追憶 モノクロのチェックエイトと俺-4

水を買って、指定された部屋にくると、体操服に着替え終わったセナとナルくんも。それから隅っこで寝かされてる知らない人一人。

「文哉遅かったね。」
「そう?気に入った水がないから何ヵ所か回ったけど。ごめんね。ナルくんと、セナの分も買ってきたけどいる?要らなかったら俺飲むし気にしないで。」
「あらーありがとう!一本頂戴な。」

はいどうぞ。と一本手渡して俺はひっくり返ってる知らない誰かに目線を送る。同じユニットなんだろうか?と考えてると、拾ったの。とナルくん。いや、拾ったって…生き物みたいにさらっと言い切るナルくんにそれってどうなのと少し眉間を寄せつつ、自分の分のボトルをとりあえず開けておく。音楽を準備しているセナが「はしっこでで寝かしてたらある程度元気になるって言うし、ほっといていいから、文哉も着替えなよ。」と言うので、俺はそのままジャージに着替える。広いレッスン室に、俺とナルくんとセナ。そして知らない誰かの四人。まぁ、踊るのは三人だから十二分に使えるだろう。とかおもいながらさっさと着替えをすます。柔軟を先にすませた二人が音楽に身を任せながら、躍りの初める。聞いたことのない音に、新曲?とかおもいながら、俺も俺の柔軟を始めていく。準備体操がてらに、体幹トレーニングの動きをしていると、はしっこで寝ていた彼は音に会わせてセナとナルくんと一緒に踊っている。踊るスキルはそれぞれ三人とも高いんだなぁ。とかどうでもいいことを思いながら、俺は足周りの柔軟に入っていく。

「文哉、文哉も今度のライブ俺たちと出てよね。どうせ他の先輩はまともに参加しないんだから。」
「指示書もらったらなんでも踊るよ?」
「そういうとおもったけど、俺はそんなの書かないよ。れおくんにも書かさない。あんたは人間で、歌って踊ってお客さんの笑顔を見るためにアイドルになったんじゃないの?」

最初は楽しいと思ったよ。それでも、俺はだんだん苦しくなってきたのだ。俺の操縦すら自分で取れないから指示書で方向性を出してもらって意向を擦り合わせる。それのどこが悪いのだろうか、とも思ってるけれど、文哉ちゃんはちゃんとした人間なんだから、とナルくんに言われて俺はそうか、にんげんだったけ?と一人思う。柔軟の手を止めてたからか、セナがおわったんでしょ?じゃあさ。と声を出した。

「一回踊ってみなよ。それから考えようじゃん。あんたが人か機械か、」
「踊れって……」

俺はどうしようかと考えている、ナルくんが俺の手を引いて立ち上がらせて、レッスンし角真ん中にたたせた。それと同時に音が鳴る。セナたちが踊って今しがた踊っていた曲だ。俺は、さっき踊っていた彼らの姿を思い出して、俺は身体を動かした。高く足を蹴り上げてからのスタート、微妙に聞き覚えのあるメロディーにちょっとのアレンジが入ってる感じ。陰湿なはずのテーマだったような気がするけれど、それもどうでもよくなって。俺は音に会あわせて振りを瞬時に作り上げる。ここはセナのがよかったな、こっちは黒い子の振りがいいよね。と組み合わせながら、俺らしくなんて言うのかわからないけどオマージュしながら、高くとぶ。音は翼だと俺は思う、文字も翼だと思うけれど、飛ぶスピードは音の方がゆっくりな気がする。たくさんの音がある分パワーがすごいけど、速度はゆっくり、文字はどこまでも飛んでいけると思うのは、一人でエネルギーを振り回して動かしていくからだと俺は思う。いや、俺の書く文章がそうだから、だと思っている。さっき聞いた音を口ずさみ適当なハミングをコーラスを作り上げて、くるくると回る。昔ドラマで男のプリマドンナなんていうドラマをやったせいかバレエを取り入れたりしてるから、自分の源流なんてわからないけれど、好き勝手できるというのはいいことだと俺は思う。そうして踊っていると、大きくドアが悲鳴を上げた。そんな悲鳴を上げた衝撃でか、音が飛んだ。

「りっちゃ〜ん、どうしたっ、『助けて、死にそう』とだけ言って電話を切るな!せめて自分がどこにいるかとか教えろよ!すっげえ心配したんだからな!」

とても怒っている赤い子とまるで暖簾のようにひらひらしている黒い子が知り合いのようだ。つかみかかるような勢いで怒っているが、反対側には通じてなさそうだ。躍りがとまったことと、うるさいことでセナがちょっと怪訝そうに声を上げる。ネクタイの色を見ると一年らしい。セナがあきれながら、さっさと送って上げなよ。なんて言いつつ、赤い子が、黒い子を引っ張り出すように、蜘蛛の子散らしたかのように失礼しました〜と言いつつ逃げてった。遠くに消えながらも、悲鳴だけは廊下に反射して響いている。お気の毒になんて思いながら、彼らが聞こえなくなるまで見送っていると、ナルくんがなんだったのかしらね。あれ?と目線をドアに送っている。「さぁ、他人の事はkにしてないで、レッスンに集中するよぉ?文哉もだいぶできるじゃん。それに、俺たちのにアレンジ加えてなかった?」とセナに言われる。

