ぼくとスカウト エキセントリック 1
クラシック専門の音楽ショップや楽器屋それから本屋を廻り終えたぼくは休憩するためにふらりと適当な喫茶店に入ると朔間さんがそこに居た。ばっちり目があって、面白いものをみつけたかのように、朔間さんはよぉ、と言わんばかりに手を挙げた。ぼくは子どもではないので、諦めて朔間さんの向かいに腰を掛ける。店員がやってくるので、そのままクリームソーダを注文しておく。店員が復唱してから、すぐさま消えていった。ぼくはその背中を見送っていると朔間さんは
「常に寝ているような央くんが入ってくるとは珍しい。」
「この時期は新しい楽器が出る時期ですからね、試奏してきたんです。そちらこそどうしたんですか?」
夜には、鬼が動くには早いお時間じゃありませんか。そう言ってやると、朔間さんは近所の地下ステージでライブをやるらしく時間を潰していたらしい。今夜のライブでも来ないか、と言われたので、思考を回す。夜の予定はないし、近くの地下ステージの心当たりは一ヶ所しかない。楽器を演奏していくか?とも言われたけれども、生憎今日は楽器を持ってきてない。見には行きますが、弾きはしません。と正確にきっちり答えておく。こうでもしないと、魔王様はぼくをステージにあげたがるのだ。
「まぁ、見に来るだけでも十分な進歩じゃの」
「あのステージはよく慣れてますからね。」
よく響くよい場所ですし、人形遣いが愛着を持っていますから。たまには顔を出さないと『Valkyrie 』を忘れられては困りますから。しれっと言うと、店員が見計らったように飲み物を置いていった。ぼくは礼を言って、一口。外で冷たくなった体がじんわりと暖められていくような気がしたが、すこし甘味が欲しいかな。と砂糖を一つ溶かしていると、朔間さんが体調はどうか?と問いかけてきた。最近、というがここ数年血をまともにとってないので、体調あすこぶる悪いし体力の消費が激しい。飲めばいいんだろうけれど、飲むと一気に体調が悪くなるので取らない、サプリメントで補っているのだが、サプリメント飲むと体調が悪くなるので、いっそ取らない方が経済的にもよいのではないかとぼくは考えてたりする。
「まぁ、カフェイン漬けでなんとか動いてますよ。最近そちらはどうなんですか?昼型っていうわけでもないでしょうに。」
しばらくはここで休憩しているので、その間だけでも体力でも整えたらどうですか?ライブが始まるまで持ちませんよ?
湾曲に湾曲させた接触を減らしたい表現を行えば、朔間さんは返事を渋る。でも、と口ごもるので、うっとおしくなった僕は、にっこり笑って朔間さんに言う。今すぐにほぼほぼ鬼の要素を持たないカフェインまみれのぼくの血を飲んで起きるか、今すぐ寝るか選んでください。と強めに押せば朔間さんはわかった、この時間までは寝る。と宣言したので、ぼくは笑顔を張り付けたまま、おやすみなさい。と口にした。
壁とソファーの背に身を任せて、目を閉じるので、ぼくはちらりと朔間さんを盗み見た。
長いまつげとほんのりグレーの混ざった黒い髪。今は隠されて見えないけれども開けば赤い瞳は、ぼくと同じ血を遺伝子を持つ弟。生まれた時に、離された生き別れの兄弟。彼はきっと将来一族を導いていくのでしょうね。まぁ、どの世でも弟の方が出来のよい。と言いますが、なんともまぁ運命とは摩訶不思議なもので、本家からの指定で入った先に同じクラスで、兄弟全員揃って留年してるというのですから、面白いものですよね。
いわゆる双生児、双子は同じクラスにならないというのに同じ顔が二つ、同じ教室にあるのですから。まぁ、ぼくは似てるね、親戚ですから。のためにかなり目を開いているし、髪型だって似そうだったのできつめのヘアバンドですべて後ろに持っていてつり目になるようにしているのだから誰かぼくを誉めてほしいとも思うが、その関係性を口には出来ないので、自画自賛に止める。
朔間さんから安らかな寝息が聞こえだしたので、ぼくは鞄からヘッドホンと本を取り出して、時間をつぶすことにしよう。眼前の魔王様のお約束を破るとろくなことがないのは身をもって知っているからだ。
教会音楽の理論の本を開いてしばらく、黙々と読み進めていると、本と視界に手が入った。ふと顔をあげると調整役がそこで不思議そうな顔をして立っていたので、ぼくはヘッドホンを外す。
「おや、こんにちは。珍しいですね。」
「晦先輩、と朔間先輩の組合せって珍しいですね。」
「まぁ、親戚ですから。いろいろ立て込む話もあるんですよ。」
