蘭兄さんは心配性
椿がチューリップを抱えて、何度もお礼を言いながら帰ったあと。ランはキセルに火を付けて、紫煙を燻らせた。今日の買取予約は椿で最後、あとは世間知らずのカモが来ない限り店は暇だ。

本田椿。数少ない女性プレイヤーで、《攻略組》の中でトップクラスの腕を誇るソロの細剣使いだ。早く正確な剣捌きから、最近では《閃光》と渾名されている。外見は大和撫子そのもので、長い黒髪や何もかもが小振りな体つきは戦士らしくない。HAOでは実力と外見は一致しないが、戦闘向きの性格であるようにも見えない。
しかし、その身に宿る精神はまさに大和魂と言うべきか。忍耐強く気真面目で、自虐になりかねないほど自律的、そのくせ他人相手には良くも悪くもお人よしだ。自分を良く見せようだとか、うまく立ち回ろうなどとは少しも考えない。皆が幸せになれる方法を模索して、自分の幸せを置き去りにしようとする。

おまけに自己主張が致命的に下手すぎて、人づきあいがうまくいかずほぼ鎖国状態だ。ソロプレイヤーは総じて人見知りだが、椿はそれが特に顕著だ。対ボス作戦会議でも常に無言、話を振られても頷くだけ。攻略後のドロップアイテム分配にも、文句一つ言わない。 もう一年も経つのに、椿のフレンドはランを含めてたった三人しかいない。その三人とも用が無い限り会わないし、どんどん人見知りが酷くなっている。

そんな折に、椿が突然プレイヤーの話題を持ち出した。それ自体は良いことだが、残念ながら手放しで歓迎するわけにはいかない。HAOは完全スキル制MMOで、プレイヤーによるプレイヤー殺し、つまりプレイヤーキル(PK)が可能だ。勿論、HAOの死は現実の死に直結するため、まともなプレイヤーならPKなどしない。
しかし、どんな世界にも殺人に魅せられて、積極的に行う輩が現れる。HAOも例外ではなく、PKを好んで行う者がいるのだ。HAOのHPカーソルは一般的にグリーンだが、PKを行うとオレンジに変化する。そして、PKを頻繁に繰り返すと、鮮やかなレッドになる。そのため、PKを行う者をオレンジ、中でも凶悪な者をレッドと呼ぶ。彼らはPKにやたら熱心で、次から次へと方法を変えて人を襲っている。

数多あるPK方法の中で最も知られているのが、親切な態度で近付いて仲間のところへ連れて行き、集団でリンチするものだ。もちろん椿とてソロである以上、PKには常に警戒しているだろう。しかし、人見知りで世間知らずの娘が、正しい判断を下せるだろうか。ランは接客係のNPCに閉店するよう指示し、店を出た。向かうのは、店の常連だがあまりそりが合わない男のところだ。
フレンドリストで男の現在地を確認し、足早にゲートへと向かう。そして、ゲートへ入りがてら、目的地を唱えた。

「ラビーダデ ウンオンブレ」

目的地を唱えると、青い光が視界を埋め尽くす。光が消えると、目の前にはスペインの下町のような街並みが広がっていた。少し雑然としているが、全体の景観は絵になるくらいに整っている。ゆったりとして情熱的なフラメンコギターの音が、街の何処からか聞こえてくる。ラティアーノ風NPCが客引きする声と相俟って、陽気で楽しげな雰囲気だ。
周りの楽しげな様子など気にも留めず、ランは追跡マップを辿って歩き出した。そして、ゲートから徒歩数分のところで、小綺麗な喫茶店に行き着く。喫茶店といっても、ファミレスと同じで軽食から酒のつまみまで何でも食べられる店だ。店の前に立てかけられた看板には、それぞれのお勧めが書かれている。
入ってみると、店内はカウンターとボックス席とに分かれており、大半が客で埋まっていた。そのボックス席の一つに目当ての男を見つけ、ランはその席に歩み寄った。

「アントーニョ」
「ラン!奇遇やん、こないなとこで会うやなんて!ちゅーか、ランが無視せんで話しかけてくれるとかどないしたん?」

陽気な笑顔でぺらぺらと話し続ける男、もといアントーニョに、ランは思わず顔をしかめた。アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。菜園職人兼《攻略組》の斧戦士で、大技を駆使する戦闘スタイルから《無敵艦隊》と呼ばれている。
性格は至って陽気で天然、楽天的だが、戦闘時は勇敢で好戦的な一面も見せる。ソロプレイヤーだが、一般のプレイヤーからは親分と呼ばれるほど人気がある。ただ、天然を通り越して鈍感な時もあり、苛々するのでランはあまり関わらないようにしている。

「お前に訊きたいことがあるんやざ。でなかったら、わざわざお前を探したりせんわ」
「何でも訊いてや、親分が力になったるで!」

言葉に含まれたトゲに全く気づかず、太陽のような笑顔を返される。こういう所がランの気に障るのだ。

「あ、でもな、親分今ちょっと待ち合わせしとんねん」
「ほんなに時間はかけん」
「まあ、そんならええかな……って、あ、来た!」

入店してきた客に気づき、アントーニョは手を大きく振る。遠目にも目立つ銀髪の男に、声を張り上げた。

「こっちやで、ギル!」

視界に入った銀髪に、ランはぐっと眉間にしわを寄せた。
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