ルドルフ | ナノ



それから何も覚えていない。ふと気がついたら、柔らかな白の寝台に横になっていた。いつも来ていた鎧を脱がされて、アンダーのポケットにテラから貰った石が入っていることに安堵した。唯一持っている育ての母の大事なものだ。きちんとポケットに片付けてから、自分の回りを観察した。足には枷を、見たこともない部屋で、どこか遠くで鈍く鳴る音が大きく聞こえた。どうしてこうなったのか、記憶を思い出そうと目を閉じようとしたら、声がかかった。

「目が覚めた?」

穏やかなソプラノボイスの主を確認するためにそちらを向いて、サメラは固まった。この間、眼前にいるやつを散らした、はずなのに。ゾットの塔で散っていったのはよく覚えている。

「バルバシリア」
「銀色に会うためにやってきたのよ。」

細い指がサメラの顎を捉え、視線を奪う。見えない闇が足元から静かに浸っていく感覚が襲う。昔に覚えたなんともいえないものが背中を駆けた。目の前のバルバシリアが、にんまり笑って口を開いた。

「怯えた顔も可愛いわね。私達はしばらく手は出さないわよ。折角の人質を安心なさい」

サメラは今この時をして、この胸のなかに抱いたものが恐怖だと理解した。終わらない夜をふと思い出して、嫌な感覚だけが頭の中に杭を打ち付けてぶれないままに、それが軸として貫いた。
サメラの表情に戸惑いが映ったのを察したのか、にんまり笑ってサメラの顎を揺らす。

「まぁ。前に牢屋は壊されたから、軟禁に近いけど。可愛くおねだりしたら、ある程度の、自由は約束したげるわ。」
「……行きたい所があるんだ。が。」
「勿論、カイン達の所は駄目よ。」

ファブールと、ダムシアンの国境、マラコーダに拾われる前に生きた場所。マラコーダが母を食らった場所。唯一母から教えられた場所。森の賢者の家。が立っていた場所。

「解ってる。ホブス山の麓に連れていってくれないか?」
「また、辺鄙な場所に行きたいのね。いいわ。連れていってあげる。ほんの少しだけよ。」

流石にもう、牢屋を壊されるのは勘弁だからね。なんて呟くバルバシリアを他所に、だから何やったんだ。ローザと疑問が沸いた。いつか、聞かなければならないことだ、と思っていると、バルバシリアが、とりあえず、腹ごしらえしてからいくわよ、と隣の部屋に投げ込まれて、ふと視線を上げると、見覚えのあるのが、ちらほら。

「銀色起きたのか・・・?」
「クカカカカカカ」
「・・・フン」

…右から青いのと茶色と。そして、黒。…バルバシリアが復活している、と考えるならば。こいつら、はもしかして、と考えたら、ぐっ。と腹の中の何かが湧き上がった。憎しみというのか、復讐のためというのか、胸の中の炎が、一瞬にして爆発するように湧き上がった。

「…マラコーダ…」
「…フン」

鼻を鳴らして、一瞬だけこちらを向いて、また目を伏せた。その瞬間、体はすでに動き出していて、床を蹴って大きく飛んで距離を詰めた。後ろのバルバリシアが風を起こして、壁を作り上げ介入し、サメラを抑える。

「上官。お怪我は?。」
「気ニシテナイ。」
「念のためと思って、緩くても枷をしていたのは正解だったわね。」
「いつか、絶対に殺す。」

そんな呟きを聞き取ってかマラコーダはニヤニヤ笑うような口ぶりで、そんな日が来るといいな。と嫌味のように吐き出して違う部屋に去っていった。マラコーダが部屋から出ていったのを見てから、茶色のローブを纏った男がサメラに近寄った。

「大丈夫か?銀色。」
「…いつか、いつか、きっと。」
「大丈夫そうだなぁ!」
「カイナッツォ、お前は…。」

バルバシリア。とりあえず銀色と一緒にどこか行くんだろ?ここで銀色の感情が爆発すると面倒だから、はやく連れてってくれ。部屋が壊されるのは勘弁してくれ。
そんな言葉と共にサメラは竜巻に呑まれ、バブイルの塔からバルバシリアと共に離れるのであった。


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