スカウト!初夢物語(前編) in Peace 1
起きて家に誰もいないことを思い出したのは、5分前だ。親族のからみで親が先だって現地に入っている。ぼくは逆らえる立場でもないのと、【SS】の関係で親とは同時に行けないと伝えて拒否の意をやんわりとしていたのだが、どうも親は汲み取ってくれずチケットを手配されていた。…国外、トランシルバニアへと。なりそこないなのに、 僕が呼ばれるのはいまいち理解できない。
そしてチャイムが鳴ったのは今。居留守を決めようと思ってたのですが、残念ながら勝手知ったるよその家。招かれてもないのに登場するあたり設定はどうなってるんですか?と問いかけたいですが、寝起きをたたき起こされても文句が言えないのは、その相手が朔間さんだからだ。
「央くん、今おきたのかえ。」
「起こされました。いかがしました?」
「凛月のライブにいくぞ」
「凛月さんのですか…」
昼にも夜にも嫌われているぼくがライブを見て体力がもつとは思えずに丁寧にご遠慮したいができないのが悲しいことに『晦』の性質。力ない立場なので、上には逆らえない見事悲しき縦社会。ぼくは、朔間さんに着替えて来いと言われて仕方なく着替えをすませて、引きずられてライブ会場にたどり着く。爆音が流れる中で睡眠時間を確保して寝たのだが、ライブ中拍がたまに狂っててバンド隊のセンスのなさにあきれつつ眠ることに費やした…かったが、朔間さんがひたすら僕にどうじゃうちの凛月は。とか話をひたすら振られまくって寝られなかった。…朔間さんに逆らえないから起きるしかないので、ぼくの体調はことごとく悪くなっていく一方ですよ。思った以上に凛月さんを堪能した元気な朔間さんと対照的なぼくはパッと見でも実は兄弟だとか見えるようには思えない。朔間さんよりも濃い赤の瞳を眠たげに擦っていると擦るんじゃない。なんて言われましたけど眠たいんですから仕方ないですよね。
「朔間さん、寒いし眠い…」
「央くんや、もう少しで電車じゃから。」
朔間さんに手を引かれて歩くだなんて、事実的にはぼくのほうが兄なのですが。まぁ、なんでもいいです。眠たいんです。兄弟だなんて言うのも朔間さんたちも知らないでしょうに、親はなんという仕打ちをするんでしょうね。本当に。眠気と戦いながら朔間さんに手を引かれて歩く。多分親が見たら悲鳴を上げるとは思うけれど、今はそのあたりで眠ってしまわないことの方が大事だ。フライトに間に合わないとなったら『晦』の親族が悲鳴を上げるだろう。俺を拾ったのもそういう目論見があるからだろうし、俺というのもたぶん、生きていればいいぐらいの立場なので、ねぇ。
「お〜い、凛月〜」
「あれ?晦のお兄ちゃん。」
「こんにちは、りつさん。」
「頭とんでもなく揺れてるけど、大丈夫?」
「じゃないです。おれ、もう、ねそう。かふぇいんもとれてないので。」
一人称が俺になってるね。と凛月さんが笑う声がする。それでも、あんまり目を開く気にもならないので聴覚だけを頼りにしていると、あんまりよくない音が聞こえる。ここの兄弟二人でも仲がよろしくないのだから、ちょっといい加減にしてほしい。
「人の親せきを誘拐しようとしてるの?晦のお兄ちゃん、そんな知らない人の手を掴んでたら浚われるよ?」
「凛月、我輩が赤の他人だというのかえ!」
ただでさえ女装してるんだからさぁ。と空いてる手が不意に誰かに掴まれた。おそらく会話の流れで凛月さんなのだろうと思って、そのまま意識を飛ばすことに努める。おれに必要なのは今は睡眠…なのですけど、右から朔間さん左から凛月さんに引っ張られて、なんですかこれ。大岡越前?
