旅の支度を整えて、ローザは一息ついた。 これから先の当分の食料はかなり買い込んだ。おそらく、サメラならもっと簡単に集めれたのだろうと思うと、彼女がいた時の負担を大いに感じた。おそらく、彼女が幼少からやっているのでそれほど苦にも思わなかったのだろうが、飲み水の確保移動用容器、月に行くとどれぐらいの先までいるのだろうかと判断できない不確定要素、考えることはたくさんあるのだろう。 セシル、ローザ、リディア、エッジ。大人四人分。一時は六人で動いてたこともあったので、おそらくサメラはきっちりとそして、いつでも人が増えていいようにたくさんの支度をしていたのだろうな。と察し、また深いため息をついた。これを機にいろいろ覚えたほうがいいのかもね。きっとカインが居れば…いや、これはよくない考えだ。ふるふる頭を振って、たられば。の話を止めようといろいろ考えていたら背後から声がかかったのだった。 「ローザ、祈りの館に行こう。」 伝承の飛行船。月への唯一の手段。それは、きっと私たちを良い方向に連れてってくれる。そう期待し、ローザは鞄を締めた。 その同時刻。 ミシディアの隔離された医療部屋の中で、サメラの意識が覚醒し、青い瞳は開いた。ずっと、眠っていたようで体はどことなく重く、節々が痛みいたるところからずきずきと痛む。その痛みに顔をしかめながら、上体をゆるりと起こす。 ゆるゆると、明り取りの窓からこぼれる光りに目を細め、青い瞳は左右に動く。ここはどこだったか、バロンに行ったっけ?などといろいろ考えていると、視界に小さな人影が写った。 「サメラさん!!」 「…ぷ、ろむ。か?」 ずっと走ってたかのように、自分から発したとも思えないほどの枯れた声が零れ落ちた。ミシディアか、と動かない頭を奮い起こしていると、起きちゃだめですよ!セシルさんに、いいえ長老に伝えてきます!寝ててくださいよ!なんて言われてベットに再び戻されて、プロムは駆けて行った。 おい、と声をかけてが消えていくその背中を見つめて、小さくため息を吐いた。マラコーダは倒せたのだろうか、と意識を無くす前のことを思い浮かべ始めた刹那。 大きく、地面が揺れた。窓ガラスがガタガタ鳴って机が震える。なにだ、と思った瞬間に遠くで地鳴りの音がする。海の方向から大きな水音がして、まるでそれは高高度から落ちた衝撃のような水柱を立てて浮いていた。 「…なんだ、あれ…?」 痛む体を這う這うで窓辺によると、空に大きな鯨に似た船がそこにあった。船底に赤いライトを備えられて、そこがゆっくりと点滅しているのがよく見える。ゆっくりとホバリングしていた船が町の近くに下りる。風の音に、飛空艇に似た音に乗って魔力が流れた。ただ、霧のようにその魔力の流れも消えて行った。 「…バロン、に呼ばれてたの。忘れてたな。」 窓のサッシに体重を乗せて、地に下りた黒い船を眺めていると、背後から名前を呼ばれ衝撃が走る。痛みに耐えかねて崩れ落ちて、あ!わりい!と声が傷口に響く。 「エッジ!」 「やーっぱ死ぬタマじゃねーよな。」 ケラケラエッジが笑う。痛みを堪えて、目に涙を貯めてエッジを睨むが、エッジはそれに気づいてない。慌てて駆け寄ったセシルがサメラをベットまで拾い上げて寝かせる。 治ったらおぼえとけ。とサメラは吐き捨てて、丁度たどり着いたリディアとローザを見る。二人とも、泣きそうな顔をしてこちらを見ている。 「サメラ!!よかったよー!」 「心配かけたな。」 「大体の事情はプロムからも長老さんからも聞いたわ。また、無茶をして…。」 泣き出すローザに、サメラはその異常さに自分の怪我がどれほどのものかも今ようやく理解した。あれは、それほどだったのか、とどこかまだ、他人事のようにとらえながらも、心配させたんだな。と思い、シーツを深くかぶりなおして、これは当分動けないのだろうかと思考を巡らせて話を変えようとサメラは先ほど見ていた船に視線を動かした。 「…さっきの黒いのは一体…。なにだ?」 「あれはね。」 離すと長くなるので要所要所をつまみ得て理解したことは二つ。 地上と地底の伝承を混ぜ合わせて得たもの。 得たものを魔導船といい、その船は月へ行くという。 「…月に行く船…ゴルベーザの求めたエレベータを探す手がかりとなるのか?」 「たぶんね、行ってみないとそこからは全く分からないけれど…」 「私も行こう、最悪、直りが悪ければ船の中でずっと待とう」 「サメラ!!」 リディアが、それはだめ。とたしなめているが、それどころじゃないだろう。戦力がいるのならば、最大限の後方支援の手段はいくらでもある。それに、お前ら自活能力ないのに何を言ってるんだ。ついていくだけでも、価値はあるだろう。と言い返せば、ローザが言葉に詰まった。サメラはそれを見て、畳替えるように言葉を紡ぐ。いままでの旅で宿の手配、消耗品の調達、飯の支度。だれがしていた?そう畳み込めば、ローザが折れた。この様子をみると、かなり苦労したんだろうな。とサメラは小さく息を吐く。そして、沈黙が降る。どうしようと、リディアがうろたえていたが、その沈黙を破ったのはセシルだった。深く息を吐き出してから言葉を選んで放った。 「戦闘は絶対にしない。それだけは約束して。」 「わかった。それと、お前たちに一つ話がある。」 今すぐ、召喚師…リディアを連れて戦闘準備を整えてバロン城の西側の塔の地下に行け。詳しくは私もわからないが、そういわれている。神々の怒りを忘れずに持っていけ。 「サメラ?」 「いうタイミングを逃していたが。そこに協力者がいるらしい。」 あってやってくれ。とだけ告げれば、セシルたちは顔を見合わせて、頷きあって祈りの館を飛び出していった。消え行く背中を見て、サメラは小さくつぶやいた。その声は風に乗って、消えて行った。 ”連れて行く”という約束は守れなかったが、会えると祈っているよ。セシル。 そういえば、対なす。といってたな。あのバロン王。セシルが生き別れだったら、運命とはなんと皮肉なんだろうな。 前 戻 次 ×
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