<META NAME=”ROBOTS” CONTENT=”NOARCHIVE,NOINDEX,NOFOLLOW”><META NAME=”GOOGLEBOT” CONTENT=”NOARCHIVE,NOINDEX,NOFOLLOW”>119 | ナノ




ここの所、雨のせいで視界が悪い。そう思いながら米神を押さえた。
偏頭痛持ちの頭が内側で鐘を鳴らしているかの如く、煩く揺れている。雨は私を阻むように、止む気配を見せなかった。

ガラス張りのカフェテリアは空調のお陰で梅雨の時期の肌寒さを感じさせなかった。一度暑くなってきたと感じさせた五月の陽気とは裏腹に、六月は雨の降り続く寒い日が続いている。雨粒の付いたガラスの壁に人差し指で触れると、指紋が付いてしまったのですぐに離した。
コーヒーショップのロゴの入った、空になったカップに刺さった緑色のストローを噛んで、口を尖らせる。向かい側に座っているメイはカップから口を離すと、「次の授業は?」と尋ねてきた。

「児童心理学。でも休講になった」
「ふうん。じゃあもう帰るの?」
「ううん、その次のコマは授業があるから」
「ああ、そうなの」

別段興味も無さそうな返答を寄越すと、メイは先程まで使用していた箸を鞄に仕舞って、カップとサラダの乗っていたトレーを持って立ち上がった。それを目で追うと、視線が交わる。トレーを持ったままの彼女は「そういえば」と口を開いた。

「跡部くんと、最近会った?」
「景吾?ううん、最近はあまり」
「そう」
「何かあった?」
「ううん、夏のオープンキャンパス向けの冊子のことでちょっと。広報の人が、跡部くんのコメントが欲しいのに本人が捕まらないらしくて。」
「サークルの方には顔を出しているみたいだけど」
「へえ、まあ会うことがあったら言っておいてよ」

「よろしく。」そう言うと彼女は持ったままでいたトレーを返却しに行った。彼女の水色カーディガンは見るからに薄手のもので、とても寒そうだと思った。その後ろ姿を暫く見つめてから、私は机に伏せた。
その時間のカフェテリアは、閑散としている。2限が終わるにはまだ少し早い時間だからだ。
彼女と会ったのは偶然であった。どちらからともなく共に軽い早めの昼食を取りながら、取り留めのない話をした。18、19の年頃の女子の昼食風景としては余りに淡白であるように思われたけれど、知り合って六年目ともなると取り繕う必要も無いから、それは存外居心地の良いものであった。
ガタッと椅子を引く音がして顔を上げると、予想していたのと違う顔があったのに少しだけ動揺した。「謙也くん」と名前を呼ぶと、彼はおはようと笑った。

「アリサちゃん、ひとりなん?」
「ううん、メイと一緒にご飯を食べていたんだけど」
「ああ、そうやったんや。俺も侑士と待ち合わせしてるんやけど、ここで待っとってもええかな?」
「うん、いいよ」
「おおきに。」

「今日は寒いな」彼がそう言うのがあまり晴れやかな表情なので、それが妙に可笑しくて笑ってしまった。「何もおもろいこと言うてへんで?」と首を傾げる彼の後ろから、「あなたの顔がおかしいからじゃないの?」と、戻って来たメイが言った。

「どういう意味やそれ」
「さあ?私、探したい論文があるからお先に。忍足くん、アリサ宜しく。」

有無を言わせる隙も与えないまま、ひらひらと手を振ってメイはカフェテリアを後にした。彼女は忍足侑士が好きでは無いらしいから、恐らく逃げたのだろうと思う。「なんなんや」と呟く謙也くんに「謙也くん、からかうと楽しいから」と笑ってみせた。
それから謙也くんとまた、他愛のない話を繰り広げた。内容は主に、彼の地元のことや中高生時代の話を面白おかしくしたもので、本当なのか冗談なのか疑わしいものもいくつかあった。私は聞き役に徹していて、笑いながら何度も相槌を打った。
そうこうしている内に三十分が過ぎた。しかし、依然として侑士は現れていなかった。
謙也くんは、十五分を過ぎたあたりからしきりに「侑士遅い」と耐え切れなくなったように零していたけれど、遂に三十分を過ぎると「遅すぎる!」と苛立ちすら見せ始めていた。
すると、ふと謙也くんの携帯が震えだした。恐らく侑士からだろうと、彼は片手でそれを開くと「お前遅いっちゅーねん何してんのや!」と電話口に叩き付けるように言った。私は依然として、緑色のストローを噛みながらその様子を見ていた。


