ぼくとスカウト テディベア 2 





なにかよくわからないけど、みかは家出をしているらしい。何がどうなったかわからないが、一度人形遣いにこっそりと電話をいれたが、出た瞬間に切られた。理不尽。
とりあえず行き場のないみかをどうするか、と考える。我が家に来てもいいが、何かと厄介になりたくなさそうなので、却下。家出してるから人形遣いの家には送り返せない。ホテルでも突っ込むか思うがみかが良しとしないだろう。ううんと頭を抱えたが、月永くんが弓道部使うか。と言い出してくれたのは渡りに船であった。すぐに手続きをして行動しているとあっという間に夕暮れだ。家にも留守電に連絡を入れておいたが、些か不安である。家族が電話に疎いのは困り者だ。夕方にでも再度いれれば問題ないだろう。たぶん。うん。
朔間さんのところの……乙狩くん、だったかが帰り際に人数分の布団を運び込んでもらって、気づけば青葉くんも月永くんもご一緒するようだ。
ぼくは家に電話をいれてから、弓道場にはいると小言を言う青葉くんとうけるみか、それからお泊まりだ。と喜んでいる月永くん。どうも、なずな達が【ハロウィンパーティ】のといに合宿ぽいことをしたのが羨ましかったらしい。賑やかな声が聞こえてくる。

「おれ去年の修学旅行には参加できなかったから、そうういうのやってみたかった!」
「去年の秋ごろはなかなかの地獄でしたからね」
「君がいうのか。青葉くん。」
「他人事みたいに言うなぁ、いいけどっ、過去より未来!後悔しても時計の針は戻せない!」

今のフレーズ良くない?次の新曲に使おう!となんかもう別ベクトルを走り出してるので、ぼくはそんな彼らを尻目にはしっこの方に腰を下ろす。みかはそんな二人の会話を聴いて、人形遣いが好きそうだ。とか言っている。月永くんも調子が良いのか、『Valkyrie 』に捧げる。とか言うので、もうすぐ俺の手元にやってくるのだろうか、そんなことを考えながらぼうっと回りを見る。弓道場なんて入ったことがなかったので、これがおよそ28メートルの距離か、とかどうでも良いことを考えながら、ぼくは目の前の光景を眺める。月永くんもテンションが上がってか、神に楽譜を書き始めだした。

「なぁ、なかば兄ィ、なんでおれたい、お泊まり会することになってんの?」
「昼の事を覚えてないのか、もう……」
「えっ、今さら聞くんですか?疑問があるなら早めに言ってくださいね?」
「ごっ、ごめんなあ。つむちゃん先輩、央兄ィ。あんまり、何が正しくて何が間違ってるんかわからへん、ってか、自分の感覚が信用でけへんから、だからいつも常に正しいお師さんについてってるん。」

君の感覚の信用の無さは認めるが、今年度が終わるまでにある程度の線の引きかたを覚えなさい。来年度は君一人だよ。とぼくが言うと、青葉くんも人形遣いは神さまじゃないので、と小言を始めるが、言っても仕方ないですし、央くんがなんとかしてくれるでしょう。とぼくに投げ返された。まぁ、うちの子ですから、面倒は見ますけども。卒業するまでぐらいならね。

「んー、考えるようにはしたいんやけど、おれ、脳みそをどかに落っことしてきたから。」
「人形遣いの言葉を全部鵜呑みにするんじゃありませんよ。みか。」
「話が逸れてましたけど、みかくん、今家出してるんでしょう?保健室でさっきそんなようなことを言っていましたよね?」

この季節野宿をしたら普通に凍死する可能性がありますし、屋根のあるところで寝た方が良いですよ〜。ってことで、学校に泊まる事になったわけです。央くんにちゃんと手続きを取っ手もらってますし、場所が弓道場なのは月永くんがここならすぐに寝床を用意できるし、生活用品もあると言ってくれたからですよ。覚えてませんか?
順番立てて説明するが確かにその通りだ。なぜ、青葉くんがついてきてるのかいまいち理解に苦しいが、お人好しの部分もあるので、きっとそこになにかあったんだろうとぼくは思っていると話を聞いていた月永くんがよくここで朝を迎えるらしいから、部員の子が生活用品とかを常備しているらしい。まぁ手芸部もそうそう言えることなので、なにも言うつもりはない。お茶のセットと、ぼくのブランケットや好みのものをいくつか置いてあるぐらいだけれども。

「非常食とか、懐中電灯とか、寝袋とか〜、どうだっ優しいだろウチの子は!わはは!」

……どうやら、月永くんのユニットの子らしい。御愁傷様。青葉くんも、仕方なく次善の策をとった感じですよね。『Knights』の子達の苦労が偲ばれます。と同情をしている。みかもみかで、ある程度の飲み込めたらしく、「ほんま、おおきに、おれ、この恩は一生忘れへんようにしたいわぁ」と言ってるが断言しよう。来月にはみかは忘れてると思われる。正確には、聞くと思い出す。になるだろう。とぼくは予測をつける。ここで口を開くのもっやこしくなりそうなので、なにも言わずにぼくは押し止める。

