目覚め
主街区に降り立った椿は、そこで珍しいものを見つけた。ゲートにほど近い芝生の上で、銀髪の男が眠っていた。それも、人の気配にも気付かぬほど深く寝入っている。前線近くにいるのだから、高レベルのプレイヤーに違いない。
しかし、レベル上げに精を出すでもなく、攻略に勤しむでもなく、呑気に寝ている。椿は何時間も迷宮に籠って、一生懸命レベルアップに勤しんでいるというのにだ。イライラと疲労と鬱憤とその他ストレス的なものが爆発し、椿は思わず男に声をかけた。

「何、寝てるんですか」
「……んあ?」
「こんなとこで寝てるくらいなら、少しでも攻略に貢献してください!」

椿は怒鳴り散らし、男の寝ぼけ顔をきつく睨み付けた。しかし、彼は飛び起きもせず、へらりと笑った。

「今日、あったけーだろ」
「……はい?」
「今日のこの場所は、一番あったかくって心地良くて、昼寝に最適なんだぜ。こんな日に迷宮に籠るのはもったいねぇだろ」

この男は一体、何を言い出すのか。椿は理解できないとばかりに眉を寄せた。しかし、男はなおものんびりした様子で、自分の横を指差した。

「お前も寝てけ」

そう言うと、男はまた目を閉じて寝てしまう。その寝顔に毒気を抜かれ、椿は言われるままに傍に座り込んだ。知らないプレイヤーが傍に居るのに、どうしてこうもすやすや眠れるのか。椿だったら、警戒心が先立って、眠るどころではない。彼はおそらく、毎日をただ戦闘に費やしてきた椿とは根本的に違う。この世界での生活で、戦闘とそうでない時とをきっぱり分けているのだ。
戦闘では緊張感をもち、生きるために全力を尽くす。そして、そうでない時は、心ゆくままにこの世界を楽しんでいる。だから、戦闘でない今は、この世界の楽しみを抱えて眠れるのだ。

「……お昼、寝」

ぽつりと呟いて、椿は男の横に寝転がってみた。男の言うとおり、そこはとても心地が良かった。お日様の光に包み込まれ、そよと吹く風も柔らかい。実家の縁側のような、平穏で優しげな空気に、張り詰めていた神経が解れていく。
むくむくと湧き起こる眠気に抗いきれず、椿は目を閉じた。この世界で、こんな風に穏やかに眠れる日が来るとは思わなかった。

「おやすみなさい」

この言葉を言ったのは、一体いつ以来だろう。そう思ったのを最後に、椿の意識は眠りに落ちた。


ぽかぽかと暖かい。少し強い風が頬を撫でてひやりとするが、不思議と寒くはない。体は何かに包まれているらしく、温かいままだ。宿屋のベッドは無機質で、温かくもなんともない筈なのに。違和感を感じた途端、椿の意識は急激に覚醒した。久しぶりに、頭がすっきりするような心地よい目覚めだった。

「……あふ」

少しばかり眠気が残り、椿は欠伸を噛み殺した。そして、体を起こしてみて、肩から太ももに落ちた布に気付いた。持ち上げてみれば、それはどこかの制服らしい、紺色のコートだった。自分のものでないそれを持ち上げたところで、椿は隣に人が座っていることに気付いた。

「お、起きたか。おはよう」
「……おはようございます」

目が合うと、苦笑に近い笑みで挨拶をされた為、椿もとりあえず挨拶を返した。そして、思った。この人、誰ですか。
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