「二人とも痛いんですけど?朔間さん離してください」
「央くんがぐれよったのか?」
「朔間さんがライブ中から凛月さんが凛月さんがと煩いんですよ。」
お蔭で眠ることもできなくて、しんどい。と告げれば、それは可哀そうに。と凛月さんが朔間さんにむかって犬でも払うかのように言いのけた。それでも、気にせず朔間さんは凛月さんが体力の配分が不得手だとか疲れ果てて眠ってないか心配して、最悪今回の『目的地』までおんぶで運ぶとか言いだして、凛月さんが親族以外の出待ちはNGなんで。とか書類上でも事実上でも兄を他人だと切り捨てた。いやいや、書類上親戚の俺を身内にカウントしないでほしい。朔間さんの嫉妬がすごいので。辞めてほしい。
「敬語やめて!?ちゃんと朝方に言っておいたじゃろう、ライブ後に我輩と央くんで迎えに来るからそのつもりで〜って!」
「覚えてはいる。兄者と比べればまだ若いんだよ、ボケるような年齢じゃないからねぇ?ただねぇ、ライブが大盛況で俺もご機嫌だったのに。」
「凛月さんすいません、おれでは朔間さんを止められません。」
「わかったから、頭がんがん揺らして言わなくてもいいよ。」
高揚感も冷めないうちに、不愉快なものを見たせいで水さされた気分になって苛々して八つ当たりしただけだから。と念を押されて、おれはそこで一旦安心する。どこに親族の目があるかはわからないので、こうしておくことが最適解だと知っている。
「不愉快なものって言った!?何でそんなに嫌うんじゃよう、我輩はこんなに凛月のことを愛しておるのに。央くん!!凛月が!!我輩の凛月が!!」
「…わかりましたから、とりあえずカフェインがほしいです…。目を覚ますので。はい。えぇ。」
「俺は愛してないし、正直うざいけど、央くんが可哀そうだし、やめたげてよ。」
前から思ってたけど、あんた弱ってるときとかに、他人とスキンシップして熱を和柄与えてもらおうとするのは悪い癖だよ。あんたはあんただからなぜか許されがちだけど、場合に寄っちゃ普通はセクハラだからねぇ?嫌なら嫌っていいなよ、央ちゃん。
おれに兄も弟もいないのでかまいませんけどね。とかろうじて紡げた言葉に、もしかしておれエナジードレインされてる?とも考える。もう、眠たすぎてキャラクターまでも整形保持ができない。
「これぐらい堪忍しておくれ、家族なんじゃから」
「……親族の間違いでは?」
「そうじゃの。」
俺はまともに目を開いていられないので、朔間さんがどんな顔をしてるかがわからないんですが、声色はひどく優しい気がする。…親族を身内と数えてるのか、大人たちが黙っている事実について知っているからなのか、まぁ黙ってたら知らないですけどね。
「『家族』という肩書は、どれだけ迷惑をかけてもいい〜って免罪符じゃないから、まぁいいや。兄者とコミュニケーションしてるのも面倒だし、央ちゃんもつらそうだからさっさと移動しよう」
俺に予定があったせいで、だいぶ例年よりも時間が押してるしねぇ?我輩も強権発動して飛行機の出発時刻を変えたりはできんからのう。フライト時間に間に合うように、押っ取り刀で列車に乗って空港に向かおうぞ。急ぐぞい、遅参して礼を失し、無駄に一族のものの神経を逆なですることもあるまい。例によって例のごとく、お利口さんにして穏便に義務を果たそうぞ。
おれを揺さぶりながら、寝るでない。と言われて、かろうじて眠りの世界をつま先で耐え堪えてる。電車に乗ったら一旦寝ます。とだけ告げておれは辛うじて目を開く。
「あんたは今日、とくに予定がなかったんでしょ?俺のことは置き去りにして、自分だけ先に行っててもよかったんじゃない?俺も幼児じゃないんだkら、わざわざ出迎えに来る必要はなかったんだけど?」
「朔間さん、ライブを見るために、おれを朝からたたき起こされました。」
「それは残念なことを聞いた。」
「なるべくおぬしを置き去りにはせんよ、などと、一度『約束』を破った手前、偉そうには言えないわけじゃが、だからこそもう二度と、と思っておる。」
「律儀というか頑固というか、ううんそんなんは兄者の自己満足だよねぇ?央ちゃん」
ぐうの音も出ぬ。けれど、たとえ生涯赦されずとも償いをしていきたいんじゃ。悔いを残したままでは、死んでも死にきれぬからのう。やっぱり自己満足じゃん。開き直られるよりいいけどねぇ?央ちゃん。
おれに振られても困ります。朔間さんの背中を枕にしてしまいそうだから、早くカフェインか寝る場所を確保したい。人形遣いだったら速攻でいつも準備してくれるのだが、目の前にいるのはさくまさんであって人形遣いではない。のですが、…おれの聴覚に、きゃあととらえた。『Knights』のライブ会場足元なのだから、ファンがまだ沢山残っているのは当然だろう。
「朔間さん、凛月さん。そろそろ、この場所を離れないとファンが…」
「そうじゃの。まだ会場周りには『Knights』のファンが大勢居るようで、かわゆい凛月を見て騒ぎ始めておるようじゃの。兎にも角にも、この場から離れようぞ。央くんにもカフェインが必要じゃからの。」
駅はこっちじゃよ〜。お兄ちゃんと手ぇ繋いで歩こう。とウキウキして朔間さんが言うのを聞きながら、おれはとりあえずカフェインを買うので自販機を見つけたら教えてください、と朔間さんに手を引かれて歩き出した。凛月さんは不満気な声であるけれども、言葉的にリズムは変わってない。そういいつつも本心は嬉しいのだろうとおれは思った。今年は凛月さんが来るということで、親せきは色めきだっているのを知ってるので、おれはそれを黙っておくことにした。二人でわいわいしてるのだから、よそのおれは入るすべは持たない。持つ必要はない。おれの弟たちだって言う必要は、この場にないのだから。
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