ルドルフ | ナノ


サメラは船に揺られていた。空は青いし天気もいいのだが、どうしてこうなったのかとぼんやり白波立つ後を見つめていたら、おい。なんて声が後ろからかかった。振り返ればカインが二人分のカップを持って立って不機嫌そうに眉間の皺を寄せている。

「落ちるなよ」
「落ちるか。」

ため息交じりで船尾のへりに座り込むと、久々に着込んだ鎧がガチャリと鳴った。長い銀色の髪を鎧の中に押し込みなおしていると、カインはサメラの隣に腰かけて、持っていたカップを押し付けるように渡してくるのでしぶしぶ受け取って中身を胃の中に収めた。
カインとサメラの二人がこうして船に乗っているのには訳があった。バロンとエブラーナ間の条約をとりつけるために事前の交渉としてエブラーナに対して一番強気で出れる人物としてサメラが、旅慣れたサメラだけではどうなるかわからないからと保険としてカインが派遣されることになったのだ。

「なぁ。カイン。」
「なんだ。」
「エブラーナで締結してきた後、バロンに戻ったら嫌な予感がするんだが」
「奇遇だな。俺もだ。」
「だよな。」

セシルが逃げて最終的に二人で仕事を回している図柄がすぐに思い浮かぶのは、それが日常ともなり得てるからだろうか。
先日、元上司と決闘を行った。部下への謝罪とサメラの隊全員の免職を賭けた一対無数の決闘は、一息つく合間もなくあっさりした終わりを迎え、元上司は謝罪せずに退職し逃亡した。
空いた穴には誰がつくかと話が出る間もなくその座にはサメラがつくことになった。いや、着かざる得なかった。世間からはいるかいないかとも噂されてい た影も形もないような英雄と言われる人物が扱うには小さすぎる世界――十数人よ一小隊をとりまとめていたのが、セシルとカイン以外の上層部はサメラをすぐにそれ相応の地位を与えろと声を上げたのだ。
無論、あの決闘で叩きのめしたサメラはなにもせずとも相手の役職を蹴り飛ばしたので、その座に座らせるのは必然の事なのだが。
そうして内外違わない実績を得たサメラは、仕事から逃げ回るセシルを、追いかけ回す日々が始まったのだ。西の塔で猫を追いかけ回すという話を聴けばすっとんで首根っこをつかんでは仕事をさせて、東の塔で模擬剣を掴んでると聴けば駆け回り先手を打ちボコボコにして執務室につれ戻すとなんとも言えない姿で仕事をさせるように促した。
そもそも国王に仕事をさせるように東奔西走するのは近衛として本来の姿ではないのだが。
セシルを追いかけ回して捕まえれるような人物が二人不在となれば遊び呆けるセシルがどうなるか、火を見るよりも明らかだ。そう考えると頭が痛い。

「なぁ、カイン。少し寄り道をしようか。」
「は?何を言ってるんだ」
「空でなく今回は船旅だ。無風の日もあるだろうに?それが何日かあったとするなら、問題ないだろ?」
「それは…」

にやりと笑ってサメラはカインをそそのかす。それに、セシルは船旅に疎いから往路と復路で日数が変わるのを知らないからな。あれはやっぱり相変わらず旅慣れしていない。
きっぱりと言い捨てているが、そもそも物心をもってから浮き世を津々浦々としていたサメラと産まれてからバロンを軍務以外で離れることのないセシルとでは大幅に違うし、あれはほぼほぼ船旅なんてしていない。そのころから赤き翼はあったし、軍属と同時に暗黒騎士へと道を進み赤き翼を導く仕事をしていたのだ。そもそもセシルの選択肢に船がないのだ。

「それはそうだが。」
「あわせて、だ。お前が昔色々な景色を見たいと言ってだろ?」

不意に言われた言葉にカインは詰まった。確かに言った。けれどもそれは遠い昔なのだが、それを覚えられていてことに驚きを隠しきれなかった。カインはサメラのほうを見ると、この時期ならどこが良いかと思考を巡らせている。

「海と山、どっちがいいとかあるか?」
「船旅だし、海かな。」
「じゃあエブラーナ近辺だな。丁度良い。」

速めについてそこからぶらぶらしてから、エブラーナ城に入ろうか。それでいいか?そう投げかけても、船旅に入る前に聞いていた旅程ではエブラーナ到着するのは密約をとり行う日だと聞いていたので、寄り道する時間はないはずだ。時間がないのでは?と問いかけてたが、サメラは言っただろ?とにやりと笑った。

「船は風に依存するだけだから、風さえあれば短縮できるんだよ。エアロ。」

掌に魔力をまとめ上げて、風を起こす。帆の後ろに投げ込む。投げ上げた魔力は爆発するように風を生んで帆が弓型にしなり、海を滑る船は速度を上げる。

「お前、無理やりすぎないか?」
「そうか?日程に余裕が出るんだからいいだろ?その余暇分で遊びに行けばいいんだよ。」
「いいのか?」
「いいだろ?約束の日に行けば。」

旨い飯と、エブラーナの景色を見に行こうじゃないか。丁度この時期は豊穣と雨のために祝い事をするんだよ、それに交じりに行こう。そうやって提案をする。どこの町でも似たようなことをやる時期だから、混ざってもさほど問題はないさ。

「働きすぎだからこれぐらい休んでも罰は当たらんだろう。たまにはあのセシルに一発かましておかないとな」
「そうだな。お前の片棒を担いでやる」
「頼りにしてるよ。」

ならもっとエアロにして速度でも上げるか、そうして魔法の出力を上げると工程は二日ほど短くなって、乗っていた船から転職を持ちかけられたが、丁寧に断っておく。工程が短くなったこともあって、気のいい船の乗務員たちはお礼にと言う様に好きな所の港町迄連れて行ってくれると言ってくれたので、サメラは遠慮することなく目的地を告げたのであった。


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