夏空*駆けるシュヴァルライブと俺。-1


新学期になってクラスに空席は一つ。まだ帰ってこないのか、とため息ついて机の上に広げた原稿用紙にインクを乗せていく。ペン先からインクが滲んでいくのを見ていて、勿体ないことしたな。と思いつつそっと紙の上からペンを避ける。レオに会いたいなぁ。今何してるんだろうな、とか思いながら視線を出入り口と反対側に向ける。大きな窓が口を開いている様なそれを見ていると、担任がやってきたようで、やっていた作業の手を止めてクリップボードに原稿を閉じ込めていく。そんな時タイミングを狙ったかのように、スマホが鳴ったのでこっそり担任の目を盗んで開けば、鳴上くんからの連絡だった。
転校生の采配でのお仕事の依頼、海辺で音楽フェス。概要だけ掻い摘んで目を走らせる。暑いとセナの出力落ちるんだよなぁ。と思いつつ、鳴上くんに了解の返事を送る。打ち合わせやらを行うためにそのまま部屋を適当に借り上げて、打ち合わせの日程調整を行う。
最悪『Knights』で出れなかったら文哉ちゃん協力してね。と最後に書いてある当たり、別の事情が入っていることも察知する。鳴上くんがそういうなら、別に俺は構わないので、その旨を記載して送る。大きな仕事が決まってなかったのでちょうどいいのではないのだろうか。音楽フェスというならば、きっとよそのユニットも来るのではないかと思考する。まぁ、どこでもいいか。全部食い尽くしてしまえばいいのだから。
俺が了承を送ったからか他の子たちがいいんじゃない、だとかそんな感じの事を送ってくる。皆意外と乗り気らしい。…セナ以外は。
一旦部屋を抑えた旨を伝えると、じゃあ放課後集合ね。とかわいいスタンプと共にメッセージが飛んでくる。セナ成分もついでに補給しておこう。と思いながら、俺は授業を放棄して、ノートの隅に今度のエッセイのネタを洗い出す。今度はどうやってレオにメッセージ送るか、毎回頭を悩ませるのだけれど、確実にレオに近づいてる気がして楽しくなるのだから、案外どこにでもレオ成分は転がっている…もしくは俺が誤認してるのかもしれないけれど。むしろ足りなさ過ぎて、適当に結び付けてるのかもしれない。
単純すぎて俺は小さく笑いをこぼす。きっとそうだよね、と自分を慰めながら歩くのはつらいけれども、空はつながっているとかそんな空想じみたことを思うのだから、ほんと俺欠乏しすぎて幻覚見そう。
色々なことを考えていると、担任から保村、百面相してどうした?と言われて身がすくむ。ひぇっ、って情けない声をなんとか飲みきってなんでもないでーす。と適当にのらりくらりと返答する。今日の放課後にみんなで会えるの楽しみだなーとか思いつつ俺の心は勝手に浮き足立っている。ほんとちょろいおれだよな。どうでもいいことを考えながら、俺はノートの隅に今度のライブとエッセイにするネタを書きだす。まとめて書いてしまうと、あとは芋づる式に文字は勝手に踊ってくれる。思い出の記憶を解けば勝手にどこへでも連れて行ってくれる。なんとなく今日寝たら、レオに会えそうな気がする。
ぼんやりと窓の外を見て、今頃なにしてるのかな、とか考えながら俺はひったすら時間をつぶすことに注力する。ここしばらく、レオにメッセージを送る。という行為だけでレオ成分を自ら生産しているのでほんとそろそろ一度会いたくてしかたない。今、元気にいきてくれてたらそれだけでいい。
ぼんやりととりとめないことを思考しつつ、思考をあちらこちらに飛ばして時間だけが通り過ぎるのを待った。ぼんやりしすぎて担任に怒られてから、今日集合のために抑えた部屋に向かう。部屋には靴が3つ。控えめにノックして、なかに入ると鳴上くんが電話をしてた。メンバーはそろっているようだが、ちょっとぶすくれたセナが俺のほうを見たので、俺も小さく手を上げて返事をしておく。

「お礼なんていいのよォ、みかちゃん、『夏フェス』に参加して素敵な思い出をつくりましょうねぇ。」
「なるく〜ん?まだ出るなんて言ってないんだけど〜?」
「セナ以外はねだいたい出ようって言ってたよ。」

民主主義多数決は可決されてるよ?と問えば余計にむすっとされた。鳴上くんは誰と電話してるの?と問えば、セナが教えてくれた。『Valkyrie』のところのがきんちょらしい。鳴上くんの話を聞いてるとどうも合同でやるような空気がしている。

「こっちは全員で参加できるから、安心してちょうだい。それじゃあね。アディオス・アミ〜ゴ!……んもう、泉ちゃんってば、冷や冷やしたじゃない。電話で話してるときに横から口をはさむのはいただけないわねぇ」
「なるくんが勝手に『Knights』は参加するとかいうから」
「いいんじゃない、リーダーは鳴上くんだし。今のところは。」

そういえばむぎゅりとセナにほっぺたを押された。前から俺のほっぺたがふにふにだからと勝手にいじられたりする、まぁセナだからいいんだけど。甘んじて受けてます。はい。明日の撮影もないはずだし、顔や鼻をつままれても赤くなっても別に良い。

「『夏フェス』に参加したいって話は聞いたけど、どうするかはこれから〜ってところだったじゃん。文句を言われる筋合いないと思うんだけどぉ?ねぇ文哉」

そこで俺を引っ張り出すとはセナはずるいぞ!と思いつつもレオとセナのイエスマンなので、俺は問答無用で瀬名軍入りだ。まぁそうだけど。と言葉を濁しつつ、ぐりぐりされるがままだ。こうやって俺がセナの成分を補充できてるので、俺もセナもウインウインなのかもしれない。

