<META NAME=”ROBOTS” CONTENT=”NOARCHIVE,NOINDEX,NOFOLLOW”><META NAME=”GOOGLEBOT” CONTENT=”NOARCHIVE,NOINDEX,NOFOLLOW”>119 | ナノ





薄暗い夜に、虫の鳴く音がする。まだ少しだけ、夜は肌寒い。玄関先に佇む人影に、「げ」と漏らした声は、彼の名前の一文字目を口にしたものではない。あくまでそれは嫌悪をそのまま表したものであって、その通りに私の顔は歪んでいたと思う。因みに言えば、彼の顔は相変わらずで、彼の出で立ちはまるで仁王像だった。

「だだいま」
「今何時だと思っている」
「11時半だけど。弦一郎、眠そうだね」
「たわけが!」

叫ぶ彼に怯まずにいられるのは、長年で培った経験値のお陰だと思っている。
両親は妙なところで心配性なきらいがあったけれど、割合に放任主義でもあった。兄と弟に挟まれた真ん中に育った私に誰より厳しく、そして優しく接してきたのは、父でもましてや兄でもなく目の前の幼なじみ、真田弦一郎なのではないかとすら思うことがある。

「弦一郎、父親みたいだよ」
「……」
「はいはい私が悪かったです」
「……」
「すみませんでした」

私が心の篭らない声でそう言うと、また彼は「たわけが!」と叫んだ。
二階の弟の部屋で、パッと電気が消えた。
それと同時に私の携帯が揺れる。口をへの字に曲げた弦一郎を尻目に携帯を開くと、『弦兄まじうるさい』とタイトルだけのメールが弟から送られてきていて、私はすぐにその画面を弦一郎の目の前に突き出してやった。


「うるさいってさ」
「む」
「もう寝るから。今度からは気をつけます」
「うむ」
「…待っててくれてありがとう、おやすみなさい。」

庭へと通じる、くるくるとまわる模様を描いた門柱を開けば、キィと鈍い音がする。既に閉まっていたドアの、ノブ下の鍵穴に鍵を差し込んで回転させれば、ザッと地面を蹴る音がした。放任な両親よりも、彼、真田弦一郎は厄介だった。家の中では叱られ慣れていないし、中高、特に高校の時分にはよく学校で叱られたことはあったけれど、それは彼とは全く違った。彼は大きな声で怒鳴り散らす癖に、その声の中に何処か優しさが含まれている。
だからいつも泣きそうになった。


「今日はあまり怒らないのね?」


ドアから半身を覗かせて、広い背中に問い掛けてみたけれど、隣の家屋へと消えていく彼は振り向かなかった。それがどうしようもなく寂しく感じられて、私は勢いよくドアを閉めて、そのまましゃがみ込んだ。
大人になるに連れて、薄れていくのをまざまざと感じていた。全て上手く繋げられたまま、ただ楽しいだけでは生きていけない。結局、私も彼も他人であって、繋がりは案外希薄なものなのである。何でも欲しいなんて我が儘が通用するはずもなかった。例えばあと少し経てば、あんなに私を心配していたはずの弦一郎は、きっと違う誰かの心配に必死になってしまうのだろうかと、そう考えて顔を歪める。

「嫌だな」

返事の無い呟きを漏らしてから、息を吐く。チカチカと点滅する携帯のライトが、黄色に暗闇で眩しく光っている。
片手で携帯を開くと、『メール1件』とアイコンによって表示されている画面の明るさに、目をしばたいた。選択ボタンを押せばそれは先程返信した白石くんからのもので、私は携帯を閉じた。返信は明日でいいだろう、そう思うと力を無くしたすり抜けるように掌から携帯は落ちた。

真っ暗な空間にピカピカ光るライトか疎ましかった。携帯の電話帳には、何人もの名前が連なっているのに、私は今まるでひとりきりの様な感覚に陥る。いつか、誰もが私を置いていってしまうようで、それが怖い。
黄色く光っていたライトが青い光に変わると、同時に携帯が激しく床で揺れて、大きな音がした。着信を知らせる合図に携帯を拾って開くと、目をも見開いた。


「景吾…?」
『ああ』
「どうしたの?」
『アーン?どうもしねえよ』
「だって、景吾から電話なんて久しぶりでしょう?」
『そうだな』
「うん」
『…特に用は無え。ただの気まぐれだ。』

それならどうしてこんなタイミングで、とは言わなかった。まさかお得意のインサイトで、私の気持ちまでわかるはず無い。本当に、ただ気まぐれで電話を寄越しただけであるかも知れないのだ。
彼は、曰く愚妹である私に、意味も無く連絡してきただけであるのだ。

『アリサこそ最近電話して来ねぇじゃねーか』
「うん」
『前はうぜぇ位毎日かけてきやがっただろ』
「だって、景吾忙しそうだったから」
『アーン?気でも使ったつもりかよ』
「そういう訳じゃないけど…」

続く言葉が見つからなくて、押し黙る。
床のひんやりとした冷たさが、歩き疲れて火照っていた脚を冷やした。何かを紛らわすように、じゃらじゃらとした携帯のストラップを掴んで、弄ぶ。静かな室内には私の声だけが、私の耳には彼の声だけが、響いた。

『けど、何だよ』
「……」

『言ったろ?何の為の携帯だって』


電話の向こう側で、口の端を上げて笑う顔が、容易に想像出来た。
彼が私を妹みたいに思っていたとしても、結局は私も彼も他人であって、繋がりは案外希薄なものなのである。血も戸籍も、何も繋がらない。

それに付け加えれば、私は一度だって彼、跡部景吾を兄の様に思ったことなんて、無い。





(100329)




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