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謙也くんに私のアドレスを聞いたという旨と、よかったら登録してくれということ、それに彼のメールアドレスと電話番号、そして白石蔵ノ介という名前が添えられたメールは、謙也くんから連絡があったその日のうちに届いていた。私は酷くメール不精であったけれど、彼とのメールは毎日疎らに何通か、それでもここ何日間かはずっと続いていたので自分自身でも驚いていた。電話は謙也くんの代わりに出たあの日から一度もしていないから、彼の声がどんなものであったかがよく思い出せない。声とかいうような目に見えないものを記憶するというのは、難しいことであるように思う。かといって、例えば誰かの声と顔のどちらがより覚えていられるかと言えば、それは一概に後者だとは言えないだろう。目に見えなくても忘れ難いことだってある。
白石くんからのメールに返信ボタンを押したところで、声が掛かった。大学の入口にはテーブルが幾つも並べられていて、私はそこで彼を待っていた。待ち人である侑士は一言待たせて申し訳ないということを伝えると、「行こか」とまるで急かすように言うので携帯を閉じてバッグの中に落とした。自動で開くドアを潜り抜けて、それから駐車場へと歩いた。

「確実に寝そう」
「寝んなや」
「昨日まで、心理学概論のレポートの存在を忘れていて…」
「ああ、徹夜明けか」
「でも出来るだけ頑張る」
「そうしてくれると俺も有り難いわ」
「侑士も泣かないように、頑張れ」

「おおきに」と言った彼の笑顔が、私の好きなそれであったから、私も笑みを深めた。彼の好きな、所謂全米が泣いたラブストーリーとかいうやつを見に行くのは、何度目か知れない。彼の車の助手席のシートに差し込む光が暖かくて、私は既に若干の眠気を拭い去れずにいた。免許を取ってからそんなに経っていないはずの彼の運転技術は結構なもので、新学期からの間に乗った友人の誰かが運転する車の中では、一番に安心出来た。
時間に余裕があったので、何か食べていこうと適当に店に入る。侑士が当然のように私の分まで支払うのは最早中学生からのことであったけれど、付き合っているわけでも無しにいつもいつもそういう訳にはいかないだろうと、私は金額を暗記する。ここで私が支払おうとすると「格好がつかない」と彼が言うので、後からまとめて渡すつもりでいる。受け取って貰えるかは別の話だけれど。

「週末試合やけど、アリサ行くやんな?」
「試合?」
「なんや知らんのか」
「知らない、何があるの?」
「高等部の大会始まんねん。去年は俺ら見に来たやろ」
「ああ」

「メイが何か言っていたような気がする」
そう言ってアイスティーを啜れば、「話聞こうや」と侑士が呆れて言った。去年は確かに、景吾率いるテニス部の試合を殆ど全て見に行った。中学生の頃から半ば無理矢理試合に連れていかれてはいたものの、あんなに試合に通ったのも、あんなに真剣に応援したのも去年が最初で最後だ。

「メイが行くなら行こうかな」
「あの子は確実に行くやろ」
「そうだね。みんな頑張っているかな、長太郎くんとか樺地くんとか」
「部長は日吉やん」
「あの子私のこと毛嫌いしているし」
「それはあれや、ツンデレやって」
「デレられたこと、一度も無いよ」

せやなあ、と同意の言葉を呟いて侑士が笑った。
氷帝テニス部のレギュラーだった面々とは、それなりに面識がある。特に樺地くんには景吾共々相当なお世話になっていたわけだから(いるわけ、と言ったほうが正しいかもしれない)やはりせめて試合くらいは応援しに行くべきではないかとも思う。

「送っていくから二人で待ち合わせ場所決めといてな」
「メイ、嫌がりそう」
「確かに」
「忍足の車乗るくらいなら歩く、とか言いそう」
「せやな…まあそこはアリサが上手く言っておいてくれへん?」
「あの子、侑士のこと毛嫌いしているから」
「だからそれはあれや、…ツンデレやって」
「それだけは無いと思うよ」

クスクス笑うと彼は「せやな…」と歯切れの悪い返事をした。
食事を終えて店を出ると、どっと眠気が襲ってきたから、もう駄目だと思った。頑張るとは言ったものの、どうやら無理らしかった。映画館の生暖かい空気が私の眠気を助長して、なんなく私はふわふわのシートに沈んだ。
映画の内容は一切と言っていいほど、把握していない。

「頑張る言うたやん」
「ごめん」
「まあええわ、次はちゃんと寝て来てや」
「うん、そのつもり」
「…なんや元気になってへん?」
「寝たからね」
「映画館は寝る場所と違いますけど」
「私だって寝る為に行ったわけじゃない」

家まで送られる車の中でそんな話を繰り広げる。海岸沿いの道を、侑士の車が風をきって走る。夜の波音を背景に、私の家までの結構な距離を、半ばドライブのように駆け抜ける。目を細めると街頭の光が繋がって見えて、私はよくひとりでそうして窓の外を眺めた。
映画を見た後は大体、帰りの車の中でその映画について討論するのが常だった。侑士は在り来りで王道な展開にもしばしば絶賛とも言える評価をするので、私はそれを非難する役回りが多かった。
しかし今回は、私が寝ていた為なのか、珍しく侑士が映画の話をしなかった。

「結局、」
「うん?」
「どんな話だったの?」
「ああ、せやなあ」
「……」
「悲しい話、やな」
「ふうん?」

そうなんだ、と呟いて俯いた。
何だか居づらくなってしまって、こういう時に車という密室は不便だと思った。
それからは全く映画とは関係の無い話で盛り上がって、家の近くで彼の車を降りた。彼は家の前まで送ると言ったけれど、うるさいのがいるからと断れば可笑しそうに笑って車を止めてくれた。

「ほな、また」
「うん、送ってくれてありがとう」
「家着いたら、メールな」
「うん。」
「…おやすみ」
「おやすみなさい」

手を振る。どちらからともなく、離れていく。まるで恋人みたいなやり取りは、私と侑士が友人である証だ。
カツカツとヒールが鳴る。まだ夜は、肌寒い。握り締めた携帯が、ブルブル震えた。

家の前に着いたのと、侑士にお金を渡し忘れたことに気が付いたのと、そして白石くんからの返信が来たことと、それから「アリサ」と呼び掛けられたのは、ほぼ同じタイミングだった。






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