玉響、逢魔ヶ時ライブ 7 





手芸部部室は誰も居なかった。夕日が沈みかけてる部屋の窓が大きく開いてました。人形遣いは丁度席をはずしているようすで、みかは首を傾けましたがぼくはひっそり息を吐きだした。おそらく顔を会わせると、罵詈雑言でも浴びせられると思っていたので、少し安心した。

「これ、お師さんから央兄ィの衣装やで。」

今度のライブのコンセプトにあっている衣装だ。珍しくスカーフを巻くらしく、折り畳まれた衣装の上にコントラストの異なるスカーフがおいていた。おそらく畳まれた中側と同じ色なんでしょうね。そう思いながら荷物を受けとりますが、この衣装にぼくは袖を通すことはほぼないでしょう。

「央兄ィ?」
「ごめんなさい。人形遣い。」

あなたが愛の人だとも知っています。だけど、今回に限って、いいえ明日から一生あなたの愛に答えることはないのですから。
どうにもできない感情が胸の中を染めていて、もどかしさだけが詰まっていく。もうちょっとなにか出来たのかもしれませんが、翌日となってしまってはなにもできません。
そんなときでした。ふとしたタイミングで大きく風が吹いて、手芸部部室で暴れてぼくの新しい衣装のスカーフを浚っていきました。薄くて風になびくような赤は窓の外に飛び出してゆらりと泳ぐように風にのっていきます。急いで追いかけねばどこかに飛んでいくでしょう。

「衣装が…みか、衣装おいていきますね。」
「央兄ィ!?ここ一階ちゃうで!」
「えぇ、でもあれは人形遣いの愛がこもっていますからね」

ぼくはあれを捨てることはできませんから。そう言付けて、ぼくは窓枠に足をかけて飛び出した。手近な木をつかみ速度を落として、着地をして布が消えていく方角に駆けだした。体調なんて構ってられない、あれが1針1針丹精を込めて作った服なのだから、ぼくが答えるべきなのも知っています。あれが愛の人だと知っている。その言動にすべて愛が込められているのもわかっているので、ぼくがその愛に応える必要もあります。ですけれども、今回ばかりはライブで答えることはできません。ですから、ぼくは今回は行動で示すわけです。後ろでみかが、ぼくの名前を呼びますがそこに返事を出す余裕なんてありません。ストールは高い壁を通り超えていくので、ぼくは一気に速度を出して壁を乗り越える。一瞬親族の事が脳裏をよぎりましたけれど、まだ時間は有りますからいけると踏んで一気に加速する。校外を無理に出て、視線を上に上げるとストールは力を失ったように地面に落ちるのが見えました。そちらに走っていくと道路の真ん中に絶えたように横たわっていました。やっと見つけたので、ぼくはふっと息を吐いて寝そべるストールを拾い上げた瞬間、視線を感じました。それと同時に視覚の中に黒が見えました。
まだ余裕はあったはずなんですけどねぇ?聞こえていた日数は残り一日あったはずだ。それでもこうしているのだから、もしかすると早めに回収しようと言う事なんでしょうか。校外に出るつもりはなかったのは彼らは招かれてないから入れない絶対の砦だったのですけれども。ぼくが出てこないことに気を立ててたのでしょうね。学院に戻るにもぐるりと取り囲まれてしまったので、どうすることもできません。
…最悪すぎますね…まだ朔間さんの子飼いになにもできてませんし、もう仕方ないのかと諦めるわけにもいかないんですよね。大事な弟たち。大事な人たち。恨まれてもいいですから、貴方たちの心に居たかったんです。

「ぼくのお迎えですか?…そうせずとも行きましたのに。捨てられるために来られたのですか…早めに回収したいと言う事ですかね?」
「それはどういうことじゃ?」

ぼくの聴覚に、新たな介入者の声を捕らえる。周りも音を捕らえてか、ざわめきが一つ。そして音の方が割れて介入者の姿が見えた。我らの頭目になる朔間さんがそこに立っていた。