「踊りやすそうなのを選んで、加えたけど。ダメだった?」
「十分、やっぱり人間じゃん。うひゃっ?」

慌てたようにセナがとび上がった。なに?どうした?と聞くと、ポケットの携帯が震えたらしい。知らない電話番号に首をひねりながらセナは電話に出る。その声れおくん?なに?つうかあんたスマホを無くしたんじゃなかったっけ?どうやって電話をかけてきてるの?超能力?セナの言葉を聞きながら俺は首を傾げつつ、今の間に水分を取るためにボトルの方へ歩く。明日レッスン前に顔を出すべきだと思いながら、文哉ちゃんは『れおくん』さんとお知り合い?と聞かれて、うん。と返事しているとセナが電話を切ったようだった。

「まったくもう。淋しいから電話してくるとか、ちっちゃい子か」
「レオが元気そうでよかったよ」
「うふふ。やっぱり泉ちゃん『れおくん』さんと喋ってるときはいい表情をしてるわね。ほんと昔の泉ちゃんに戻ったみたい」
「昔のセナ?」

文哉は気にしなくていいの、とセナの両手で俺のほっぺたをぐぶりと効果音が付くほど潰す。痛いんだけど、と言えども頬っぺたをつぶされてるのでまともに発音ができない。痛いと主張するようにタップするが、なかなか外してくれない。「ひょっとへな!はなしてひょ!たひゅけて!」と抗議の声を上げてると、入り口のドアがマンガみたいなスパーン!という音を立てて開いた。そんな開く音と同時に「ははは!助けをよんだかなぁ!?」なんて声が聴く。

「呼んでないし。……なんなのあんた、三毛縞だっけ?今このダンスルームは俺たちの貸切だよ?」
「三拝九拝!失礼があったなら頭を下げよう!だが実際、君たちがここにいると聞いて足を運んだんだよなあ!」

って、あれ?レオさんはいないのかあ?となんか勝手に自己解決するお琴、セナ曰く三毛縞が青い目を俺たちに向けて、ん?と言わんばかりに疑問符を浮かべている。セナよりも濃い青の瞳はどこか広い海を思い出した。真夏の沖縄みたいな色した瞳が俺とセナとナルくんを一瞥してから、おかしいなあ?と言っている。

「あいつは病院、腕の骨折っちゃってさ。あんたれおくんの知り合い?」
「友だちだぞ!どうも同じような感性があるのか、同じ場所で同じものを熱心に眺めたりしたからなあ!」

お互い気になってて、こないだ声をかけて仲良くなったんだぞお!ともあれ、そうかあ……レオさん痛そうにしてたけど骨折してたんだなあ。それは可哀そうに、あとでお見舞いに行こうかなあ?病院の場所よかったら教えるよ。ってか、何か訳知り顔だけどあんたはあいつが怪我した理由を知ってるの?だったら教えて。あいつ、かたくなに内緒にしやがるから詳細が謎なんだよねぇ?
三毛縞にセナが食って掛かろうとするので、俺はちょっとセナも落ち着きなよ。と声をかける。でもさ、あいつかたくなだから教えてくれないんだよ?文哉だって気になってるでしょ?と俺まで使うか。と思いつつ、気にはなるけど。言いたくないことは聞かないことにしてる。と言うと、三毛縞がうんうん。レオさんが黙ってることを俺が勝手にいうわけにもいかんなあ。と頷いてくる。お前はどっちの味方なんだ。とじろりと視線を三毛縞に送りながら、「まあたぶん、ガミガミ怒られたくなくて君には秘密にしてるんだと思うけどなあ?」なんていうんだから、その瞬間に俺はセナがはぁ?ケンカ売ってるわけ?とかいう出すかと思ってセナを注視した。さすがに暴力沙汰はよくない。と思って身構えていると、案外セナは冷静そうだった。なんかセナがうまくくるめられてるようにも聞こえる三毛縞の話はちょっと可笑しいような気もするが、そんな二人のやり取りは居ないなら伝言を頼まれてくれるかなあ。と言っている。

「俺、明日行く予定だから、伝えとくよ。」
「おお、君が行くか!じゃあ『猫は無事だ』『悪党は俺が始末をつけるから、君はもう関わるな』以上だ。」

猫は無事だ。悪党は俺が始末をつけるから、君はもう関わるな。俺は一度だけ口に乗せてこっくりとうなずく。その姿を見て、満足したのか。そのまま帰ってった。なんだったんだ、と俺は首を傾げセナは自分勝手すぎるよねぇ?と俺に振ってくるので、セナも多少そういうところあるよね?と言うと、ナルくんが頷いた。