「困ったときはお互い様ですけど、一応釘は刺しておきますよ。これは対処療法です。根本的な解決ではありませんよ。ちゃんと家出する原因を突き止めて、取り除かないといけません。お礼を言われても腹の足しにもなりませんから、詳しい事情を教えてくれませんか?」
「それはぼくも賛成だよ。みか、きみを人形遣いの家に縛って送り返したくはないかな。」

それはそれで面白そうだけど、今後の事を考えるとそれはよくないだろう。今後の関係にこれ以上皹をいれるのは沢山だ。

「それに、手芸部の先輩の俺と央くんで、かわいい後輩の君に、全力で力添えをしますから。」
「それは驚きだ。ぼくも手芸部だったんだね。裁縫のセンスは皆無だと人形遣いに言われてるけど。」
「央くんは血染めの雑巾を作るぐらいですからね〜」

音や色を作るのは好きだけど、物を作るのは得意じゃないんだ。悪かったな、偶像は嫌いなんだ。概念のが好きだし、彫刻や芸術はからっきし、一瞬の美である倍音が好きで、空想や思想に強いぼくと人形遣いは部員の数がほしいだけだから、良い関係性、良いバランスだと思うよ。俺と人形遣いと。ってそうじゃなくてだよ。

「話が逸れてしまいまいたけど、戻しましょう。みかの家出の原因は一体なになのですか?」
「おれが家出したんは、お師さんが原因なんよ。」
「それはまあ推測できてました。みかくんの行動の原因、その大半は宗くんですもんね。」

おれはお師さんの操り人形やもん。と胸を張らない。君はあまりにも人形遣いに染まりきってるよ。洗脳はよろしくない、が本人の幸せ、という理論で見るならば、それはあまりにも幸福ではないのだろうか、哲学的な思考になりかけて、いかんと思考を振り払う。月永くんが確認するように、おまえってシュウのおうちに居候してるんだっけ、何か前にそんなような事を言ってたのを思い出した。つまりシュウのやつがいつもの癇癪を起こして、『出て行け!顔も見たくないのだよ!』とか理不尽な事を言った感じ?とみかに問いかける。月永くん、あんまり物真似が似てないね。

「お師さんはもっとこう、高貴!なかば兄ィはもっと色気があって、ほんま女の人みたいやねん!」
「ぼくの説明はいいから。」
「まぁそれはともかく、べつにお師さんに出て行け〜とか言われたわけやないんよ」

じゃあ、最悪の場合縛り付けて送り返しても問題はないのだね。と最悪の最悪をひっそり決めておく。そでも会話は続き、人形遣いが最近気持ち悪いぐらい優しいだの【ハロウィンパーティ】ぐらいから様子が可笑しいとかそういう話を経て、人形遣いがあまりマドモワゼル。お嬢さんとお話しないようになってきた。とかヒステリーを起こさないようになってきた、とかその、お嬢さんに構っていた分がみかに回っていったと考えるのが正しいのか。些細なことまで、話をするようになっているらしい。この辺りにはぼくも多少心当たりはある。二人で歌唱の練習をしていたら、ふと窓の外を見てなんだかんだ会話をしたりとか、そのまま二三キャッチボールをして、練習に戻ったりなんていうのことがしばしばあったような。

「あと、おれに衣装を作らせようとしたりするんよ。」

そうか、とひっそりピンときた。『Valkyrie 』の服はすべて人形遣いによるものだ。来年のために甲斐甲斐しく動いてるのが、気持ち悪いとは、これいかに。少しづつがたくさん集まって、みかの中でも違和感になっているのだろうか、それとも本当に、精神が安定しているから『分離』がなくなっていているのか。ぼくには定かではないけれど、まぁ人形遣いがリーダーのユニットだ。がんばれ。

「な、何なんやろ?おれ、すっごい不安やねん!」

お師さんが優しすぎて怖い!もしかしてお師さん、お医者さんに余命でも宣告されたんやないかって。いやいや、単に今までの方が異常だったんだと思いますけど。宗くん、みかくんを人間扱いせずひどい扱いをしてたでしょう?ちょっと端から見てて痛々しいぐらいでしたよねぇ央くんとぼくに振ってくるけど、ぼくもたまに人権ない発言力受けてるのだけれども。

「まぁ、間違ったことは言ってないと思うけど、正論は人を殺すよね」
「でも、お師さんはまちがったことは何も言わんかったもん。怒られるんは、おれが『ぶきっちょ』やから、言いつけもろくに守れへん、出来損ないやから」
「そういうのを人間くささって言う部分でもあるけど、ねぇ」

