スカウト!初夢物語(前編) in Peace 2e
改札前に自販機があったので朔間さんたちには先に行ってもらい、残ったぼくはそこでブラックコーヒーを胃に収める。ホットの缶コーヒーは胃の中で主張してるので眠気が辛うじて薄れたし、もう少ししたら完全に目が覚めてくるのだろう。改札脇で一気に飲み干して、ゴミ箱に投げ入れると小気味よい音を立てて籠の中に落ちてった。朔間さんたちを追いかけないといけないので、滑り込むように改札を通り抜ける。ホームに降りれば、朔間さんと凛月さんが私を見ていました。
「お待たせしました。行きましょう。カフェインも取れましたし飛行機まではたぶん持つでしょう。」
「そこまでしか、持たないの?やっぱり調子よろしくないんじゃないの?央ちゃん。」
「どうでしょうね?わかりませんが、とりあえず飛行機さえ乗ってしまえばあとは寝てても問題ないでしょうし。」
にこり。と笑ってみたら、朔間さんがじっとり睨むような目つきでぼくを見ていた。どうしました?と伺えば、やはり、隈はとれてないのお。なんて言われたが、寝てないのですから隈は濃くなるでしょうに。というか、ずっとぼくに話しかけてたのは朔間さんですよね?と問えば、朔間さんはぎくりと体を震わせた。凛月さんがじとりと朔間さんを見ていた。何も弁解できない朔間さんは、笑顔を張り付けたままだったのだが、そこにタイミングよく電車が滑り込んできたので話を逸らされた。
空港行の電車は人がそれなりに立つほどの込み具合。かろうじて一人分の空席を見つけたのでライブで疲れているだろう凛月さんを座らせる。いや、ぼくが座ってたら親族に怒られるんで辞めてください。とくに、朔間さん。ぼくを寝かせない様に話しかけてるのわかってるので。はい。ついでに、じろじろ見るのやめてあげてくださいよ。とは思えど、反対意見なんて言えない身分なので、ぼくはだまって心の底で凛月さん頑張ってくださいと応援はしておくと、鞄に入れた携帯が震えるので開いてみれば、親せき筋の人の連絡だったので、とりあえず朔間さん兄弟を回収して空港に向かっています。と入れておくと、すぐに了解とだけ返事が来たのでいったん閉じる。
「成長したのう、立派になったのう〜と改めて感動しておった。のう、央くんや」
「何時からの話です?ぼくが朔間の家の集まりに入りだしたのって比較的最近というか。」
「小学校高学年を比較的最近といわんがの。」
「ですかね?」
多少時間の流れについて多少人より緩いことは多々あるので、いいんですけどね。とても大きくなられたと思いますよ。凛月さんは。朔間さんも大きくなられましたしねぇ。背丈も、なにもかも。
「我輩としては、尊き芸術作品を鑑賞するような。」
「朔間さん、人形遣いみたいなこと言わないほうがいいと思い…言うまでもありませんね。」
「痛っ?ちょ凛月やめて、向う脛を蹴らないでくれるっ!?」
えぐるような勢いで朔間さんの脛を蹴り上げて数発。止めるべきなんでしょうけれど、どちらも朔間なので止めることすらかなわない。公共の場ですから、やめておいた方がいいですよ?と無難なことを言って止めましたが、朔間さんが壁に耳あり障子にメアリー、凛月の隣にお兄ちゃんあり〜。だとか言ってまた追撃を喰らってましたよ。…学習能力がないというかなんというべきなのか。学院の五奇人、三奇人だとか言われるのに、この弟に対してのだらしなさというべきなのか。もう、と俺は呆れていたらすっと追撃をかわして、凛月さんの隣に座る。
「どうぞ、兄者。密着してると不快だからもう少し離れてよ。」
「それは物理的に難しいのう。凛月が我輩の膝の上に『おっちんとん』してくれるなら問題はなくなるものの、それは嫌じゃろ?」
…朔間さんと言い、夏目くんといい『おっちん』が好きですよね。末の方に会ったあの一時のやり取りを思い出して一人クスクス笑う。五奇人は座らせるのが好きなのか、朔間さんから派生していってるのかはわからないけど。そういうのが脈々と継がれてるのならそれは楽しいことだなと思いながら、目を細める。凛月さんは幼児語を嫌悪してるところも夏目くんにそっくりで、親が親なら子の反応はどこも一緒の様で楽しい。
「兄にとって、お主はいつまでも『小さな、かわいい弟』なんじゃよ。」
それはぼくにとっても同じですよ。大々的に言えることではないですけれど。目の前の二人の弟が愛しいのは、そういうことだな。なんて思ってしまう。これだけ近くにいても、朔間さんの様にはできないですけれど、そっと彼らに触れていければ。とはぼくは考える。
「現実のおぬしが見えておらぬ。というわけではないので安心するがよい。」
「さぁ、どうでしょうね?ぼくにはそう見えないですけれどね。」
