ルドルフ | ナノ


誰かに呼ばれているような気がして目が覚めた。
何度か見た景色で、そこが魔導船の睡眠をとる部屋だと理解して、ふっと息を吐き出す。先ほどの声についても、なんとなく推測ができた。おそらく、として、たぶん。であって確定でない不確かなそれは、何度か聞いた音だった。

「…あれのつぎに、近いのが私、か。」

己の中にある闇、というのには多少の自覚はある。闇は、どこにでもあるもだと自覚もしているし、キャラバンで動くために、その闇を何度も見てきた。異端。
人間は人と異なるものをはじく。生まれつき腕の無いもの、事故により足の無いもの、病によって亡くしたもの、を捨てていく。嫌って、弾いて消していく。

「…心を無くした人間と、人の体を持たない魔物と」

ぼんやりしながら、おぼろげな記憶を引っ掻き回して、もう会えない面々を浮かべる。声を、顔を。色あせていく記憶を振り返っても、その姿を浮かべることも難しくなってきている。人を無くしていくことに、憂いてるとまた声が聞こえた。溶けるように耳元で唱える声は、我が名を呼べと言っている。サメラはその声を振り捨てるように頭をゆるく振る。
教えてもらったことのなかに呪術や薬術についてなどがあった。ないもののかわりに、あるものは、サメラがすべて継いできた。戦い方、生き方、心の在り方を。さまざまなことをキャラバンで吸い上げてきた。その中に、洗脳についてもあった。
懐かしい老婆の声も失せては来ているが、内容はしっかりと覚えている。基本の対処は呪い返し、痛みによる遮断、真名の奪い返し。自分自身の真名なんて知らないし、呪いは深くはサメラも知らない。とれるものは、一つ。痛みによる遮断である。が、血や傷に敏いものがいるので、あまり本格的なものは使用できない。どうするかな、と考えて、深く息を吐き出して、体を起き上らせる。隣に金属音が聞こえて、視線がそっと落ちる。色あせたクリーム色の袋がそこで鎮座していた。見覚えのある色に一瞬思考が止まる。

「私の、荷物袋?」

バブイルで巨人と共に沈んだはずの荷物がどうしてここにある?無意識に眉間にしわがよる。何故、ここにあるのだ?と思考にくれていると、扉の開く音がした。音のほうを確認するためにそちらを向くと、青の鎧がそこにいた。

「竜騎士…」
「起きていたか」

気分はどうだ?なにもない。それはよかった。簡素なやりとりをして、お前三日ほど寝てたぞ。といわれて、へぇ。と返事を返しながら、そういえば、それ。と隣の荷物袋をカインが指を指して視線がそこに向く。

「バブイルから回収しておいた。いるものなんだろ?」

手を伸ばして荷物を拾い上げて中を開くと、海に沈んだと思っていた使いなれた道具や、作りおいていた薬品たちがそこにあって、キャラバンの遺品とも言える武器たちがそこにあった。もう二度と目にかかれないだろうと思っていたものばかりで、懐かしい記憶がふっとよみがえってきた。

「竜騎士ありがとう。」
「礼はいらん。」
「でも…」

なら、せめて。礼として俺の名前を呼べ。いつまでも、竜騎士だと言いにくいだろうに、わかったら食え。とサメラの手の中にスープを置いて強い目に頭をなでる。ほっとけと言わんばかりにサメラはその手を払いあげてギリリとにらみあげたが、カインは気にするそぶりもなく、ゆっくり食えよ、あと半日で月につくぞ。と言葉を投げ掛けて、サメラの隣に腰をかけた。お前の弟子から完食するまで目を離すなと言付かったのでな。と追い足す。あの馬鹿弟子めと悪態ついてスープからいい臭いがしていることに気がついた。旅の支度の材料でできるようなものでない具が多い目のスープであった。

「バロンの、スープか?」
「俺が作った。」

ならよかった、と軽口を叩いてサメラは匙をとる。
セシル達と行動を始めた初日から食事もサメラの役割だった。思い出すだけでもおぞましいあの料理を見て、やろうと思えたほどだ。動かない様子に違和感をもったのか、どうした?と投げられたので、一行に交わったときの事を思い出して、と濁せば、あぁ。そういうことが、お前も大変だな。と納得されたので、サメラはそうでもないさ。と適当に返事しながら、そのスープを啜った。



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