『謙也?いきなり遅いって、なんやねん』
「え、侑士とちゃうん?」
『ちゃんと相手くらい確認したらどうや。白石や、白石。』
「白石?俺はてっきり侑士からやと思って…」
『なんや、ひとりで従兄弟に待ちぼうけ食らわさせられてるん?寂しいな』
「ひとりちゃうし!」
『財前もこの間、謙也さん友達出来てへんのとちゃうかって心配しとったで』
「アホぬかせ!ちゃんとおるわ」

電話口に向けられる謙也くんの口調はいつもよりずっと砕けたもので、それが電話の向こうの相手との関係を示していた。言葉は乱雑になっていくのに、彼はとても嬉しそうな表情だった。
大学に進学するにあたって、大阪から東京に越してきた彼は、四月のはじめから当たり前のように周囲に馴染んでいるように見えていたけれど、決してそういう訳ではなかったのだと今更になって気が付いた。中等部から内部進学でずっと氷帝にいる私には、彼の気持ちを図りかねる。
そう思って彼の方に視線をやると、丁度視線が交わる。何やら電話口に大きな声を出していた彼が、あっと小さく呟いてから、何か閃いたとでも言うように「せや!」と声をあげた。

「白石、ちょっと待っとき」
『なんや?』
「アリサちゃん、電話代わってくれへん?」
「ええ、どうして?」
「ええから、俺を助けると思って、な?」
「謙也くんの友達ですって言うてくれればええから」
手渡された携帯電話をまじまじと見つめてから、恐る恐る耳にあてる。「もしもし」と小さく尋ねるように言うと、相手は『謙也?』と彼の名前を呼んだ。

「謙也くんじゃ、無いです」
『…女の子?』
「はい、謙也くんの友達です」
『そう言えって謙也に言われたん?』
「はい…でも本当に友達です」
『そうなんや』

電話の向こうの落ち着いた声は、何故だか『ありがとう』と言った。何のことかと私が尋ねると、笑いながら『謙也と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしく頼むわ』と答えてくれた。
謙也くんはこちらを伺うように見つめている。この人達は本当に仲が良いのだろうなと思って、苦笑する。

「私が、仲良くしてもらっているんですよ」
『そんなん言うたら、謙也調子乗ってまうで』
「でも本当に、そうなんです。謙也くん、外部生とは思えないくらい、友達が多くて」
『へえ』
「でも、あなたと電話している時の顔が、一番楽しそうでした」

「仲が良いんですね」
そう言うと、「せやな」と返事が返ってくる。心なしか、照れているようにも聞こえた。そろそろ謙也くんに代わると告げると、彼はもう一度感謝の言葉を述べた。それは彼から私に直接、今度は謙也くんを介さないものとして発せられていた。私は何だか嬉しくなりながらも、それじゃあ、と会話を区切る。
謙也くんの方を向きながら、彼の携帯を耳から浮かせると、「なあ!」と呼びかける声が聞こえた。どうしたのだろうと思いながらも再び耳に携帯をあてて、「何ですか?」と尋ねる。

『俺、白石蔵ノ介いいます』
「はい」
『…名前、聞いてもええかな?』

依然として、外は雨模様だった。
しかしカフェテリアの中にその煩雑な音は聞こえて来ない。
電話口からの優しげな声が、やたらと耳に響いた。

「橋本アリサ です」

右耳だけが何だか擽ったいような熱さを孕んでいて、私は急いで携帯電話を謙也くんに突き返した。例えばどんな顔をしているだろうかだとか、何をしている人なのだろうかだとか、そんな事を考えてみる。
謙也くんを盗み見るように窺うと、楽しそうに笑っている。電話の向こうの彼も、同じような表情をしているのだろうか。

私は右耳に手をあてながら机に伏せて、それからメイの寒そうな格好だけを思い浮かべようとした。



(091212)







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