くすくす笑っていると、凛月さんに睨まれたので、何事もないですよ。という顔だけ作っておく。しかしまぁ、どうにも窮屈じゃのう。この国のものは何でも『ちんまり』しておって、我らの身の丈に合わぬ。まぁ帰省ラッシュの時期ゆえ、混み合うのも致し方ないんじゃが。
言っても、数駅ですから、耐えてくださいね。公共の目があるので。とぼくが先ほど凛月さんに言ったことを朔間さんに伝える。…兄弟ってやっぱり似るんですね。とぼくが笑ってると、二人は口をそろえて似てない/似てるじゃろ。と言う。やはり兄弟というものはうらやましいですね。と笑っておく。
「央くんのところはそういえば。」
「両親が子をなしにくいというのでぼくがどこからか引き取られたとか。どうだとか。あんまりはっきり教えては貰ってませんけれどね。兄弟は難しいでしょうし、さすがに17も離れた弟ができるとかはちょっとこちらにもちょっとくるのでやめてほしいですね。」
にっこり。なんて笑顔をはりつけて、干渉しないでください。を張り付けておく。ふたりはちょっと悩んでから、話をそらしだしたので、ぼくはふむ。と頷く。電車はまた別の液に到着したようで、人が少しばかりまた降りた。少し離れた場所に空席を見つけたので、降りる駅について二人にさらっと教えて、ぼくは空席に足を向けて腰を下ろす。ちらりと、朔間さんたちを見ているとあれやこれやと会話している姿が見えたので、ぼくは満足そうに微笑んで降りる時間を調べスマホのアラームを設定してうとうとして夢の扉をたたくか叩かないかのところで踏みとどまる。先ほどのカフェインがきいてるので意識だけはしっかりと覚醒して、朔間さんたちの会話が所所聞こえる。朔間さんはあまり気乗りがしてないというので、そこにはぼくも同意しかない。
あの親戚筋は、血を重要視しているのでなりそこないに近いぼくは比較的お荷物に近い。というかどう処理していいかわからない爆弾のように扱ってくれる。そうなれば、ぼくは『晦』として扱われるので、居心地と言うとそこまでいいものではない。幼いころから受けているあの環境と比べればとてもいいものであるのは間違いないのだけれども。
それでもぼくは、寝たふりをきめたまま、聞こえてくる声に耳を傾ける。
ねえ兄者。そんなに嫌なら央ちゃん連れて逃げちゃおっか。このまま三人で寝過ごしたふりをしてさ、どっか遠くまで行っちゃおうか。血縁なんか究極的には幻覚だよ。物理的な拘束力何てない。法律的に、兄者が一族の頭首に据えられなくちゃいけない理由なんてない。俺たちを縛ってるのは理屈と道理、モラトリアムだけ。俺たちは、いつでも『それを選ばない』を選べる。兄者は真面目だし、央ちゃんはもっと縛られてるほど真面目だからさ、常にいろんなものに縛られて、病的なほど苦しめられてさ。兄者が、央ちゃんがわざわざ我慢して、救済してやらなくても。俺たち、けっこう不自由せず楽しく幸せに生きられるよ。それを忘れないで、家族は敵じゃなくて見方であるべきだと思うよ。紙束で決めた法律の家族でだって…すくなくとも俺は。
そこで、暗にぼくのことを示すような単語が聞こえて、心臓がどくりとなった。書類で切られた縁を、大切にしたいというのだろうか。ぼくを兄と呼ぶ日が…。いや、来るわけがない。ぼくは『晦』で彼らは『朔間』だ。もしも、たとえば。おそらくないだろうけれど。そんな日が来るとしたら、ぼくはこの愛すべき弟たち。というのとどういう顔をしていればいいのだろうか。気づかれない様にと気をつかって女のような姿をしたり、髪を伸ばしたりして、吊り目の朔間さんをもっと吊り目にするようにターバンでもっと吊り上げたりしてるのに。そういうことがなくなったら……そうこう思考をしていると、スマホが降りる駅を告げるために震えた。ぼくはあきらめて、目を覚ます。もしも、たられば。なんて考えるのは、ぼくの柄じゃない。うっすらと目を開ければタイマーを掛け間違えたみたいで、本来降りる予定の数駅手前だった。中途半端に覚醒した意識で、再度聴覚は朔間さんたちの声を捕らえる。
「我輩は、運命から逃げられぬし。逃げたくはないんじゃよ。」
運命から、逃げる。いつか、そんな日が来ればいいですね。ぼくが兄として弟たちを守れるならば。ぼくはそれでいいと思うんですが、たぶんこの弟たちは、ぼくを救ってくれるかなんてわからないので、ぼくは一人であがいていかなければならないんですよね。なんてぽつりとつぶやいた。電車は、また止まり口を開いて喧騒を招き入れる。朔間さんの声は聞こえなくなって、ぼくは目的の駅までうとうとすることに決めた。
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