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「どうしちゃったの?」
「それ、どういう意味」


彼女の冷たい声はまるで、騒がしい陽気な雰囲気が漂うカフェテリアにひびを入れるようであった。ふたつ机を挟んだ向こう側で談笑していたカップルがこちらを向いて、それから急に静かになってしまった。食器が僅かに重なり合う高い音の響く昼下がりのカフェテリアが穏和で優雅な雰囲気の中にあったからなのか、不釣り合いな彼女の声がよく目立ってしまうような心持ちにさせた。
取り繕うように「いや、気合いが入っているなと思って」そう言うと、彼女、メイが睨んだ。くるくるとカールを描く彼女の毛先の方に視線を逸らす。今日は機嫌が良さそうだからと言った冗談は、すぐに打ちのめされてしまった。
つい「怒っている?」と尋ねそうになったけれど、そう尋ねれば余計に彼女の機嫌を損ねてしまいそうだと口を噤んだ。

「白石蔵ノ介。」
「え?」
「あんたこの間言っていたでしょう?」
「ああ、うん」
「これ。」
「え?」
「月刊テニスの去年夏の特集。大阪代表校の部長、白石蔵ノ介。」
「調べたの?」
「何処かで聞いたことのある名前だと思っていたら、この雑誌が出て来ただけ」
「ありがとう!」
「だから、別に調べた訳じゃないから」

「忍足くんのチームメイトだったみたいね」
興味が無さそうな顔でメイが言う。少し古びた雑誌を引き寄せて、記事に目を向ける。
謙也くんの代わりに電話に出た出来事は、その日のうちにメイに報告していた。夜中に意味も無く、眠くなるまで彼女と電話するのはよくあることだった。ウィルコムには同じストラップを付けていて、柄にも無くお揃いになっている。
去年の夏の大会ならば自分も氷帝を応援する為に行った筈なのにと首を傾げていると、「アリサは大して試合を見ていなかったんじゃない?」と向かいに座る彼女がふんと鼻を鳴らして言った。

「ねえ」
「うん?」
「…凄く格好いいね、白石くん。」
「ああ、アリサが好きそうな顔だと思った」
「謙也くん紹介してくれたりしないかな」
「この間話したんでしょう?聞いてみればいいじゃない」
「でも彼女いるよ、きっと」

雑誌をぱたりと閉じると、メイは「あんたに今男の影が無い奇跡が起きているんだから、その人に彼女がいない可能性も十分にあるんじゃないの」と頬杖をつきながら毒を吐いた。それはどういう意味なのかと尋ねる前に、彼女は立ち上がる。

「私もう帰るから」
「四限は?」
「自主休講。」
「…デートだ」
「…………悪い?」
「ううん、全然。滅相もない」

わざとらしく慌てた振りをすると、彼女は遂に笑った。やはり今日は機嫌がいいのだろうと思うと、私も同じように笑った。
「それにしても」
付き合って長いのに、と彼女の機嫌の良さを知って揶喩しようとすると後ろから声がかかる。私は出かかった言葉を遮って、振り返った。

「アリサ!」
「侑士?」
「久しぶりやんな、めっちゃ会いたかったわ」
「一週間位前に会ったよ」
「そうやったっけ?」

「一週間も会ってなかったんやな」と彼が続ける。私の隣の椅子を引くと、当然の様にそこに座って彼は脚組みをした。
それからもう一度、「付き合って長いのに、相変わらず仲が良いね」とメイ告げようと顔を上げると、彼女の姿は既に無かった。
やはり彼女は、忍足侑士が嫌いらしい。

「そういえば、謙也がアリサに聞きたいことあるって言うとったで」
「ええ、何だろう」
「この時間なら此処に居るやろって伝えておいたから、そのうち来るんとちゃうかな」
「そっか」

立ち上がって何か飲むかと尋ねる彼に、ホットの紅茶がいいなと告げる。わかったとだけ言って、当たり前みたいに彼が立ち上がるから、私もまた当たり前みたいに座ったままでいた。手を振ってその背中を見送っていると、先程までの穏やかな空気が一変して、急にカフェテリアが騒がしくなった。
どうしたのだろうと振り返る。
見付けた人影に、騒がしくなったカフェテリアの様子に妙に納得してしまって、なんだか可笑しくて笑った。