アレー、零にいさんと央にいさん?と聞き覚えのある声が聞こえてそちらを向けば、夏目くんが不思議そうにいた。どういう経緯でなにがあったかと話し込む。どうも、夏目くんはこの店の手伝いをしているとかなんだとかで留守番を頼まれたらしく。調整役はケーキの消費を手伝っているらしい。そんな会話を繰り広げていると朔間さんが音に反応して身動ぎする。というか、起きた。……焦点はぼくだけにならなくなったので、よしとしましょう。えぇ、そう思わないとぼくもやっていけませんからね。多少は寝ていたのか先程よりもまだしっかり開かれてない目は、夏目くんを捉えている。
「ひょんなところでお目にかかるのう。」
「こっちの台詞だヨ。こんなところで何してるノ〜、二人とモ」
「朔間さんは、ライブの時間調整で。ぼくは買い物の帰りに入ったら朔間さんとばったり。」
調整役と夏目くんが来てくれて嬉しいよ、と言いながら、ぼくは二人に座るように促すと、ぼくは店番だから。と断られた。残念、と言えば調整役が朔間さんの隣に腰をかけた。
「何度も通って、ここの店主さんと珈琲の話とかで盛り上がって仲良くなってのう。こうして隅っこの方で仮眠をとらせてもらえるようにもなったんじゃ。」
「零にいさん、そういうところあるよネ。ほんとう二、誰とでもすぐに仲良くなっちゃうんだもン、」
「無論例外はいるがの」
そういいつつぼくをちらりと見る。そんな視線に気づかない振りをして、ぼくはてっぺんに乗ってあるクリームソーダを削り取る。ぼくにはないものをすべて持っているのは、ほんとうに双子かと思ってしまうが、まぁ、そういうのあバランス論なのだろう、元来双子というのは一人の人間だったともいう説があったらしいし、一つのものが二つ、なのだ、どちらかが不足している。というのは至って普通なのだろう。夏目くんは将来大金持ちをたぶらかして、紐になりそう。とか言うので、その図がありありと浮かんで、ぼくは笑いを殺す。
「それはそれで優雅な暮らしじゃけど、そこは『天性のアイドルだね』みたいに表現してほしかったのう。」
「魔王様ですね。」
「贅沢な話じゃが、そんな己の性質が悩みの種でもあるしのう。」
ようやく意識がしっかりしてきたのだろう、にんまりとも言えるような笑みで、夏目くんと調整役を冷やかしだす。夏目くんは嬉しそうにありありと息をするように嘘を紡いでいくのに対して、調整役が最初はやんわり横に首を振っていたのだが、だんだんと速度が増していつしか首がとれてしまうのではないか、と危惧する程に首を振るし、最後に「違います、仕事です。」なんて言うから、ぼくはクリームソーダを吹きかけた。気管に入ってむせて机に沈む。大丈夫ですか?という調整役よりもまえに朔間さんが大丈夫かの?と俺の頭を撫でる。弟に撫でられる趣味はないので、払い除けて喉に違和感を覚えながら大丈夫ですからと払いのける。
「つまんな〜イ、この子ったら冗談に付き合ってくれないんだもン。」
ちなみに仕事っていっても、ボクの副業でもある『占い師』のほうでネ。久々に交流するのか五奇人の末の子はいつもよりも饒舌気味に話を展開している。そんな話を聞きながら、ぼくは自分のカップに入った液体を眺める。白と黒の飲み物を混ぜたものなのに牛乳成分のほうがつよいそれは、照明の光を浴びて揺らめいている。
「いつか運命が目の前に立ちふさがり、判断を迫ってくるその瞬間まで、せいぜい迷い惑えよ青少年。応援しておるよ逆先くん。」
「ぼくも、夏目くんがどんな道を選ぼうとも応援しますよ。」
「ありがとネ、にいさんたち。」
占いの傍らに『Switch』の宣伝や情報も混ぜ混む提案もやるために調整役がついてきているらしい。いろいろあるんだねぇ。と思いつつ、ぼくは窓の外を眺める。年の瀬だというのに、なんでこう親戚と出会うんだろうねぇ。どうせ年始の挨拶やらで顔を付き合わせなければならないのに、あぁ面倒だ。と思いながらひっそりため息。
「世間は師走ではあるけド、お互いご苦労さまだネ。かつて夢ノ咲学院に悪名を轟かせた問題児『五奇人』とは思えない勤勉ぶりだよネ。実際。」
そういえば、央にいさんは抱えてる仕事とかはないの?と夏目くんに問われて、ぼくは脳内に刻んでいるスケジュールをおもいだす。年始一発目にあるライブの音源はこの間録音したばかりなので、締め切りには余裕があるよ。と返事をすれば、にいさんは変わらず仕事ばかリ、いつか子猫ちゃんみたい二、体を壊すヨ。かなり近寄られて言われるが、体調は常日頃悪いが特段気を付けなければならないということはない。寝不足故、鬼が故なのでまあ、お察し。である。なんでもそうだ、食べなければ死ぬ。それだけだ、辛うじての量を補って騙し騙しもう十数年付き合ってきてるのだ、加減は分かっている。
「まぁ、ほどほどには休んでるよ。今日みたいにね。」
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