恋する女性の味方
ランの店を出た後、椿はチューリップを一旦アイテム欄に入れて、次層へ続く迷宮に踏み出した。この迷宮区は、前に籠もった所と違ってモンスターはあまり出ない。さほど戦う事もなく、一時間半ほどで次層の主街区に着いた。
四十六層の主街区『センぺル インヴィクタ』はアインクラッドのファッション街といわれる街だ。表通りに並び立った服飾店では、店頭のNPCが売れ筋の服を着てモデル立ちしている。ここの店で売られている服は、性能よりもデザインを重視しているものばかりだ。値段の割に装備耐久値は低く、隠蔽値はほぼ皆無で、戦闘にはまるで向かない。

それでもこの界隈が廃れないのは、この世界の娯楽が食事と服装くらいしかないからだ。特に服飾はブランドが確立している為、金を注ぎ込むプレイヤーは多いらしい。中下層のアイドルプレイヤーや、被服職人達にとっては生命線の街だろう。戦いに明け暮れる《攻略組》には、残念ながら縁が薄い。
華やかであればあるほど踏み込みがたく、椿は転移ゲートの近くで立ちつくした。そんな感傷を壊すように、突然後ろから抱き締められる。ふわりバラの香水が鼻を掠め、長い金髪が視界の端に映る。その瞬間、椿は背後の不審者に体術スキルゼロ距離技《一本背負い投げ》を見待った。

「椿ちゃぐぶぇえっ!」

同時に不審者を中心に犯罪防止コードが発生し、派手な紫色のフラッシュが炸裂する。腰に穿いた剣を鞘走らせながら、椿はにっこりと笑った。

「こんにちは、フランシスさん。《圏外》に出ますか?」

突然抱きついてきた不審者、もといフランシスは、すぐさまその場に土下座した。

「ごめんなさい、もうしません。抱きついてすいませんでした」
「……はあ」

椿は溜息をついて、剣を納めた。彼のこうした行為は珍しくもなく、咎める気はもとよりない。フランシス・ボヌフォワ。服飾職人兼《攻略組》、片手剣使いのソロプレイヤーだ。かなり細身のレイピアを使い、鋭く速い突きを得意とする。彼はアインクラッド有数の紳士服デザイナーであり、自作ブランドのモデルもしている。中下層ではアイドルプレイヤーとして知られており、かなり人気らしい。
また、料理の方面にも積極的で、美味しいレシピの開発に日々取り組んでいる。更に、男性・女性向けの小雑誌を定期的に発売し、読者のファンも多い。多趣味で話上手で、綺麗な顔立ちに紳士的で優美な物腰。どこから見ても魅力的な人なのに、残念ながら彼は《攻略組》きっての変態だった。

全裸こそ最上の美と主張し、週に一度は全裸でうろつく癖があるのだ。《軍》に連行されても懲りないのだから、何処に出しても恥ずかしい変態である。椿はひょんな縁で彼と親しくなり、冗談で抱きつかれることが多い。ハラスメントコードより体術スキルで撃退し、彼が謝るまでが決まった流れだ。

「椿ちゃんがこの層に来るなんて珍しいね。もしかしてお兄さんに会いに来てくれたのかな?」
「いえ。修行ついでに、地道に上って前線に戻ろうかと」

椿は常に最前線でレベルアップを目指しているため、マイホームを買わずホテル生活をしている。どうせ同じホテルなら、レベル上げしながら地道に迷宮を踏破して上った方がいい。

「お兄さんの家に泊まってく?」
「また今度考えておきます」

冗談と承知で、椿はフランシスの誘いを間髪入れず断った。

「お兄さんの新作、是非椿ちゃんに着てほしいんだけど」
「また今度」
「ちょっとくらいどう?」
「考えておきます」
「考えるより行動しない?」
「善処します。ちなみに答えは全部いいえです」

毎度の応酬を繰り広げ、フランシスは残念そうな顔で両手を挙げた。そして、不意に椿の顔をまじまじ見つめ、微笑を浮かべた。

「椿ちゃん、何かいつもと違うね。いつもはもっと殺伐とした感じなのに」
「さ、殺伐……。今日は、よく眠れたんです。寝坊するくらいに」

歯に衣着せぬ物言いに顔をひきつらせつつ、椿はあの銀髪の青年を思い出した。今日初めて会ったが、椿はギルベルトをとても優しい人だと思った。アインクラッドでは普通、隣で人が爆睡していたら放置する。その人が犯罪者に圏外へ引きずり出され殺されても何ら非はない。
しかし、ギルベルトは立ち去らず、椿の傍にいた。犯罪者に狙われないよう、熟睡する椿を守ってくれていたのだ。それに、彼は何に気負うこともなく、晴れやかに笑っていた。その姿が、本当にこの世界を謳歌しているように見えて、たまらなく眩しかった。

彼がそうして生きていられるのは、ギルドのメンバーと支え合って生きてきたからだろう。どれだけ羨んでも、椿はギルドには入れない。だから、彼のように生きることもできない。溜め息をついてふと、椿はフランシスが黙っていることに気付いた。普段なら、新作のモデルだの新しい食材だのと一方的に話しているのに。不思議に思って彼を見ると、ニヨニヨ笑う彼と目が合った。

「椿ちゃん!」
「ひっ」

がしっと両肩を掴まれ、椿は思わず震えた。近くにあるフランシスの顔が紅潮していて気持ち悪い具合に崩れている。心なしか鼻息も荒いし、肩を掴む手に半端ない力が込められている。あまりの変さに、椿は、クリスタルでの逃亡を考えた。しかし、次のフランシスの言葉に何もかも吹っ飛ばされる。

「椿ちゃん、恋だね!」
「は、え?……はいぃい?」

いきなり何を言い出すのか。突拍子もない言葉に、椿は呆気にとられた。

「いいんだよ隠さなくて!言わなくてもお兄さんにはわかるのさ……!熱を宿す瞳、憂いを帯びた切ない表情、椿ちゃんの全てが片思いを訴えてくるんだから!」
「は、はあ……」
「お兄さん応援してるよ!お兄さんは世界の恋する女の子の味方だからね!」

一人突っ走るフランシス。回りの視線が痛い。テンションについていけない。椿はクリスタルをケチらずホームに転移すばよかったと心底後悔した。

「そうと決まれば椿ちゃん、行こうか!」
「あ、はい。……あの、どちらに?」
「恋は戦争!まずは装備を整えないとね!」
「装備ですか?」

椿が今装備しているのは、黒コート、黒シャツ、濃紺のパンツに黒い運動靴、光り物は手甲のみ。全て隠蔽スキルボーナス付で、耐久値も重量も問題ない。

「問題はないと思うのですが……」
「いーや、問題あるね!とにかく、お兄さんに任せなさい!」

自信満々に歩き出したフランシスを、椿は溜め息をついて追いかけた。
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