ルドルフ | ナノ



鉄の床を、カツリと鳴らしながらゴルベーザが歩いてくる。その背に怒りをのせて、怒気を孕んだ声で、彼は怒りを露にしてその手に魔力の塊を作りあげ、放つ。空を切るような鋭い魔法はいくつかに別れようと蠢く。誰も動くことのな異空間で、真っ先に動いたのはサメラだった。
サメラはそれを判断するよりも本能で察知し、前に飛び込んで放たれた魔法をテレポでどこかに飛ばす。ただ、テレポを選んだのも無意識だった。以前ゾットではサメラには効果もなく回りだけを飛ばすこともできたのだ。あれは、もしかするとティンクトゥラの呪いのせいだったのかもしれないが、サメラはゴルベーザの懐に飛び込んだ。殴る動作がうかがえたので、全身を使って屈み込み、腕を交わして掌で顎をとらえる。勢いよく当たったそれは、ゴルベーザの兜に当たり遠くへ飛んだ。くらりと揺れる魔人の巨体を蹴りあげて、一旦距離をとって様子を見た。

「よくも巨人を!」
「巨人は、いいものではない、だから壊す!」

低い怒声が体を一直線に駆け上がる。痛い程伝わる殺気に当てられて、背筋が凍え、様々な考えが交差する中、フースーヤから息を呑む声が聞こえた。

「お主は!」
「何だ貴様は!」
「お主! 自分が誰か分かっておるのか!目を覚ますのだ!」

フースーヤが魔法の文言を唱えあげる。よくないものと察したゴルベーザはフースーヤに焦点を合わせて対抗しようと闇色の魔法を練り上げた、サメラがそれを阻み、取っ組み合いを始める。力負けをしてもいい、今の目的はフースーヤの魔法を練り上げる時間さえ確保できればよいのだから。足払いをかけられて、サメラの視界がぐるりと回転した刹那、フースーヤの魔法によって産み出された光により白に染まった。
正面で喰らったゴルベーザは、その光を浴びて小さく声を漏らした。どこか聞き覚えのある声は、ひどく幼い少年の声だった。
白の世界が終わる頃、サメラはその光を背後から受けたので、なにもなかったのだが周りは皆して目が焼けたようで、誰も前を見ない。…否、見えないみたいだ。
唯一立っていたサメラは静かに視線を動かすと、兜の外れたゴルベーザが一人。膝をついて頭を垂れていた。その姿は詫びるような姿にも、見えてその背に怒りなど全くなかった。

「……私はなぜあんなに憎しみにかられていたのだろう…」

静かな落ち着いた声が、部屋に響く。ただ全てを理解したような、口振りでゴルベーザが言葉を放つ暖かな大地の色をした髪は見覚えがあった。兜のないゴルベーザの瞳を見て、サメラはどこで見た色かをはっきりと思い出したのだ。
ダムシアン山脈の中の焦土と化した故郷で、金の色を持つ魔物と共に、母の記憶のなかで。見覚えのある少年の顔をふと思い出したのだ。

「…自分を取り戻したか。…お主、父の名を覚えているか?」
「父……クルーヤか……?」
「それじゃ、セシルの…」
「兄貴かよお?」

回りの音がぼんやりと聞こえる。母の記憶のなかでクルーヤとセシリアの間で笑う少年の面影がはかなく揺れる。

「ゴルベーザが…僕の…サメラの…」

確かに似ている。まとう空気はセシルの暗黒騎士のような感じの印象は伝わる。セシルの兄なら必然的に私の兄だ。探していたセオドールという名前の兄だ。

「お主はゼムスのテレパシーで利用されていたのだ…クルーヤの月の民の血がよりそれを増幅していたのだ…兄弟で戦うなど…!」
「じーさん!」
「僕は…兄を、憎み…戦って…」

視線を落として、小さく息をはく。
家族といるのが一番の幸せで、逆に家族を討つのは最大の不幸と考えているサメラにとっては良かったのかもしれない。それはそれで良かった事だ。

「お前が、私の…」
「でも…もしかしたら逆の立場かも知れなかったんだ…僕がもしかしたら、サメラがゼムスのテレパシーを受けていれば…」
「……しかし、それが私に届いたということは…少なからず私が悪しき心を持っていたから…私はお前を捨てた。」

あの頃のお前たちは生まれてすぐだったのだから。なにもできなかったのだがな。
そう、セオドールが言うのを聞きながら見た映像を思い浮かべる。燃える家の中で、見たのはサメラだけが拾われる映像だった。

「どうして、セシルだけを外へ連れ出した。」

あの燃える家の中でティンクトゥラが、母が拾い上げたのは私だけだった。セオドール、お前は、なぜセシルだけをつれて行った。どうして?
自分で思っているよりも低い声が出ていたのを、回りの反応の表情を見て悟る。それでもなお、するりと出てくる言葉はとどまることを知らず、どうして?と畳み掛けるように、言葉がながれでて、セシルに呼ばれ、そこではっとした。
自分がまるで塗り替えられていくような感覚が、そこにあった。なにがどうしてそうなったのかいまいちよくわからないのだが、自分が自分でなくなったような気もした。耳元で誰かがささやいてるような気分でもあった。
一言謝って、視線をずらすと静かにクリスタルの床が光を放つだけだった。



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