ゲーム・リスタート
広場での正式サービスチュートリアル――ヒッタイト・ハットゥシャの残酷なる託宣のあと、プレイヤーは四つの方向性に分かれた。


一つは、全体の半分を占めた、外部からの救出を待つ者たちだ。この者達は死と隣あわせの現実から目を背け、外部による解放を夢見た。警察や運営会社が解決に向けて奔走しているに違いない。精神の拘束と言うテロから解放しようとしているに違いない。
きっと助けは来る。だから、手持ちの金で細々と食いつなぎ、その時まで安全な場所で待っていようと考えた。実際はどうあれ、彼らは当初、『はじまりの街』から動かなかった。そして、金が尽きても救援がなかった為、已む無くフィールドへ出る羽目になった。

二つめのグループは、皆で協力して前向きにクリアしようという集団だった。全体の三割ほどの人数で、ローデリヒ・エーデルシュタインという男を中心に編成された。ローデリヒは穏やかな性格の、優れた頭脳をもつ男だった。彼はこの状況を打破する上で必要なものを瞬時に見極め、行動した。怒り狂う人々を宥めて回り、辛抱強く説得し、ギルドに勧誘したのだ。人々は救世主のごとく現れた彼を崇め、彼の指揮に従う兵士となった。
そして、『はじまりの街』中央に位置する『シェーンブルン宮殿』を占拠し、アイテムの共同管理・情報共有などの活動を始めた。また、次の層へ続く『迷宮』を攻略するために隊を編成し、安全かつ迅速なレベルアップを目指した。その統率された行動から、彼らはいつしか《軍》と呼ばれるようになった。

三つ目のグループは、千人余りほどの、はぐれたならず者たちだ。彼らは救援を待とうとしたが、無計画な散財によってすぐに所持金を使い果たした。所持金がなくなれば、フィールドで戦うか、ギルドに入るしかない。しかし、生来の逃げ腰と協調性のなさが原因で、彼らにはどちらも無理だった。
最終的に、彼らは徒党を組んでソロプレイヤーや弱小ギルドを襲って生計を立てるようになった。モンスターよりもプレイヤーの方が、戦いやすかったのだ。プレイヤーを害した者はHPカーソルが緑からオレンジ色になる。そのため、彼らはオレンジプレイヤーと呼ばれるようになった。オレンジプレイヤ―は、装備や金品は奪い取るが、命までは取らなかった。――少なくとも、最初の一年ほどは。


最後のグループは、巨大ギルドには入らずに攻略を目指す者達のことだ。人数はおよそ五百人ほどで、上記三つに比べて全体としてのまとまりはない。気心の知れた友人達で結成された少人数ギルドなどはここに該当する。彼らは軽快なフットワークで活動を展開し、瞬く間にレベルを上げた。
職人・商人クラスの者で結束したギルドも同じく、ここに属する。彼らは職能スキルを鍛えることに専念し、攻略を支える存在となった。そして、《ソロプレイヤー》と呼ばれる者達も、ここに分類される。彼らは単独でモンスターと交戦し、レベルアップによって生き残ることを選んだ。

モンスターを倒すと、一定の経験値が得られる。それを誰とも分け合わないため、彼らはギルドの者達よりも早くレベルを上げた。その代わり、仲間が居ないため些細なミスが命取りになる。実際、リスタート初期、ソロプレイヤーの死亡者はとびぬけて多かった。
それでもプレイスタイルを変えないのには、理由がある。彼らが利己主義者であり、共闘にメリットを見出せなかったからだ。
ソロプレイヤーの殆どはベータテスト経験者で、正式サービス前にプレイした経験と知恵があった。そのため、裏技を駆使すれば、誰かと共闘せずとも強くなれたのだ。

また彼らは、世界にただ一人となっても、自らは生き残るという考えを持っていた。その超利己主義は折々に顕著になり、徒党を組む者から強い反発を受けた。ソロプレイヤーを仲間に入れようとする者はいなくなり、彼らは一層孤立するようになった。
一年後には、彼らは常に最前線付近の層に滞在し、大多数が居を構える中下層には姿を見せなくなっていた。


トカゲ型のモンスターを斬り伏せ、椿は疲れから溜め息をついた。すぐ近くにある次の層へのゲートを見、視界の端にある時計に目を向ける。午後二時――このダンジョンに入ったのは前日の夜八時なので、十八時間も籠もっていた事になる。
椿は今、五十六層の迷宮に居る。この迷宮はモンスターの出現率が高く、レベル上げに適している。そのため、最前線でないにも関わらず、椿は足繁く通っている。
レベルアップを目的に来て十八時間、今もレベルを二つ上げる事が出来た。

「……迷宮クリア」

誰にともなく呟き、椿は剣を軽く振って、慣れた手つきで腰の鞘に納めた。 モンスターはポリゴンを散らせて死ぬため、剣に血がついているわけではない。 理屈ではわかっていも、体がそうしてしまう。気分を変えるために、そして、自身の闘争心を静めるために。
次の層への転移ゲートをくぐり、椿は疲れから溜息をついた。ポーションで回復してあるためHPは満タンだが、精神的には限界だ。アバターはどれだけ動こうと疲れないが、頭は使えば疲れるし、精神的な疲れは寝ない限り拭えない。
それでも、攻略のため、生存のためには、一刻も早くレベルをあげなければいけない。疲れた頭を振って、椿は次の層へと踏み出した。
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