ルドルフ | ナノ



どこか遠くで水の音を聞いた。体がほろほろと融けて消え行く感覚に襲われる中で、遠い声を聞いた。それは闇のように見えず、僅かな先をも奪うかのように、低く甘い囁きであった。


月の血を持つ娘よ。我が名を。
憎め、青き星の民を。
我が名は…。


ずっと呼ばれていた声であると程無くして理解し、その声は何を求めているのかと思考する。ただそれがなにか。なんてわからない。もやもやと悩んでいたら、水を打ったような静寂と共に浮かび上がっていく
感覚がして水音が聴覚を叩く。目を開くと見知らぬ線の細い男が一人立って視界に入った。あわてて飛び起きると腹やらそこらかしこがズキズキと傷んだ。鎧もなにも奪われたらしく、傷だらけの腕が脚が見えた。最低限のインナーに着替えさせられたらしく、サメラが持ったことのない上等な製品だ。

「まだ、傷は塞がってないぞ?!」
「…誰だ。」
「あぁ。この姿だからか。これなら解るだろ?」

瞬く間に砂を呼び起こし、スカルミリョーネに姿を変えた。バックアタックで攻撃された幅も質量も臭いもきつい魔物の姿である。死臭に鼻が痛くなってきて、鼻を摘まむと何となく理解したスカルミリョーネが人形に姿を戻した。

「幅をとるからこの姿にしてる」
「そうか。」

ほんと銀色って、表情筋動かないな。死体みたいな表情しるな。たまには使えよ。人間なんだからさ。と言うその姿に違和感を覚えた。彼等は魔物で、どこか人間臭さがでているのに、対してサメラにはどこかその人間らしい感情が欠損している。なにかを持たないキャラバンの中で、心を持たなかったがサメラであった。今では昔と比べるとまだ表情はあるほうにはなったが、まだどこか薄いらしい。あれから何日が過ぎた?と聞くと、一週間。と言われる。確かに心配するな。と納得すると。ぼつりとスカルミリョーネが続けた。

「ハーヴィ達がクリスタル1つを奪って逃げた。」

奪われたことに上官が不機嫌だった。口を割らすためにお前に攻撃をした。が、銀色は口を割らず耐えていた。死なれては人質としての価値もなくなるから、かなり説得した。とりあえず銀色に意識が戻って良かった。

「まぁ。もうすぐ人質の価値もなくなるんだがな。」
「どういうことだ?」

あれから、何日が過ぎたのかわからないが。それなりに過ぎたのは何となく解る。詳しい日数については、全く解らないが彼等は彼等なりに先に進んでいるのだろう。にしても、クリスタルと引き換えにも考えていただろう人質の価値がなくなる。とは、いったいどうしてだ?と彼らの持つクリスタルと、ドワーフの民の王。ジオット王が守る1つ。計2つ。

「…ハーヴィ一行がクリスタルを最後の1つ所得した直後、ゴルベーザ様がカインへの呼び掛けに成功し、ハーヴィが持っているのもドワーフが隠し持っているのもカインが獲得した。もう何日かしたら、持ち帰ると伝えられてる。全てが揃えば、月へのエレベーターが出来上がり、巨人はこの地に降りる。」

青き星を焼き滅ぼし、そして、ゼムス様がこの星に降り立つのだ。
それは、やめるべきことだと思うと身体中に魔力がたぎるのを感じた。魔力が体にまとわりついて、頭の芯が冷えていく感覚を覚える。その魔力が手首に浸けられた枷が奪っていくために、淡い光を放ち存在を主張する。

「そんな体で魔力を操るな。傷の治りが遅くなる。体もボロボロで大きな力を扱うのは得策じゃない。」
「我々は敵だ。スカルミリョーネに何を言われようとも、」
「魔力は人間のエネルギーを転換し使うものだ。使いすぎれば死を招くぞ?」

わかってるさ。だが、すんなりお前たちの言うことなんか聞くと思ってるのか?そう言ってエネルギーを魔力にどんどん替えていく。手首の枷は淡い光から眩しい光に姿を変えていく。それでもサメラは怯まずもっと強い光を放つ。何事も許容範囲を越えるのは魔力を込めれば道具は壊れる。たとえそれが魔術の補強をしたものでも壊れる。魔法の道具じゃなくとも、ただの道具でもだ。目も開けられないぐらいの光を放っていた枷から乾いた音が聞こえた。目を閉じても明るいその光は爆発して、枷が床に落ちた。光は風になり、サメラを包んで、竜巻となってサメラを包む。

「魔力の暴走だ。落ち着け銀色、それ以上やると…」

暴風によりスカルミリョーネの言葉がそこで聞こえなくなった。魔力の使いすぎか血の流しすぎか、風がサメラを浮かせたかと思った瞬間、景色は変わり、見覚えのある部屋に飛んだ。膝から崩れて、朦朧とした意識を辛うじて保つ。ずるりと何かが引きずり出される感覚がして、サメラを包んでいた風が花開くようにほどけて止んだ。
飛び込んでくる声に聞き覚えはあり、視界に彼らが入った。魔力を暴走させて無意識下にテレポが発動したらしい。
べったりと床に腰を下ろして大きく息を吸った。身体中に残る魔力はサメラの呼吸と共に落ち着き、時希にそよそよと風が流れ、そして清らかな匂いがして、なにもなかったかのように魔力も収まる。
視界に入る魔導師達を見て、飛んできた先を理解した。

「ミシディア…?」
「左様。よく来られた」

逃げれたのだ。ゴルベーザの手から。人質としての価値をなくす前に。人質の価値すらなくしたら、そのあとの価値は簡単に想像がつく。そこを免れただけでも、試す価値は大いにあったと、今になって思う。

「今は体力も魔力もひどく消耗しておられるご様子。話すのも苦しいじゃろう。今は一旦休まれよ、」

うちのものに運ばせよう。今は休み、目が覚めたら全てを聞こうぞ。聞き終えるか終えないか、怪しいところで倒れ混みサメラは目を閉じた。



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