事件発生
店を出たところで、一同はめいめいに散った。ランは用事があると言って離れ、アントーニョも人に呼ばれたと言って去る。残った椿とフランシスとギルベルトは、各層の主街区にあるイベント掲示板に足を向けた。

「うーん……とくにめぼしいイベントはなさそうですね」
「だな。次の季節イベなんだったっけ?」
「次は花見イベですね、桜の季節ですので。ああでも、ひなまつりイベなんてあったら楽しそうですね」

去年の三月はゲーム開始後すぐだったため、イベントらしいイベントは殆どなかった。しかし、六十層に食い込もうとしている今なら、何かが発生する可能性も高い。

「そうだなぁ、雛人形モンスターと戦うとか?」
「ひなあられに菱餅、蛤の吸い物に散らし寿司なんかがドロップするんでしょうか」
「食い物ばっかりじゃねぇか。せめて桃の花とかぼんぼりとか言えよ。なぁ、フランシス?……フランシス?」

振り返ると、フランシスは掲示板ではなく、すぐ横の宿屋を見上げていた。何の気なしに視線を追って、ギルベルトと椿も上を向き、愕然とした。

「アントーニョ!?」
「な……何、あれ……!」

フランシスの視線の先、宿屋の二階の窓からアントーニョがロープで吊り下げられている。焦燥感に駆られ、厳つい鎧をガシャガシャ鳴らしながらロープを外そうともがいている。

「馬鹿な、ここは《圏内》だぜ……?」

ギルベルトが愕然とした表情で呟いた。その声は恐怖と困惑に満ち、震えている。ロープによる窒息死を考えたからではない。HAOに窒息死はないし、息が出来なくともHPが減ることもない。ギルベルトが動揺したのは、アントーニョの胸部アーマーに短槍が深々と突き刺さっているからだ。刺し口からは赤いエフェクト光が溢れており、今もアントーニョのHPが削られているのがわかる。
槍などの鋭い先端を持つ武器だけが有する効果、《貫通継続ダメージ》による損傷だ。読んで字のごとく、貫通している間は継続してダメージを食らい続ける。しかし、《圏内》ではHPが減ることはおろか、武器がアバターを貫くことだってあり得ない。

「アントーニョッ、早く抜け!でないと……っ」

フランシスの言葉に、アントーニョがロープを掴んでいた手を短槍の柄に移す。しかし、宙に浮いた状態では力が入らず、びくともしない。筋力最大値でジャンプしても、おそらく彼には届かない。助けるには、宿屋へ入ってロープを引き上げるか、ロープを切って彼を落とすしかない。
彼のHPを考えると、前者では間に合わない可能性がある。椿はロープを切るために短刀をオブジェクト化したが、フランシスに阻まれた。

「駄目だ。それが外れて、トーニョに当たったら……!」
「ですが、ここは《圏内》です。デュエルでもないかぎり、HPは減りません」
「じゃあ何で、トーニョのHPは減ってるんだ!?」

《圏内》ではHPが減少することはありえない。貫通持続ダメージは《圏外》で受けたとしても、《圏内》に入れば中断する筈だ。しかし、アントーニョのHPは確実に減っている。赤いエフェクト光が血のように溢れているのだから、それは間違いがないのだ。

「畜生っ!フランシス、下で受け止めろ!」

怒鳴り、ギルベルトが剣を抜いて宿屋に駆け込む。ロープを斬ってアントーニョを落とし、短槍を抜こうというのだ。しかし、次の瞬間。アントーニョの動きがぴたりと止まった。その目が見開かれるのを見て、椿は彼が見ているのが何なのかを理解した。自分のHPカーソル――命の残量が、レッドへ、ゼロへと近づいて行く瞬間だ。

「――ッ!」

アントーニョが何かを叫んだ瞬間、ガラスの砕けるような音が響き渡る。同時に彼の姿は青いポリゴンとなって破砕し、上空に散光して消えていく。その光の中で、ロープが力なく落ち、壁を打つ音がむなしく響く。駆け寄ろうとしたフランシスが、がくりと膝をつく。椿もまた一瞬呆けていたが、はっと我に返り周囲に視線を走らせた。

「ない……っ!どこに……っ?!」

デュエルによる攻撃・ダメージ・死亡ならば、勝敗が決まった時に勝負決着メッセージが出現する。それは戦った当人達以外にも見えるもので、通常は戦った二人の間に現れる。それを見れば、アントーニョを殺した人がわかるはずだ。しかし、肝心のメッセージが見当たらない。

「デュエル決着メッセージを探してください!見える人はいませんか!メッセージを探してください!」

ありったけの声を張り上げながら、椿は建物の周囲を見て回った。しかし、どの方角にもメッセージは見当たらない。その場にいたプレイヤーたちも周囲を探しているが、見つけたと言う声はない。三十秒――メッセージが表示される時間が過ぎ、椿はやむをえず現場に戻った。そこには、放心したフランシスと、アントーニョを殺した武器が残されている。

「おいっ、アントーニョは……っ」

窓からギルベルトが顔を出し、ロープの先を見て言葉を失う。

「メッセージはありましたか!?」

問いの意味に気付き、ギルベルトは首を横に振った。

「室内にはなかった。それに、誰もいなかった」
「そん、な……」

メッセージが無いことなど、ありえない。メッセージは絶対どこかにあるはずだ。完全決着デュエル以外で、《圏内》のプレイヤーが死ぬことはあり得ない。他の場合で斬りつけても、犯罪防止コードに阻まれるだけだ。HPは減らないしアバタ―に武器が刺さることもない。しかし、デュエルならば絶対にメッセージが出る。それがない《圏内》でのプレイヤーの死亡などありえない――あってはならない。

「一体、何で……」

アントーニョを殺した武器を拾い上げ、椿は武器に視線を落とした。鑑定スキルを持っていない椿には、この武器が特殊なモノのなのかわからない。それでも、これが事件のカギとなる可能性はある。凶器を握りしめ、椿はフランシスに駆け寄った。
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