事務所に顔出して、最近こんなことがあったよ。って言う話をする。レオとセナと知り合って、ちょっと楽しいかも。とかそんな話をして俺はその足で菓子折りとちょっとしたものを持ってレオの部屋に来たのはいいけれど、当の本人は全く持っていなかった。検査とかいろいろあるだろうから仕方ないのだけれど、今回は時間切れ。俺は原稿用紙を一枚取り出してレオへ。と手紙を書く。お土産と一緒に置いていくことにする。
最近ちょっとライブが増えてきたので俺の学校への登校率が上がってきている。仕事をしながらライブというのはメリハリがあるような気がする。撮影の合間に俺は振りを覚えたり、端っこの邪魔にならないところで歌の音を確認したりする。そこに台本が入ったりするので頭の中はたまにごちゃごちゃしているのだけれども。台本という文字が手元にあるのがだいぶ幸せでメンタルも安定していたりするのだ。が、いかんせん疲れた。

「保村くん!ここってどうするんですか?」
「……指示書がこうだから、このステップはこっちの足でターンを決めて蹴り上げるとよく見えると思うよ」
「さすが保村くんですね!そういえば、さっき3年の先輩が呼んでましたよ?」

ささいなやり取りが俺の時間を奪っていく。俺はため息を吐いてからそっちに移動する。隣の部屋にノックを仕掛けた時声が漏れて聞こえて、叩こうとしていた手を止めるタイミングを見計らうつもりで音を拾った。拾ったのが間違いなのかもしれないけれど。

「保村ってさー、あの看板だけっしょ?」
「毎回端の方におしやる、おめーもどうなのさ」
「指示書で動くようなやつに興味ないよ。俺たちが欲しいのは天才子役のいるユニットだっての。」

……やっぱり、という思いと気持ちが同時に俺の身を裂いた。もとからは薄々感づいては居たけれど、事実を突きつけられると、ちょっとぐらりとくる。俺は自分に問いかけてから、ドアをノックする。

「先輩―?呼ばれました?」
「あ、保村くん!また来週にライブをやる予定なんだけどね。」
「わかりました、指示書待ってますね。あと、別の子が先輩探してたみたいですけど?会われました?」

そう、俺は俺の仮面をかぶってしまえばいいんだ。誰も知らずに俺は俺を殺して、学校を出ればいい。ドラマの撮影のように俺が長時間仮面をかぶっていれば誰も問題ないのだと俺は思った。そして判断する。本心がそうじゃないといったって、ここからはビジネスの世界だ。割り切らねば、おおきなビジネスの波に振り回されてしまうだけだ。元天才子役、欲しい名前を持ってきた俺、保村文哉という仮面をかぶってそっと息を殺せばいいのだと俺は思うのだった。そうだ、誰も俺の心の柔らかいところだなんて見せなければ俺は悲しむことがないんだ。俺はきっと誰かを求めていた。期待していた。天才子役という看板がなくても、個々のユニットは俺を愛してくれるだなんて勝手に思ってた。そして勝手に希望だと思ってそして失望した。それだけなんだ。
心を守るために俺は自衛しながら事務所の仕事をしていく。学校は俺の仮面をかぶって、仕事では別の誰かになりきる。そんなことを繰り返していくうちに俺は自分というものがわからなくなっていた。元天才子役でほしい名前を貰って来たただの子どもで、俺自身という設定が塗りつぶされていく気がした。そんな日々を繰り返していると、俺の名前だけを欲しがってあざ笑っていた先輩が居なくなった。
気が付いたらいつのまにか、レオが後任になったらしい。退院したんだ、そっか。と思う頃には、俺は疲弊していた。踊り方すらわからなくなっていた。歌い方もいままでどうやって歌って居たかもわからなくなっていたのだ。
たまたま何かのライブで打ち合わせをしていると、そこにセナがいることに気が付いた。俺はレオの声を聴きながら貰った資料を自分で指示書に改良しながら、作業を進めていると、セナが声をかけてきた。

「文哉!」
「……あぁ、どうしたの?」
「なにか、様子おかしくない?」
「そうかな?最近いろんな仕事をしてるせいだよ。たぶん。」

そうかな?とセナが首を傾げていると、また別の子に呼ばれたので俺は一言断ってセナから離れる。たぶん。レオもセナも、ああやって話したことはあったけれど、俺の名前や個人よりも看板だけが欲しかったのだろう。落ちぶれた天才子役だっていうのに、それでも欲しいというやつがいるんだね。とどこか他人事のように考えて、俺は次のライブについて考える。内部対立だとかがまことしやかにささやかれているらしいが、俺はよくは解らない。どうせ俺の名前を勝手に使って勝手に神輿に乗せていくのだから。好きにしてなんて投げてる俺もおかしいのかもしれないけれど、そんなのはもうわからない。俺の気持ちは俺が思っている以上に疲弊しているのかもしれない。初めてセナやレオに会った頃を懐かしみながら、そんな過去をずっと大事に汚れない様に持っているのだ。俺もそこそこ滅入ってきてるのだろう。でも、なんだか頑張れそうな気がする。俺はこの学校生活なんてどうでもいいんだ。そうだ。だから、この綺麗なしばらくだけを持って俺は生きていこうと思っている。例えばこの先の道が身を引き裂いていくような茨でできた道であれど。俺はこの宝物を持って歩いていけるぐらいには大事な記憶だと思っているからだ。


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