ルドルフ | ナノ


最後に床を蹴って登れば、そこは魔物のにおいで満ちていた。ぐるるる。とうなる魔物を制するのは、夜闇を抱いた人で。それとはバロンで戦った。…そして、サメラが負けた。靴をギッと鳴らしてプロムを床におろす。プロムはプロムで戦闘態勢の構えを取り、背中に背負っていた背丈よりも長い杖を振った。戦うための構えはパロム達に教えたものと同じ形をしてる。危なくなったら構わず逃げろと背中を押して、再び魔物の中でにやりと笑うものを睨んだ。
夜闇が笑って人へと姿を変えた。

「…団長…いや、マラコーダ。どういうつもりでここに来た。」
「見ツケタ。命ニヨリ、オ前ヲ殺ス」

もう、負けないさ。とひねり出して、サメラは駆けだした。それに合わせて、周りを囲んでいた魔物がいたが、飛びかかろうとする前に泡の波が魔物に向けて飛んで行った。波が走るとの逆方向に視線を向ければ小さな魔導師が、胸をはってサメラを見つめていた。

「アクアブレス!周りは任せて。」
「…ミシディアは天才ばかりかってーの。」

自棄のように溢してマラコーダを殴りそこ反動でまた距離を開けて靴を鳴らした。夜の獣はにやりと笑って、見慣れた男に姿を変える。

「さぁ、お前で最後だ。小夜鳴鳥」
「誰がお前のために歌うかって。」

お前の後ろに一番最初の飼い主が見えるんだから歌なんて歌わねえ…よ。言い切る前に駆け出して、懐に潜り顎を狙う。武器を持たないサメラが狙うべき急所は顔面であった。
兜を被らない限り身を守る術すらないそこは、様々な情報が集まる器官帯で、ひどく脆いのはキャラバンで、団長がサメラに教えたことだ。  
それさえ解れば容易いとマラコーダは笑って仰け反った。が、サメラの手は殴る形はせども、なにかを持っていると気がついた。眼前に鋭いものが見えたが、対処する時間はなく右目に鋭い痛みが走った。

「ぐっ…!」

あの馬鹿の言うことをたまには聞いてみるものだ。とサメラは今初めて思った。彼女の手には1本の曲がった針が握られていた。バブイルでセシルたちと合流した時に握らされた針だ。服のなかにかくしていたが、ほんとうに役に立つ日が来るだなんて、想像し得なかった。

「小娘がァ…!」

ぐわっと牙をむき出しにして唸るがサメラは気にせず魔法を呼び、掌に集める。マラコーダは人型から獣に姿を変えサメラの利き腕でないほうに噛みつく。痛みが走るがそれを気にする暇はない。手早く口上を唱えて、ありったけの魔力をこめて言葉を紡ぐ。

「ファイガ…ッ!」

腹の中から、ずるりと魔力が抜けていく。腹から熱いものが込み上げてくる。体もどこか怠く、マラコーダを巻き込み体を燃え上らす。それでも、怯まずマラコーダは腕をねじるように傷口を抉る。痛みに耐えかねてサメラはマラコーダの鼻っ面に拳を叩き込む。回避もしないマラコーダが、怯んだのを好かさず追撃をかけたが、空しく交わされ距離が開いた。

「息ガ、上ガッテイルゾ?娘」
「お前もな、くそじじい!」

軽口を叩くが、魔力も限界が近く武器もなければ、動く体力すら怪しい。膝は笑って、視界も霞んできた。息もどこかとぎれとぎれで。サメラはニッと笑って、歪んだ針を掴む。

「そろそろお互い限界じゃないか?」
「笑ワセルナ」

獣は歯茎を見せて笑ってから、先ほど噛みついた腕を狙い牙を振り上げた。サメラはよける動作もせずに、その針をマラコーダに向けて突き立てた。ぐっと大きな傷をつくるのとともにマラコーダの手に金属の針が持って行かれた。サメラの手には武器になりそうなものはない。血の流しすぎでか、視界が狭いし暗い。

「武器モナイオ前ニ、ナニガデキルトイウンダ?」

魔法ももう打てないだろう?と笑って、マラコーダは二歩三歩と歩み寄ってくる。確かにそうだ、最後の切り傷によって噛まれた時の傷がえぐれもっとひどいことにもなっているし、両腕はやけどの跡でとんでもないことになっている。血はたくさん流した。音が近づいてくる、サメラは、立っているのも限界に達して膝から崩れた。遠くでプロムの声も聞こえたけれど答える気力はどうもわかない。

「ホラ。モウ立テナイダロウ?」

終わりだと、言ってマラコーダは首に向かって牙をつきたてようとする。もう、このタイミングしかない。ほんとはもっと距離は取りたかったが、動くことすら億劫で、セシルたちに合わせないとするならばもうここしかない。すっと、息を吸って叫ぶように魔法の向上を紡ぐ。呼び出すのは、決まっている。空の上で一番呼びやすいもの。命を魔力に変えて、使いすぎれば命を落とす。短い一瞬の間にテラと母の姿を見たような気がした。

「サンダ…ガ!」

今までに見たことのない規模の空から、落ちてくる大きな雷はマラコーダとサメラを貫いて、白い稲光が走る。そこで意識は途切れた。強くなったな。という声も聞こえたような気がした。



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