「アリサ」

久しく聞いていなかった声が降ってくる。
久しく、といっても3週間前後の話ではあるのだが、彼の姿久しぶりに見た為なのか目がチカチカした。彼という存在は、何時だって眩しい。ぱちぱちと目をしばたいて、それから彼の名前を呼ぶ。

「景吾!」
「久しぶりじゃねえの」
「うん。あ、侑士もいるよ。飲み物買ってきてくれるって」
「アーン?忍足もいんのかよ」
「三人揃うの、久しぶりだね」
「そうだな」

「高等部まではいつも三人だったのに。でも景吾、最近忙しそうだし」
少し咎めるように言うと、「いつでも電話してくりゃいいじゃねえか、何の為の携帯だ」と机の上にあった私の携帯電話を指差した。相変わらずな彼の様子に安堵していると、侑士が戻って来る。カップをひとつ私に寄越すと、眉を潜めて私の横、元は侑士の座っていた場所に踏ん反り返っている景吾に目をやった。

「なんで跡部が居んねん」
「何か問題でもあるのか」
「久しぶりに私の顔が見たくなったって」
「ああ、それでか」
「あながち間違っちゃいねえな」
「…景吾がそんなこと言うなんて、珍しい」

私は驚いて、しかしながら嬉しさを隠しきることの出来ない声音で、思ったままのことを口にした。
「偶にはこの愚鈍な妹の様子も見ておかねえと何するかわからねえからな」
景吾はそう言うと侑士の手にしていた口を付ける前のカップを奪って、口に運ぶ。相変わらず作り物みたいに綺麗な顔をしていると思っていると、「なんだ」とカップを口から離して景吾が尋ねてきた。

「妹って、いつそうなったの?同い年なのに」
「精神的な面での差は大きいがな」
「妹はいいとしても、愚鈍ってどういうこと?」
「愚かで鈍いと、字の表すままだが?」
「跡部何言ってんねん、アリサは抜けてて鈍いから可愛いんやろ」
「侑士までそういうこと言う」

冗談だと侑士が言った。
それなりに混み合ったこの時間のカフェテリアの視線が全てこちらに集まっていて、こんな感覚は久しぶりだと思った。全く気にならない様子の景吾に、苦笑いで正面に座る侑士。これが少し前までは、当たり前の日常であったのが、嘘みたいだ。
一体私たちは三人で、どんな話をして、どんな風に笑いあっていたのか。それを思い出そうと米神を抑えて考えていると、私の携帯が鳴った。サブディスプレイに表示された“謙也くん”の文字に、侑士と顔を見合わせる。

「謙也くんからだ。」

分かりきっていることなのに敢えて口にしたのは、それを景吾に伝える為であった。出てもいいか尋ねると、景吾も侑士も頷いた。二人共がこちらを向くので、私は明後日の方を見ながら、「もしもし」を飛ばして彼の名前を呼んだ。

「謙也くん?」
『お、今ちょっとええかな?』
「平気。カフェテリアに侑士と景吾といるだけだよ」
『跡部も居るん?珍しいな』
「私も驚いた」
『せや、跡部は今はええねん。それよりちょっとお願いあるんやけど』
「ええ、何?」
『この間電話した白石、覚えとる?』

覚えているも何も、つい先程まで彼の話をしていた所だ。そのことを彼に告げると、急にテンションの高くなった彼は「ほんまか!」と叫ぶように言った。相槌を打つと彼は打ち明けるように「実はな」と続ける。

『この間な、また白石と電話してん。そん時なんでかアリサちゃんの話になってな?』
「えっ、ちょっと。本当になんで?」
『そんでな、アリサちゃんの話したら、あの子そんなオモロイ子なんかって盛り上がってしもて』
「謙也くん何言ったの?!」
『白石もえらいアリサちゃんのこと気に入ってん』
「謙也くん最悪…」
『でな?まだ続きあんねん。白石ってめっちゃイケメンやし性格もええし、まあ聖書って言われてた程の男やから、アリサちゃんも絶対すぐに仲良くなれると思うねん』
「うん?」

『白石にアリサちゃんのアドレスと番号教えてしもたけど、ええよな?』


紅茶のカップからは湯気が立ち上っている。ゆらゆらと揺れる様が私の動揺する気持ちと重なっているようで、ふいに交わったアイスブルーの瞳を、避けるように視線を逸らした。






(091227)




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