奔走、就中の暁闇ライブ。-02

『Knights』の打ち合わせが終わってすぐに、俺用の楽曲を受け取り慌ててスタジオから飛び出した。次の撮影時間が迫っているのだ。正門横にマネージャーの睦弥ちゃんことむっちゃんが車で迎えに来てくれてるので、俺はそこに飛び乗る。前の社長と同じぐらいの付き合いのあるこのマネージャーは、俺の子役時代では珍しい女のマネージャーで、からっとした性格がゆえにかなり付き合いやすい。この間も新しい社長と話をしたときに間に入って俺を助けてくれたりした。俺が車に飛び乗ってシートベルトを締めるのを確認してから、俺の好物のスルメを差し出す。流石マネージャー。俺の好物をよく知ってるね。ぱくりと口の中に投げ込むと同時に車はそっと動き出したので、今日の仕事で使う台本を通学カバンから取り出す。

「お疲れ様でーす。あざーっす。うまー。」
「ねぇ、また仕事増やせって言われたんだけど。」
「ほんとにー?社長?」

そう。と帰ってくるので、ゆるゆる首をふる。仕事が増えるのはありがたい、がやりすぎではないか。撮影で徹夜になることもちょいちょいあって、労働基準法とかも、調べたりしたけれど…法律的に俺はグレーゾーンにいるらしい。表現者っていう括りになってるから。端役だからこそ、適当に扱われてる節もある。体調を崩せばどやされるだろうなあ。とおもいつつも今日の台本を脳内で思い浮かべる。車窓は流れるように景色を変えていく。動いていく窓の外を見ていると、隣のマネージャーが俺に声をかける。あんた、このままずっといるつもり?いつか体を壊しちゃうよ?
まぁそうだろうねぇ。ここしばらく社長が仕事を代わってから休みなんてない。引っ張りだこになってた時はそこまで意識してなかったけど、ドラマにコラムに学生に、果てはアイドルなのだから、忙しすぎるのだろう。

「ただの『保村文哉』じゃなくて『Knights』の保村文哉でしょ?」
「そうだけどさぁ。」
「あんたには、五人の仲間がいるんだろ?」

たまには頼ってやんな。と言われたら、ぐうの音が出ない。去年の騒動だってむっちゃんに、事務所に言ってはない。どういうユニットに入ったとかはマネージャーには言ったけれど、皇帝様がどうとかは言わなかった。むっちゃんは多少心配して家に電話をかけてきたらしく、それなりの事情を掴んでるらしいし、後から知ったんだけど。俺が『Knights』に入る前に瀬名が電話をかけたのを受け取ったのもうちのマネージャーむっちゃんだったので、以後も瀬名か瀬名の事務所と付き合いをしているらしい。

「仲間、ねぇ。仲間だけど、今回の話は『Knights』関係ないじゃん。ね。事務所問題だし。」
「瀬名くんも鳴上くんもいるのに言わないの?」
「うちの事務所とよその事務所と争ってもねぇ。」
「ね、文哉。いっそのこと亡命しちゃおうか。」

むっちゃんが冗談混じりで言うのだが、俺には冗談に聞こえないぞ。ぐんと視線を横に向けると、ハンドルを握ったまま正面を見ているけれど、その表情は真剣でもあった。あたしもさ、あの人に拾って貰ったから恩はあるんだけど、今の社長についていけないんだよね。とカラカラ笑って続きを放つ。
文哉とならどこでもいけそうだな、って昔から思ってんの。だから、一緒にどっか他所の事務所に行こうよ。渡りつけたげる。義理は今の社長にはないよ。ついてけない。ついていく理由がない。消耗品だって明言しちゃう人にはついていきたいくないよ。
それはそうだろう、誰だって消費させられたくない。それは、俺が学院で学んだこと。勝手に使われるのはとても息苦しいことだ。むっちゃんの叫びに似た主張を聞きながら、思考を回す。幼い頃からついた癖は抜けきらず、最善と最悪という選択肢を探しだそうとフル回転してる。たぶん最善は社長が帰ってくること。最悪は『Knights』が社長の手によって
壊されると言うことだろう。そんなことを取捨選択しながら、ふと頭に残った言葉を口に出す。

「亡命ねぇ。」
「前向きに考えてよ。あんたが潰されちゃ、あの人にだって顔向け出来ないよ。」

むっちゃんの溢す音に耳を傾けながら、最悪どうにもならなくなったら違約金を払えばいいと頭に残す。俺が子役時代に稼いだお金は両親の手によってきちんと管理はされてるのだ。そこから支払えばいいし、昔あたった印税だって残ってるのだ。むっちゃんに、しばらくは様子見じゃないかな。なんて伝える頃には、撮影現場が見えてきた。車停めてくるから、先に行きな。まぁ、さっきの話はゆっくり考えてくれていいから。心が決まったら教えて。
わかったって、むっちゃん。ちゃんと答は出すよ。と告げるだけして、俺は急いで撮影場所に向かうのであった。撮影?夜中三時までだよ。俺は空き時間にコラムの仕事をしながら、寝気と戦う撮影現場だった。


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