ルドルフ | ナノ



緩やかに目を開けば、そこは、何もなかった。魔物の気配もない。かなり遠くに人のにぎやかさを感じる。気のせいかもしれないけれど。
痛みも違和感も。腕を上げて傷や痛みのあったはずの場所を見上げれば、縫合跡としっかりした瘡蓋が、それとなく時間の流れを教えてくれた。ただ、木造の部屋であるのと、海の音が聞こえ、記憶を掘り返せば、血を流しすぎか魔法を使いすぎで朦朧とした意識のままミシディアにたどり着いた事を思い出した。自分の服装も新しいものになっている。旅支度の装飾ですらないものは、おそらくミシディアの長が誂えて、誰かが着せ替えてくれたのだろう。この支度にかかった金子について、考えると溜め息が出た。嘆いても仕方ないと判断して、サメラはそっとベットを抜け出してフロアを1つ下るとミシディアの長ミンウが茶を啜っていた。

「起きられたようじゃな、まぁ、座りなされ」
「えぇ。」

促され、サメラはミンウの正面に腰を下ろした。近くの魔導師にサメラの分の茶の仕度をするように伝え、部屋にサメラとミンウの二人となった。

「何があったのかね?」
「…長老。クリスタルは、知られている4つと、地底の世界のクリスタルとで全てで8つ。」

ゴルベーザは全てのクリスタルを集め、月に居る悪なるものを呼びだすと。そして、ゴルベーザの手に、全てが集まった。世界中を回り、それに対するために手を組まねばならない。セシルが聖なる騎士になってから、そのあとのことを淡々と話す。途中でセシルと離れ逃げてきた。そこまで言うと、また沈黙がやってきた。

「ふむ。」
「パロムやポロムはどうなされた?」
「彼等は我々を守るために自ら石化魔法を使いました。」

浄化魔法も金の針も彼らの魔法を解くことはできませんでした。賢者テラも、空の上にある塔でゴルベーザに一矢報いるためにメテオを放ち亡くなり、遺体すら回収できぬままになり海の底で瓦礫と共に眠りました。そして、残りのクリスタルがある地底の世界で彼らを逃がすために一人残り、捉えられ拷問にかけられました、魔を押さえる道具を壊すためにそれをも越える魔を練り上げ壊し、ミシディアまでテレポが上手く作用しました。
淡々と言うには短く、思い出していく日数としては長い間である。知りうる全てを出してサメラは目をつぶった。

「サメラはかなりの魔力を使ったようじゃの。」
「そうみたいですね。ですが、ここで止まってれません。そして、パロムとポロムは、どうなるのでしょう?」
「一度バロンにも訪ねればならんな。詳しく知るために、赴こう。」
「ならば。」

私もどうか、ともに。バロンを出てその足でカイポを経由してトロイアへ手を求めにいきます。と提案しようとしたが、それも言い出す前にミンウは却下。と言葉を出した。すんなり了承をくれるだろうと判断していたサメラにとって、反対されたことに異議があり、拒絶とも思えた。

「どうして…ですか?」
「そなたは、ひどく疲れておる。しばらくは休まれよ、魔力も、体力も不十分な者を共だっていくのは、危険である。」
「そんなことは・・・」

ない!言葉と共に両の拳を机にたたきつけて立ち上がろうとしたが、立ち上がることは叶わず、バランスを崩し椅子から転げ落ちた。手をつくことも叶わず、鼻を強打し、かすかな血のにおいもした。

「感情的になるでない。これ以上するとそなた自身が傷つく。」

魔法は万能じゃが、それを従えぬのならそれは牙をむく。巨大な力は、全てを歪める。わかっておられるだろう?
知ってはいる。知ってはいるけれども、この状態がひどく無力に、力ないものだと感じて、やるせない気持ちだけが牙をむいてくる。前は見えてるのに、闇に染まっていくような感覚もある。居心地の悪さも相まって、手持無沙汰が浮き彫りになって、小さく野次って床を殴ってから、またゆっくりとした動きで椅子に座る。立ち上がるのにも時間がかかり。腹の傷が小さく主張をする。

「まずは、休みなされ。人生は山である。この山は試練である。」

山に登るために、準備は必要であろう。旅に出るにも、明日を過ごすためにも。正式に国を訪ねるにも支度はいる。それまでに、体調がよくなるのであれば、そなたもともにくるがよい。その言葉が希望に聞こえた。闇に沈みゆく体が光りに向かって飛んでいくような気持ちになった。##name_1##がミンウの名前を呼ぶ。

「…すべての山に登りなさい。それが、彼にも、そしてそなたにも課せられた使命である。」
「わかった。聞きたいことが一つあるんだが。」

ティンクトゥラ…ティンクトゥラ・エリクシール。この名前を知らないか…?
そんなサメラの問いかけに、ミンウは驚いた表情をして、茶を啜る。ほんの一瞬だったが、サメラはそれを見逃さず、眉をひそめた。ちょうど、ミンウが茶を頼んだ魔導師が帰ってきて、サメラの目の前に置いた。サメラは、それに軽く礼を言って、またミンウに目線を戻した。驚いた様子も今はもうなく、いつも通りの表情をしている。

「…どこで、その名を…?」
「私の、育ての母だった。」

亡くなって、いろいろ回されてキャラバンに至ったこと。ティンクトゥラについて、名前だけしか覚えていないこと。を伝えると、ミンウの顔が渋くなった。珍しい表情をするんだな、と思いつつサメラは茶を啜った。口を開くのかと見つめていたが、沈黙に耐えかねて思考を別のものに走らせた。そう、始まったら加速は早い。



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