ルドルフ | ナノ



鞭がしなり、サメラの額から血が出た。

「…お前が、いるから…」

またピシリと鞭がなる。久々に聞く音に身を竦め、頬に衝撃が走り殴られた事に気付く。なんだ、その目は。それの瞳に怒りが宿り、痛みと苦しみが降ってくる。これの対象は昔から変わらない。ただ耐えて耐えて抜くだけだ。ぼんやりと痛みを甘んじて受けるだけだ。
そうやって耐えていたら、冷たい水の塊がサメラの頭から落ちた。周りを見れば雪の降る季節らしく肌をヒリヒリ刺した。飼い主によって真冬の池に突き落とされた。薄い氷の部分だったらしく、割れた氷が肌を切った。

「獣に与える湯なんてないぜ!水でも被ってろ!」

冷たさも去り、瞬く間に足元に何かが這い周り、蝋燭の明かりでその輪郭が、マラコーダが見えた。その足元には物言わぬ飼い主が、団長や仲間が恨めしげに此方を伺っていた。

「…っ…!!」

一歩驚いて身を引くと、その着地先は沼だった。ずぶずぶ深みに嵌って、その淀みの中にサメラが消えた。

ぷはぁっ。そんな自分の息でサメラは目を覚ました。生暖かいぬくもりに気がついて、そうだったと自分の置かれている状況にを察した。ぶっかけた薬が気化して眠りについた。眼前に広がる蒼鉄色が、ずべてを思い出させた。抱きしめられて、身動きも取れないサメラは、ぼんやりと眼前の青を見つめてから、深いため息をついた。
先に眠らせた仲間は、まだ寝ているらしく安らかな寝息だけが聞こえる。

夢だった。どこまでが夢だったのだろう。と考えたがる答えは決まりきっていて、絶望が胸に巣くう。仲間たちが恐怖の中で魔物へと作り替えられたことを考えると、妙にそわそわする。このそわそわが何なのかもわからなく。例えがたい痒さに、居心地の悪さを感じた。

ちらりと目線を上げて、眠る男を見つめる。空とも海とも違うメタリックブルーに、かすかな石鹸のにおいがした。匂い消しのためか、かすかに海の匂いと、まだ乾ききってない薬の混ざった匂いがたまに薫ってきて、薬のせいか、だんだんぼんやりとする頭で、そういえば最後に団長と同じ言葉を言われたな。と思い浮かべながらまたサメラは眠りにつく。

「立ち止まるな。」

そして歩け。
ふと遠くなる意識を手放して安らかな寝息を立てる。
先に目を覚ました仲間たちがサメラとカインを見つけてクスクス笑うのであった。それはまたいつかの話。


×