失敗作の人形やから!お師さん、きっとおれに愛想がつきたんや!せやから事細かに叱ったりせず、優しく笑うだけなんや!ボロボロ泣きながらぼくに飛び付いてくるみかを、そんなことないよ。と言うが、泣いてるみかはとりあってくれない。おれにみかを調律なんて出来ないので、あとでこってり叱ってやろう。とぼくは一人思う。施錠された学校から抜け出すなんて、ぼくには容易いことだ。ぐずぐず泣いてるみかは、それに。と言葉を足して、人形遣いが単身者用のアパートを探してる様子らしい。

「おれのお父やんとお母やんに連絡をとったりもしてて、おれがすむ場所とか見繕っているみたいで、お師さんはたぶん、おれを捨てるつもりなんや!」
「あれは甲斐性あるから、捨てるとは思わないんだけどなぁ。まぁ、捨てたらぼくのところにでも来ますか?」
「もう見てるのも嫌やから、遠ざけるつもりなんや!せやから、おれが一人暮らしするための物件を探して!」
「……ぼくの話は聞いてないと。」

まぁいいですけど。話の主はみかですからね。もう手のかかる子だこと。みかの頭を撫でながら、ひっそり息づく。柔らかい黒の毛は、ぼくと違う手触りで、いったいどんなシャンプー使ってるのかと思ったが、人形遣いのシャンプーと一緒だな。とふと思い至った。同じ家に住んでますもんね、君たち。
悪い方向に考えすぎだと思いますよ、みかくん。そういうの、本人に確かめた訳じゃないんですよね?もう半年もしないうちに俺たち三年生は卒業ですからね。宗くんも全部自分でやるんじゃなくて、みかくんにもやらせて経験を積ませようとしているんじゃないんですか?だから、舞台や衣装について、みかくんにもある程度は任せたり意見を聞いたりしているのでは?自分が卒業したあとも、みかくんが独りでもやっていけるように。みかくんの新居を探してるっぽいのも自分の卒業後を見越してるんじゃないでしょうか?どう思いますか?央くん。

「ぼくも青葉くんとほぼほぼ一緒の意見かな、人形遣いの進路の話はしてないけれど、まぁそろそろしないといけないねぇ。」
「宗くんの好みからすると、海外で活動をしたりするかもしれませんし、その場合みかくんを連れていくわけにも行かないでしょう?」
「まぁ、主が不在の家に居候してもみかが気にしすぎて潰れてしまいそうだしねぇ。だから、人形遣いも探してるんじゃないかな?」

この状況から推測するに、人形遣いには家近くの大学に行くと言う選択肢は無さそうだな。とぼくは思う。遠方の大学に、ないしは国外留学、が妥当なせんかもしれない。ぼくもぼくで進路には迷っている部分もあるので、早い目の打ち合わせは必要だろう可及的早急にかつ、説教を込めて。

「とにかく、そういうのが重なっておれ不安で不安で、食事も喉を通らなくなって、近頃栄養失調ぎみなんよ。」
「それで行き倒れてたんですか?」
「それもあるけど、おれ寝不足になってて、注意力散漫になって、お師さんの大事にしてる、テディベアの布地を破いてしもたんよ。」

ほら、これがそのテディベア。咄嗟に持ち出してしもて、ずっと懐に入れててん。
そういって、みかは、制服からすこし大きめのテディベアを取り出した。結構年期の入っているテディベアだろうか、もしかしたらバースデーベアーとか、生まれた時の重量のベアだったりなんていうものかもしれない、と思いながら、思考を巡らせる。

「おお、ずいぶん年代物ですね、すっごいボロボロ。」
「おおむね、最初からこんな感じだったんよ、どうもお師さんが小さい子どもの頃にお祖父様から贈ってもろたみたいで、おれそんなつもりはなかったんやけど。」

家の掃除をしたときに、棚から転げ落ちた際に破けた。人形遣いにとってみかよりも、テディベアのほうが思い入れが強いはずだから、捨てられるのではないか。それが怖くなって家を飛び出して行き倒れになって、月永くんに拾われて今に至ると。そして、人形遣いの大事なものを壊したのにそれでも優しかったらどうしよう。と悩んでいるようだ。
みかは人形遣いが昔のようにこの世の何もかもを憎むみたいに、執念深く芸術してた人形遣いがいいらしい。今が別人のように見てるみたいだが、ぼくからしたら、どちらもかわらず人形遣いなわけなんだけど。まぁ、わからんでもないけどもさ。

「みか、とりあえずご飯にしよう。悩みすぎは、体に毒だよ。」
「でも、なかば兄ィ、今そんなに食事も喉を通らんで。」
「つべこべ言わずに食べろ。それとも、腹を切り裂いて食物を一気に叩き込んでやろうか。」
「央くん、人を殺すような顔で言うのは止めましょう。昔の宗くんみたいになってますよ。」
「食事をしたら、一度ぼくは録音室にこもるけど、決して覗くんじゃないよ、誰もね。特にみか。」

録音室、そこにぼくは居ないのだから見られると困るのはぼくなんだけどね。
どうしていないかって?それはきみのための打ち合わせを行うからだよ、みか。



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