「私はSNSに入れたとおり良いと思います。最近は仕事が増えてきてますし、言い方は悪いですが、雑用めいた仕事も多いですしね。」

『夏フェス』はLiveですし、盛大に活躍すれば次のお仕事につながるかもしれませんね。今よりもっとLiveの仕事をする。それは私だけでなく『Knights』の総意ではありませんか?そんな投げかけに頷いてると、セナが俺の頬っぺたを触る手を強めた。痛いんだけど。

「クソガキがよく言うよねぇ。『夏フェス』って海辺でライブするんだよぉ?熱いし人ごみだし、わざわざ参加しなくていいじゃん。」
「セナは熱いの苦手だからねぇ。」
「ですが、【スターマイン】には参加しましたよね?」

ははっ、やられてるの。と笑うと俺の頬っぺたに爪を立てられる。痛い痛い痛い!!それは痛い!!っていうか跡は残さないで!!俺は頬っぺたの手をタップして解くように促してると、ほどなくして解かれた。俺はひりひりするほっぺたをさすりながら、むぅと唸る。

「あれはメリットがあったからだけど。『夏フェス』って俺たち向きのイベントでもないし、どう考えてもデメリットの方が大きいんだよねぇ。どうしても出るっていうなら報酬を頂戴よ。たとえばゆうくんとかゆうくんとかゆうくんとかさぁ?」

っていうか俺だけじゃなくって、くまくんだって嫌がるんじゃない?
セナの言葉と共に俺たちの視線が朔間の弟くんに向いた。寝床でまるまって眠っている姿を見て、興味があるのかないのかわからず、ぼんやりと俺たちはそこを見つめていると、そういえば凛月先輩は興味がないのかずっと寝ていますね?と零す。確かに寝息はするが、がやがやしても起きる気配はない。

「まだ、日が高いから元気が出ないんでしょ。くまくん夏はだいたいこんな感じだし。」
「そうよねぇ。泉ちゃんはともかく凛月ちゃんが『夏フェス』で活き活きとライブしてる姿なんてアタシも想像できないわ。わかっててこんなことを提案するなんてひどい女よねアタシって。」

まぁお仕事だからそこは割り切ってもらわないといけないんじゃない?罪悪感なんて感じることないよ。と俺が言えば、文哉ちゃんってほんとにいい子よね。と俺に飛び込んでくるのではいはい。と言葉を出しながら、俺はされるがままだ。愛玩動物なんて聞こえはいいけれど、まぁいいか。とやかく言うつもりもないので、好き勝手させてる。

「大事な友達の気持ちを無駄にしたくないから、泉ちゃんたちに無理強いしようとしてる。これは完全にアタシの我儘よォ」
「まぁ、セナがどうであれほかがどうであれ。いいよ。手伝ってあげる。」

休んでたら、ほかのユニットに持ってかれるのも癪だしね。そう付け足せば「ほんと!?嬉しいわ文哉ちゃん。」よしよしと言わんばかりに俺の頭を撫でつけてくるので、ほったらかす。

「『Knights』のためにも参加を認めてもらえないかしら?段どりなんかは、ぜんぶアタシの方でやるから…お願い!!」

この通り。というように鳴上くんが頭を下げる。『Valkyrie』のがきんちょと一緒にやりたい。というのなら俺はそれを手伝うべきだと考える。まぁ、身内に向けられてないのが癪だけど。彼も彼なりに付き合いがるのだろう。

「瀬名先輩、鳴上先輩が頭を下げてまでお願いしているのですよ?私は胸を打たれました。瀬名先輩たちの事情などもあるでしょうが、今回は参加しませんか?」
「セナは出ないの?」

俺セナと一緒に出たいな。と告げれば、もう!わかった。今回だけだよ。次はないよ。なんて言う。けれども俺はここで確信する。二度目は絶対にある。セナの事だもん。言うと怒られるので、黙っておくが、セナもセナでちょっと嬉しそうなので放っておいていいかと判断。

「泉ちゃん、ありがとう本当に嬉しいわぁ」
「うん、感謝してよ。グラビアの仕事だってしたくないって言ってるのに巻き込むし、たまには俺の迷惑を考えて全部文哉に振ってほしいぐらいなんだけど?」
「俺に飛んでくるの?」

最近事務所がごたつきかけてるから、いい加減になんとかしたいところだな、とか思い始めてる節あるんだけど。そこに仕事を放りこむならうちの事務所のマネージャを通してくれなきゃ仕事のスケジュールが厳しくなってくる。だろう。

「ごめんなさいね、泉ちゃん。なんだかんだ文句を言いつつも付き合ってくれて本当に感謝してるわ!きっとみかちゃんも喜んでくれるわねェ」
「水を差すようだけど、くまくんに関してはなるくんがどうにかしなよ?今の話は絶対に聞いてないだろうし、『夏フェス』に出ることも伝えるのも、当日に現地まで連れて行くのもなるくんの役目だから。」
「わかってるわ、凛月ちゃんにとってきっつい仕事を頼むんだし、多少の面倒事ぐらい屁でもないわよ。」

鳴上くん、屁とかいわない。さらりとたしなめたらカラカラ笑ってごめんなさいね。なんて一言。泉ちゃんたちにも後悔はさせないって約束するし、文哉ちゃんも最近お疲れでしょう?ゆっくりしてくれていいわよ。番犬ちゃん。なんて扱われたが、まぁ、いいんだけど。わかんなかったら聞いといで。のスタンスで今回は立つとしようではないか。

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