ルドルフ | ナノ



そのままひたすら薬研堀で、薬を煎じていたのだが、ローザもリディアも席をはなれ、サメラとエッジがそこに残った。暫く煎じてはたまに肩を鳴らす程度の静かな衣擦れが起きる小さな部屋で、エッジはサメラをしげしげと見ていた。
昔からサメラは、どことなく居心地の悪そうな笑みを浮かべていた気がする。と。エッジはサメラの横顔を見ながら、そう思ったのだ。幼い頃から見ていたその表情は、ほんの小さな変化であった。小さな頃から見ていた表情はいつもどこか苦しそうな無表情であった。苦しそうな。がかかっているので、無表情ではないのだが。昔から見ていた表情に多少の差分が生まれていたことを知ってエッジは驚きを隠せなかった。

「ルドルフ、オメェ変わったよな」
「…変わらないさ。」

守るものが増えただけさ。
ふっと遠くを見る銀色の中にある海とも空とも違う青は、懐かしむ瞳をしていた。おそらくその懐かしむ面々はキャラバンの面々なのだろう。とぼんやり思う。彼女の芯に、中心になっているのはいつだってキャラバンだった。今はそれに添うようにセシル達がいる。亡くなったものを補うかのように立っている、それは、エッジの目には酷く重なって見えた。

「回りが変わっていくんだよ」
「いや、オメェ変わったよ」

そうか。じゃあそう言うことだ。魔法と言う手段を得たからかもな。適当に流しながらもクツクツとサメラは笑う。

「そんなにかわったか?」
「たぶん、セシルたちと出会ってからな。」

ふーん。と返事をしながら、薬研堀に溜まった水を瓶に貯めていく。瓶の中で、濾し損ねた草木の端がゆっくり回っている。それを見つめながら、サメラは言葉を息を吐いて、過去に言われた言葉を思い出した。

俺達は根無し草だ。俺達は、草は芽吹く場所は選べねぇ。人だって、産まれた場所なんざ、選べねぇから、そんな場所は通り抜ける場所にしちまえばいいのさ。気にすんな。足が有るんだから、歩けっての。
思い出した声は、二度と聞くことのできない声で、サメラは視線を落とした。

「ま、標にはなったな。」
「なにか言ったか?」
「何も言ってないさ。」

そろそろ眠ろう。明日には月に着くんだろ?薬研堀に薄い布を被せて、サメラは部屋を出る。背後から薬研堀かりるぜ。という声に背中で返事をしながら、近くのカプセルに潜り込むようにして、サメラは消えた。
エッジは、薬研堀を見ながら、俺も作っとくか。とサメラの腰を下ろしていた場所に座り込み、昔を思い出ていた。
サメラが師であったあの頃、非日常的な来客である、キャラバンが楽しみであった。年の近い子が、いなかったが故に年の近いサメラという、存在が嬉しくてたまらなかったのは鮮明に覚えていて、年下のサメラがエッジの知らないことばかりをやることに、俺も!とエブラーナ滞在中はいつもサメラの隣に居た。
そんなときでも、あの師は眉を上げるか下げるか程度の反応しかなかったのに、変わるんだな。とエッジは、深く息をつきながら薬を作り始めるために、薬研堀に水を入れ始めた。


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