トレードマークはポニー
フランシスに引っ張られた先は、同じ街の中にあるブティックだった。ピンクのポニーがトレードマークの、若者の流行はこの店が決めると言われるほど有名なブランドだ。名こそ知っていても入った事は無く、椿は思わず踏み止まった。戦いに明け暮れ、しゃれっ気のない黒ずくめの自分。NPCすら輝いて見える、眩しい店は場違いな気がする。
しかし、些細な躊躇もフランシスに押されて無駄になり、しぶしぶ店に入る。すると、ドアベルの音に気付いた店員がぱたぱたと駆け寄ってきた。

「いらっしゃいだしー!」
「こんばんは、フェリクス。今着てるそれ、新作?」
「流石フランシス、よくわかってるし!これ今年の春モデルなんよー!」

フェリクスと呼ばれた店員が自慢げに胸を張る。フリルがふんだんに付いたチュニックとレザージャケット、ミニフレアスカートとハイブーツの組み合わせだ。肩で揃えた金髪には小さなベルベットの帽子をちょこんと乗せ、顔にはドールメイクをバッチリキメている。どこから見ても、一流の女性モデルである。しかし、この店員は女ではなく男。しかも《攻略組》に名を連ねるハイレベルプレイヤーの一人だ。

フェリクス・ウカシェヴィチ。《攻略組》のソロプレイヤーで、短剣使いの青年だ。典型的な攻撃特化型で、素早いステップと畳み掛けるような猛攻を得意とする。ボス攻略戦で六回もHP残り1で生還したことから、《不死鳥》と渾名されている。天真爛漫を通り越したポジティブシンキングで、たまに話が通じないらしい。椿は接点が無いのでよく知らないが、会議では大人しくしている方だと思う。

「それで、フランシスは彼女へのプレゼント買いに来たんー?」
「あ、わかる?って嘘、冗談だから椿ちゃん!剣収めて!」

椿は顔をしかめて、フランシスの首に突き付けた短刀を鞘に収めた。

「帰ってもいいですか」
「冗談だよ、冗談。フェリクス、今日はこの子の服を見繕ってもらおうと思って」

フランシスが椿を手で示すと、フェリクスの表情がぴきっと凍りつく。恐怖や嫌悪感ではなく、極度の緊張状態で固まっている。

「フェリクス?」
「あ、えっと、わかったし」

それまでの弾けっぷりが嘘のように、動作がぎこちない。どうしたのかと椿達が首を傾げていると、店の奥から一人の青年が顔を出した。

「フェリクス、リボンの柄のことでメッセージが……」
「リト!」

青年――トーリスに気付くや、フェリクスは素早く彼の後ろに隠れた。驚くフランシスと椿をよそに、彼はにこやかに笑った。

「いらっしゃい、フランシスさん、本田さん」
「こんばんは、ロリナイティスさん」

トーリス・ロリナイティス。ギルド《ひまわり》のメンバーで、《攻略組》に名を連ねるプレイヤーだ。よくフェリクスと組んで戦っており、サポート向きのプレイスタイルをとる。ソロで戦う時は、緩急を付けた攻撃で相手を翻弄する事に特化している。茶髪に整った顔立ちの好青年で、性格は優しく誠実だ。頼まれると断れない性分らしく、よくギルドリーダーに無理難題を押し付けられているところを見る。

「フェリクス、リボンの柄のことでメッセージが来てたよ」
「……わかったし」

彼に促され、フェリクスは足早に店の奥へ引っ込んだ。予想外な店主の反応に椿は些か戸惑い、店の奥とトーリスを交互に見やった。

「ごめんね、フェリクスは人見知りなんだ。俺が見立ててもいいかな?」
「はあ、構いませんが……」

ちらりとフランシスに目を向けると、ウインクが返ってくる。あえて見なかったフリをして、椿はトーリスに頭を下げた。

「トーリスさん、よろしくおねがいします」
「こちらこそよろしく。セットで持って行くから、更衣室で待ってて」

HAOでは基本的に、自分の所持品でないものは装備できない。しかし、服飾店の更衣室だけは特別で、所持品以外のものも着用できる。ただし、更衣室から出ると強制解除されてしまうため、窃盗はできない。更衣室で待っていると、トーリスがオブジェクト化した衣類を持って来る。
礼を言って受け取り、椿はカーテンを閉めて装備を解除し、渡された服を装備欄に乗せた。すると、体が暖かな光に包まれ、全て装着済みとなる。薄いピンク色のカットソーに白のドルマンジャケット、花柄のロングスカート。足元はピンク色のブーツで、全体的に可愛らしさを前面に押し出したコーディネートだ。

さっきまでの黒ずくめとうって変わって、女の子らしい装いだ。備え付けの鏡を見て、椿は目を瞬かせた。HAOでずっと、動きやすさ重視の格好ばかりしていたからだろうか。着てみると、思いのほか女の子らしい格好も悪くないと思える。

「椿ちゃーん、着れたら見せてくれない?」
「あ、はい」

カーテン越しに呼ばれ、椿はカーテンを開いた。フランシスとトーリスと、戻ってきたフェリクスの視線が一斉に集中する。

「ど、どうでしょうか」
「かっ」
「かっ?」
「可愛い!可愛いよ椿ちゃん!お兄さんの胸に飛び込んでおいで!」
「嫌です」

興奮して飛び付いてくるフランシスを、椿はさっと躱した。しかし結局は抱きつかれ、ぐりぐりと頭を撫でまわされる。引き剥がすのは諦めて、椿は横目でフェリクス達の反応を見た。二人とも満足げな笑みを浮かべており、良い評価を得られたとわかる。よかったと安堵し、椿は鏡の中の自分にほんの少し笑いかけた。


その後二時間ほど、椿はデザイナー魂に火がついたフランシスに次々と試着させられた。そして、彼の勧めでそれら全てを購入し、一番最初に試着した衣類を着て店を出た。

「お兄さん、友達と夕食の約束してるんだけど、椿ちゃんもいっしょにどう?折角おめかししてるんだしさ」
「フランシスさんのお友達……ですか」
「うん。ギルベルトっていう《KoG》の副リーダーと、アントーニョっていう菜園職人なんだけど」
「ギルベルトさん?」

予想外の名前に、椿は思わず飛び付いた。あの楽しそうに笑う姿を思い出し、胸がどくんと鼓動を打つ。フランシスは椿がギルベルトの名に食い付いたことに目を瞬かせたが、すぐにニヨニヨし始めた。

「うん、ギルベルトもなんだけど。一緒にどう?」
「お邪魔でなければ、その……ご一緒します」
「じゃ、決定だね!」

ぱっと顔を輝かせ、フランシスは転移クリスタルを取り出した。

「ラビーダデ ウンオンブレ!」
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