「晦くんや、説明してくれんかの?」
「…………何もありません。」
「何かあるから集まっておるんじゃろう。」

転校生の嬢ちゃんが晦くんの様子が可笑しいと連絡が来たから見に来たのじゃが、大変にぎやかになっておるが?そう言われて、ぼくは口ごもる。これは命令じゃ。と言われてしまった以上、ぼくにも一族にも逆らうすべはない。

「力の弱いぼくは一族に不要だからと、明日。ぼくは家の底で眠ることが決まっておりました。彼らはぼくを迎えに来ただけですから、朔間さんに迷惑をかけることは有りません。」
「捨てる、というわけかの?」
「そうでしょうね。ぼくには利用価値はないとの判断ですので。」

それでよいのか?と言われて、ぼくは口を閉じる。それが命令だからです。もっとぼくが強ければ。もっとぼくに力があれば、貴方をも救えることができたかもしれないですが、そんな力をボクは持ってはいないのです。

「ですから。ぼくは捨てられるのです。現実世界で、こちらの世界で死ぬのです。」
「捨てられるつもりなのかや?」
「………………それが、ぼく。ですから。」

捨てられることに慣れている。結果的に世間に、結果的に家に、生まれた場所も、最終的に『Valkyrie』にも、捨てられるのですから。慣れることしかできないのです。ぼくには、いいえ。正確には慣らされてるのです。

「そうして己を消費するのはよろしくないのう。それはよろしくない。」

晦くんや、我が家においで。捨てられてしまった、央ならば我が朔間は迎えようぞ。あの時居た長は居ない。同じ一族、誰も手を差し伸べないのならば我輩が手を刺し延ばそう。凛月も晦くんなら手をさし延ばしてくれよう。

「おぬしが生きたいと願うならば、我輩たち朔間は手を貸そうではないか。」
「…………朔間さん……」

彼は手を伸ばして何も言わない。ただぼくを見ている。朔間が救ってくれる。だれを?ぼくを?ちらりと視界を巡らせれば、黒の中に見慣れた顔を見つけた。生まれて直ぐのぼくを救った両親。という姿が見えた。何も言わずぼくを見ている。相も変わらず、ものとしてぼくを見ている気がしてそこから視線を外し朔間さんを見る。朔間さんの背後で、太陽が沈もうとしている。逢魔が時。あの世とこの世が交わる世界。混ざり溶けていく時間帯。綺麗だな、と思いながら足を一歩二歩と動かして、ぼくは震える手をなんとか伸ばして、朔間さんの手をとった。ぼくよりも吸血鬼の力が強いからか、わずかにぼくよりも冷たい手はしっかりをぼくの手を握った。

「ぼくは……生きてたい。力の持たないぼくが、生きていけるならぼくは其処を選びます。」
「もちろん、央が望むならば、我が朔間がその小さな翼を助けたいと考える。」

朔間一族にようこそ。朔間央。いいや、兄者。にんまりともいえるような笑みで、朔間さんはそういった。…知っていると思ってなかった。お互いの不文律のようなその文言にぼくは目を丸くする。幼いころに一度、諦めたことが目の前にある。

「……いいんでしょうか。ぼくが、入っても。」
「もともと入っておったんじゃ、我らの父や母はずっと愁いておったえ。心配なかろう。」

我が兄者。ともに帰ろう。今一度。朔間の家に。もう似せても問題ないんじゃよ。一度状況を整えてまた明日、この場所に来ようではないか。斎宮くんのことも案ずるでない、転校生の嬢ちゃんがうまいことやってくれておる。
朔間さんはぼくの肩を抱いて、割れた道を歩き出す。忌々しくぼくを見ていた黒たちは頭を下げて、ぼくをもう見ない。

「朔間さん、ぼくは……」
「心配することはない。我ら朔間の翼の元でいままでの傷を癒すが良い。それでよいのじゃよ。兄者。帰ろう、我らの家に。生まれ変わったおぬしと、会いたかった。我が片翼の朔間央くん。」

嬉しそうに目を細める朔間さんをみながら、ぼくはこれからどうなるのだろうかと一瞬考えたが、隣の血を分けた弟は嬉しそうなので、ぼくは黙ったままに歩いた。




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