も、そう思うよ」

不意にフランシスの声が割り込み、二人ははっとして振り返った。さっきよりは幾分か落ち着いた顔の、数段地味な格好で戸口に立っていた。

「俺ね、見たんだ。アントーニョに気付いた時に、あの部屋に、人影があった」

フランシスの言葉に、ギルベルトはさっと顔色を変えた。鍋を放ってキッチンから飛び出し、彼に詰め寄る。

「人影?!どんな奴だ、どんな格好の……!」
「落ち着いてください、ギルベルトさん」

椿はギルベルトを制し、フランシスの肩を掴む手を押さえた。

「落ち着いて状況を整理しましょう。冷静にならなくては、事件を解決できません」
「……っお前に」

お前に何がわかる、と怒鳴りかけて、ギルベルトは歯を食いしばった。椿を怒鳴りつけても、それはただの八つ当たりにしかならない。彼女の言葉は正論で、何一つ間違ってはいない。ギルベルトは歯を食いしばり、節が浮き出るほど握り締めた手を緩めた。

「……悪い」
「いえ。私が飲み物を用意しますから、二人は座っていてください」

二人をテーブルにつかせると、椿はキッチンに入った。ギルベルトが放り出した鍋は、ホットワインが焦げ付いていた。椿は鍋を流しに入れて、同じ棚から片手鍋を取り出した。そして、調理スキルの中から『ホットミルク』を選択した。すると自動でアイテム欄が開くので、『アルパインゴートのミルク』を取り出して鍋に注ぐ。次いで『クルキアタシュガー』を入れ、必要回数かき混ぜる。すると、スキルエフェクト光が鍋を包み、ミルクが一瞬淡く輝く。これで調理は終わりだ。
鍋の中身をカップに注ぎ、椿は二人の前に出した。二人はしばらく無言で飲んでいたが、ややおいて溜め息をついた。

「気を遣わせたね、ごめん。お兄さんもう大丈夫だよ」
「……俺も、すまねぇ。取り乱して、怒鳴ったりなんかして」
「いえ、私は構いませんから……それより、彼を一番最初に発見したのはフランシスさんでしたね」
「うん。何の気なしに視線を向けたら、突然窓から人が飛び出てきたんだ」

暗い室内に誰かが立っているのを見たのはその時だ。しかし、被害者がアントーニョだとわかってからは彼だけを見ていた。その『誰か』がその後どうしたのかは、わからない。

「じゃあ、犯人はアントーニョをぶら下げた後、人目が上に向いている間に宿屋から出たってことか」
「そうなると、目撃者を見つけるのは難しいですね……」

敏捷値の高い者なら、部屋から宿屋の玄関までは十秒ほどで駆け抜けられる。事件発生中は人もまばらで、隠蔽スキル付きの装備で隠れていたら情報は得られないだろう。

「アントーニョさんが誰かに恨まれるような人でないなら、犯人はレッドの可能性が高くなりますね」

レッドとは積極的にPKを行うプレイヤーやギルドで、HAO内には約300人ほどいる。もしレッドが新しいPK方法を発見し、アントーニョを見せしめに殺したのならば。次の犠牲者が出るまで、それほど猶予はない。しかし、目撃証言もなく、怨恨の線での捜査もできない今、椿達が打てる手は限られている。

「物的証拠から考えようぜ。あの短槍は?」
「ロープと一緒に、私が持っています」
「よし。じゃあそれらを鑑定するか。椿、鑑定スキルは上げてるか?」
「いえ……ギルベルトさんは」
「俺もだ。スキル上げてる奴、誰かいたかなー…」

ローデリヒは両手剣スキルと音楽スキル、エリザベータは打撲スキルと片手剣スキルだけだ。ギルド《ひまわり》とギルド《UK》は貸しを作るとろくなことがない。ランは用があると言っていたから、店に行っても会えないだろう。商談中にメッセージを飛ばしたら、バッドエンドのフラグが乱立する。

「《テュルク》のサディクさんはどうでしょうか」
「それだ!」

椿の提案に、ギルベルトはぱっと目を輝かせた。サディク・アドナン。ギルド《テュルク》のリーダーにして、《攻略組》の戦力の一人に数えられるほど強いプレイヤーだ。彼は平時、商人ギルド《テュルク》のリーダーとして、商いをしている。ぼったくりや詐欺を嫌い、人情第一の商売を心がけているため、客からの信頼は厚い。人情の厚い人で、江戸っ子口調がよく似合う。常に堂々として余裕を崩さず、懐が広くてよく色んな人を助けているという。
一方、彼は戦場では濃緑のコートを翻し、曲刀でもって狼のごとく敵を屠る。常に余裕を崩さず、決して退かぬその姿は、トルコの灰色狼と謳われている。鑑定スキルと自衛する実力を兼ね備えた、まさにこの案件に適した人なのだ。彼ならば、こんな難しい話の鑑定でも引き受けてくれるだろう。

「よし、じゃあサディクに鑑定頼むか。っても、今どこにいるんだ?」
「待ってください、フレンドマップで探します。……あ、今、ラビーダデ ウンオンブレに居ます」

つい先程までいた街の名前に、ギルベルトはげっと呻いた。

「行き違いかよ……フランシス、お前は今日休めよ」
「……お兄さんも気になるんだけど」
「明日報告に来てやる。そんなひでぇツラじゃ、数少ないファンが泣くぜ?」

ギルベルトはフランシスに寝室を示し、にやりと笑った。普段と変わらぬ軽口に、フランシスもまた苦笑を浮かべて応える。

「少なくないからね、お兄さんのファン。でも、そうだね……、ファンを泣かせちゃ駄目だな」
「ですね。寝てろヒゲ(休んでくださいフランシスさん)」
「ちょ、椿ちゃん、笑顔で毒舌吐かないで!」
「すみません、本音と建前が逆になりました」
「傷に塩刷り込まないで!もっとお兄さんに優しくしよう!」
「善処します」
「答えはいいえなのね!もういや、お兄さん寝るからねっ!」

フランシスが涙を飛び散らせながら寝室に駆け込んでいく。バタンと閉まった扉に、椿はひらひらと手を振って言った。

「おやすみなさい、フランシスさん」
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