ルドルフ | ナノ



「バルバシリア。」
「なぁに。銀色。」
「その手を離せ。」
「私の手の上に銀色の手があるから無理よ。」
「誰がそう、させてるんだぁあ!」

話が進まん。と無理やりサメラはバルバシリアをひっぺがして、息をついた。砂礫の地へとなったそこを見つめる。遥か遠くまで見える砂の大地に、サメラは少し目を伏せながら音のない世界に足を踏み入れた。
歩く旅に砂が纏わりそして離れる。そんな馴れない感覚を覚えながら、記憶を辿る。

「銀色、どこまでいくのよ。」
「もうすぐしたら、つく。」
「ずっと砂ばかりじゃない。」

そんな言葉と共に風が吹いて砂が舞って世界に緑が見えた。
どこまでも続く緑豊かな土地。そよ風に揺れ木々は葉音を鳴らして森の生き物が走り回る音がする。

「なによこれ。ついさっきまで魔力の濃さがべつじゃない。」
「解らない。ただ人の気配がする。そっちにいくぞ。」
「ちょっと!銀色」

木々を越えていくと、一人の女が歩いていた。切り裂かれたばかりのような鮮血の色した長い髪の女が、空を見上げて方角を確認しているように見えた。

「人間?」
「あ。」

その後ろ姿を知っている。今まで見たことないよなその色の人を知っている。自信がないくらい覚えてない記憶のはずなのに、懐かしくなって目頭が熱くなって、少し揺らいだ声が、そう紡いだ。おかあさん、と。

「あんたの親?!上官が…え?」

バルバシリアがサメラと向こうにいる人間を交互に指差して動揺している。ので、すぐに養い親。と簡単に説明をはきすてて、その女の後を追った。少し歩いた先にあった町に入っていく。ほんのすこしサメラとバルバシリアは顔を見合わせ、その女を追いかけるために町中に入る。素性も知らない人間と魔物一体の奇妙なペアは、まるでそこには居ないかのような雰囲気だけがあった。

「やっぱり、誰かの魔術ね。」

まぁ、解らないからとりあえず追いかけましょうよ。銀色。と背中を押されて、町の奥に奥にと探していく間に景色が変わった。
木造の家のなかにサメラとバルバシリア。そして幸せそうに笑う大きな腹の女と傍らに眠る男の子がそこにいた。街中から、景色が変わったことに驚いて、一歩下がる。足元がザリっと鳴って足元を見ると赤い砂がサメラの足元に広がって、ふと小さな異変に気がついた。

「おかあさんの石が…。」
「凄い魔力の詰まった石が今の原因みたいね。」

魔力の放出の関連なんて、凄腕の魔法を使える人間でも難しいのに。と呟くバルバシリアの単語からすぐに一人を思い付いた。

「まぁ。銀色の関係者なんでしょ。しっかり見ておきなさいよ。」

バルバシリアに言われて我にかえっておかあさんの方を見つめる。サメラの記憶のおかあさん。と、変わらず笑顔を浮かべて部屋の中心に入り、腹の大きな女と会話を交わす。

「息子のセオドール。そして生まれてくる子は、男の子なら─…」
「まぁ。素敵なお名前ね。私は、ティンクトゥラ。ティンクトゥラ・エリクシール」

笑顔で女の腹を撫でて、挨拶を交わす。そんなやりとりを見て、サメラはふと一つの考えが頭を通りすぎた。少し前に言っていた、リディアの言葉を。
セシルとサメラみたいに似ているんだろうね。その言葉が頭から離れずにこびりついた。もしかすると。の予測を繰り広げている間に、視界は赤に染まる。世界はまた瞬く間に変わり、炎の臭いが、人の焼ける臭いが鼻をついた。ごうごうと燃えてはいるが、熱を全く感じないのは全てが魔法を込められた石の見せている幻影だからだろうか。

「クルーヤ!セオドール!」

飛び込むように部屋に流れ込んだティンクトゥラは、既にボロボロであった。額から血を流し息を切らしてる様子に、緊迫したなにかがあったのだろう。

「クルーヤ!セオドール!ここにもうすぐしたら、月の民を嫌うものが…!」

声を荒らげていると、泣く声を聞いた。ハッと顔を上げた先にサメラが立っていた。驚きの顔をしたティンクトゥラと目線が重なったような気がした瞬間にすり抜けていった。すべては幻影だとわかっているが、なぜか拒絶のようにも感じた。

「私たちも逃げなければ。セシリアの忘れ形見ですから。ねぇ。セシリア、必ずこの腕に抱いた子を逃がして見せるわ、だから。クルーヤを、そしてセオドールとその弟を。見守ってあげて!」

燃えていく家に声をかけて、そして、足音を鳴らしてティンクトゥラが走っていって、世界はようやく色を得て、回りがまた砂礫の大地にと戻り行くなかで声を聞いた。

「おかあさんは、けんじゃさまだもん。」

その言葉はサメラが一番言っていた言葉。うすぼらけの記憶の中で覚えていた記憶で、即ち。家族が生きている可能性がある。が、サメラはキャラバンで世界中を渡り歩いても会えてない訳で。思考だけが廻り巡る。

「銀色?大丈夫?」
「用事は終わった。バルバシリア。瓶を持ってないか?」
「瓶はないけど、風で包めるものならバブイルまで転送するわよ。足元の赤い砂とかね」
「…ありが、とう。」

ふふっ。とりあえず帰るわよ。そっと風を感じたら赤い砂が浮いて消えた。虚空を見つめていたら、瓶なやは入れたから後で確認しなさいね。今度こそ帰るわよ。とバルバシリアが抱きついてきたので、離す離さないの第二ラウンドが始まったのであった。


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