追憶 モノクロのチェックエイトと俺-3

ドラマの仕事が遅れたので、ライブ一週間前だっていうのに今日のレッスンは中止、各自自主練習になったという連絡が学校に着いてから知った。誰も居ないならレッスン室でも借りようかとも思ったが、申請理由がめんどうだなぁ。予約を取ると誰かが俺の名前を嗅ぎ付けて集団でやってくる。という事が以前にあったのを思い出して俺の表情はひとりでに歪む。校庭のはしっこで練習するか、柔軟だけでもやってこのまま帰ろうかと踵を返して歩き出そうとした頃に、背後から声をかけられた。

「文哉?」
「セナ?」
「保村くんじゃない、元気してた?」

セナのとなりには、小さな頃に何度かすれちがった鳴上くんが隣に立っていた。俺は首をかしげながら、彼の名を呼ぶと覚えててくれたのー!!なんて小さく跳び跳ねている。これはこれで新しいジャンルに入ったんだねぇ。とかどうでもいい思考をしながら、鳴上くんからセナに視線を向ける。隣の鳴上くんに辟易して首を振っている。

「保村くんは、今から時間あるの?」
「さっき、レッスンなくなったって聞くし。ないなら、台本でも呼んで帰ろうかなぐらい。」
「じゃあ暇でしょ。一緒においでよ。二人より三人の方が練習の幅が広がるでしょ?それに、俺まだ文哉とレッスンしたことないし。」

おいでよ。と言われて、断る理由はない。いいよ、行こう。と考えると俺もちょっと下がっていた気分が上がった。レオはセナのとなりに居ないのだから、なにか別の用事があるのかもしれないと、勝手に結論付けた。保村くんと泉ちゃんは仲良しだったのね。と鳴上くんが言う。俺はこの間知り合ったばっかり。と告げると、あら珍しいわね。泉ちゃんが友達作るなんて。と驚いてる。友達と言えば。ぐらいの感覚でセナが口を開く。

「文哉。明日にでも病院行ってあげてよ。れおくん、骨折ったみたいでさ。」
「レオが?」
「結構逃げ回ってたから、首根っこ捕まえてぶちこんで来たんだけど。明日きちんといるか確認してもらっていい?」
「レッスンが始まる前にでも一回顔だしてみる。」
「で、レッスンは来るの?」

そうだった、返事してなかったと思い出して、いいよ。行こうと俺は二つ返事、そんな俺を見て鳴上くんも付き合って上げる。と、返事をしてくれる。保村くんも泉ちゃんと二人ぼっちじゃ息がつまるでしょう?なんて言われるが、俺は息がつまるだなんて思ったことはない。彼は、彼らは元天才子役という肩書きを必要としていないのだ。
じゃあ決まり、どうせ同じ『ユニット』の連中は、自主練習なんて概念ないと思うけど、誰かいたら俺たちが紹介するから。あんたも一応身内にには挨拶ぐらいしときなよ?とセナが言う。挨拶は大事だけれども、俺にはそんな知り合いもいない。敷いて言うなら指示書をくれる先輩ぐらいで、それ以外の知り合いと言うのはセナとレオと辛うじて担任を覚えてるか否かぐらいのレベルだ。

「身内って言ってもねぇ。泉ちゃんが無理やりあたしを引き込んだんじゃない。全然仲間意識とか芽生えてないんだけど?」
「指示書くれる、先輩ぐらいしか知らないし。」
「便利でしょ?うちに入っといた方が、滅び行く城でも野宿よりまし。」

野宿ねぇ。それはそれでよさそうかもね。なんて俺はひっそりおもう。ストレスフルで抜けようとした時に止められたのだが、結局今を思えばあれは看板だけが欲しかったのかもしれない。セナというモデル出身のアイドルがいて、天才作曲家のレオがいて、元子役あがりの俺という要素が。傲っているかもしれないけれど、前から俺については薄々とそう思わざる得ない。

「野宿の方が満点の綺麗な星が見えるかもしれないから、俺はそっちのほうが好きだけどね。成績のために俺はいるだけだし。」
「もうちょっと考えた方がいいよ文哉は。」
「本が読めたらなんでもいい。その時間だけ確保できたら俺は別になんでもやってやるって決めてるからね」

ストレスと比例して増える読書量。本を奪われてプライベートを占領されるほどに増えていく悪循環と睡眠の欠如。落ちやすい体重は、爆速で落ちて一時は点滴だけで生活していたこともあった。それと比べたら、読書の確保と一週間だけの登校の天秤は平等になるようになってきているのだ。俺にとってはこれが一番いいことだ。

「保村くん、身長の割に痩せすぎじゃない?お肌の状態もよくなさそうだけど?」
「あー保村くんって呼ばれるの嫌いだから、好きに呼んでいいよ。セナの知り合いならそっちのほうがいいな。」
「そう?じゃあ、私もナル子ちゃんとかでもいいのよぉ」
「くそオカマで十分。」
「ちょっと泉ちゃん!」

セナと鳴上くん。のやりとりが面白くて俺はクスクス笑う。ユニット独特の遠慮がち。ということもなく、俺はひっそりこういうのいいな。なんて思いつつ、嬉しくてちょっとだけ口角があがるのを感じる。クスクス笑ってるのを見られて、鳴上くんとセナが俺を見て固まっている。…俺、変な表情してた?と問えば、そんなことないよ。とセナに言われる。安心して口を開く。

「仲いいんだね。セナも……ナル……くん。そう、ナルくんも。」
「モデル時代から知り合いだからね。文哉ちゃんもお互い移動中だったけど。何度かすれちがったじゃない?」

そうだね。何度かすれちがったこともあったし、セナともナルくんとも雑誌の企画も一度だけ一緒にしたことあるけど、おぼえてない?と聞くと、二人ともあんまり覚えてないと言われる。まぁ、向こうはたくさん写真を取ることが仕事だもんね。と俺は勝手に納得している。くっちゃべってないで、レッスンしに行くよ。とセナが号令を出す。のだが、レッスンをするのなら、水がいるだろうし、俺は水を持ってきてない。途中で買おうと思ってたので、セナのレッスン室の場所を聞いて俺は水を買いに二人と離れた。


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