意識は霧散していた。 熱病に浮かされたような。 ふわふわと揺らいではいた。 何をしていたか覚えてないが。 夢を見ているのはよくわかった。 導かれて意志とは真逆に体が動く。 ただひたすら闇の中を歩いていた。 見たこともない魔物をすり抜けて。 下に下にと階段をただ降りて行く。 最後の階段を降りた先で声を聞いた。 我が名を呼べ。月の民の血を引く娘。 そう聞こえて泡が弾けるように我に帰る。 辺りを見回せど、薄いガラスのような床の先には祭壇のような窪みがあり、その先には何もない闇だけだった。 思考はまだ少し霞を覚えて、フラフラしているような気がした。 闇を従えし、娘。我が声を聞き従え。 その声は酷く懐かしく。天鵞絨のように優しくサメラを包む。その言葉に従うようにサメラはゆっくり目を閉じた。頭のどこかでじりじりと主張するようにザワザワと何かが訴える。ゆるゆるとサメラは首を振り、拒絶した。 「あなたは、誰だ。」 闇に問えばすんなりと音が響く。 おまえは私だ。 私はおまえだ。 おまえの底で眠り来る時を待つ者。 我が名は来たるときに解る。 真名を呼び出し力を欲せよ。 真実を知りたいならば力を授けてやろうぞ。よく考え我が名を呼ぶが良い。 それが契約だと。闇が言う。 「私はおまえを知っているのか?」 知っているのか。知らないか。 己の胸に聞くがよい。 お前は誰よりも私のそばにいる。 着かず離れずそばにいる。 それは甘く囁いて。 心の芯を離さない。 じりじりと焦がし。 もどかしさを得る。 闇から声が聞こえなくなってサメラたは歩みをだす。 ゆっくりとした足取りで薄氷のような地を歩く。 まるで自分の体でないように動く。薄い水に包まれたような感覚がする。どこか鈍く重く、たゆたう水のようなゆらゆらした思考であった。見る見るうちに足は祭壇最上段に辿り着き、あと一歩踏み出せば闇の底に落ちる所で立っていた。 一歩を踏み出してサメラはそこで懐かしい感覚の原因を知る。 あぁ、飼われた時に似てるんだと理解して、その深い闇に身を投じた。背後で誰か呼んでいた気がする。が、確認するにも振り向くことも叶わず、闇がサメラを包んでいた。 闇が衣服の端を捉えて、その中に沈む。 前 戻 次 ×
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