反逆 王の騎行と俺。-5

がっつりすーちゃんに対策と秘策をこしらえる。その間にもりっちゃんやナルくんセナにも振りや楽曲の説明をしつつ、一通り形になるころに俺は念のためにと俺も俺で全員分の振りを覚える。楽曲のパートも覚えて、最悪の場合を備えておく。

「文哉〜。働きすぎて熱出さないでよねぇ?」
「出ないし、出さない。俺は出ないんだし、万が一の備えだよ。気にしないで、セナ。」
「文哉ちゃん、根詰めすぎよ。もう。」
「あとちょっとやってから、帰るよ。なんか、怖いし。収めといていい保険だよ。」
「じゃあ待ってるから、早く終わらせてよねぇ、連日連夜遅くまで残ってるの知ってるんだから。」
「セナ、待たなくていいよ?」

あんた、ほっといたらここでいろいろ悩んでるから、帰ろうってんの。って言われた、それが昨日。俺は、体調を崩した。いやレオに言われたあの日から体調が悪いのをだましだまししてたけど、俺の胃がなーんも受け付けなくなったの。一年ほどまえにもあった事象なので、薬を胃に叩き込む。吐き気を覚えながら学校に向かう。今日がその【ジャッジメント】当日なのだから穴もあけるわけにはいかない。こうなってるの俺でよかったよな、なんて思いながら、家を出る。家の人には止められたけど、俺は飛び出してきた。寒気も覚えながらだけども、俺もプロ、ばらさなければいいんだよね。と思いつつ学校に重たい足を動かす。ふわふわ心地のままスタジオに入ると、最終調整の終わったメンバー全員が立っていた。

「おそかったね、ふ〜ちゃん」
「朝ごはん食べるのに時間かかって」
「保村先輩、おはようございます。」

おはよう。と返事して俺も万が一の保険として作っておいた衣装に着替える。戦いたくはないと思いながら、こうしてるのだから俺は何とも言葉と合致しないのだから酷いやつだよな。と思う。文哉、とセナに呼ばれて「んー?」と返事をしつつ振り向くと、セナが思った以上に近かった。がつっと背中に腕を回されて逃げ場を奪われる。セナ?と聞く前に俺の額にセナの手が乗せられる。一瞬にしてセナの眉間に皺が寄る。

「熱あるでしょ、文哉。」
「ないよ。」

へらっと笑うと、「嘘つくんじゃないの。」と耳元でささやかれる。どうもすーちゃんの視線が気になったらしい。尾を引かないためにもとの配慮らしい。しっかりしてよねぇ、元天才子役。なんて言われて、大丈夫だよばらさないって。と囁き返す。弱く背中を叩かれて、俺ははぁ、とため息を吐く。

「しっかりしてよねぇ。文哉」
「そうそう、舞台袖にゆったりしてるといいよ?」
「…そわそわするけどね。出ないから。」

ほらほら、ステージ行くよー。とりっちゃんに背中を押されて、部屋を出る。このスタジオにまたは入れるかな。とか思い浮かべながら、廊下をわたっていく。俺はだんだん気分がめいって来た。重たい足を動かしつつステージに向かう。処刑台に乗せられていく気がする。ぐっと胃が不快だと主張しだすのをむりくり飲み込む。ステージ脇にたどり着くと、暴れだすのをむりくり胃を抑えつつ唇を噛みしめる。喉元までせりあがってくるのを耐えて、足を止める。保村先輩?とすーちゃんに言われて、前を歩いていたメンバーの視線が注がれてるのが気が付く。どうしたの?とりっちゃんに聞かれて、ちょっとね。と言いつつ半分ぐらいのことを白状する。

「緊張してる。みんながレオと戦うし。不安だね。」
「大丈夫だよ、文ちゃん」
「そのために俺が全力を尽すからね」

すーちゃん、肩に力入れないで思うが儘でやるといいよ、セナたちが汲み取って手足のように動いてくれるからね。一番困惑していそうな、すーちゃんの手を取って、俺はにっこり笑う。手袋越しにもすーちゃんはビビッてるのが伝わった。俺はぎゅっぎゅとすーちゃんの指を俺の指と絡ませて、ふみやぱわー注入と笑って戯れておく。なぁにそれ、とりっちゃんが気だる気に笑っているので俺はそのまますーちゃんの手を自分の頬にあてる。

「保村先輩?」
「なあに?すーちゃん、俺は今日番犬だからご主人たちが帰ってくるのを尻尾振って待ってるよ。」

最悪すーちゃんが負けても俺には最後の手段がある。俺はセナもレオも二人ともが幸せじゃないと、俺は生きてけないから…ね。最終駄目なら俺が勝てばいいんだよ。そんなことにならないといいんだけど、保険はたくさんかけておくべきものだよ。

「……っていうなら、くまくんと一緒に出てほしいんだけどねぇ」
「飼い主が亡くなったなら俺は王と一騎打ちして国を守るよ。それまでは立派に忠犬だよ。主の帰りを待つ犬だよ。」

今は臆病風拭いて尻尾巻いて逃げてるだけだけどね。いざとなれば俺は腹をくくるよ。自分で言うと、そういうこといわないの。とナルくんに諌められる。大丈夫自慢の親たちだからね。俺が持てる全てを捧げてあげる。奇策もルールの穴もついて余すところなく衝いて、俺の至高の武器。俺の持ってる物をすべて捧げたし。そっとすーちゃんの手を掴んだまま俺は地面に膝をつく。俯いてそっと仕込みを一つ。そのままから口を開く。「主の帰りを心待ちにしてます。」といいつつ「わん。」と自分を震わせるために茶目っ気を込めた声で言いつつ顔を上げる。犬の髭と鼻の小道具セットを装備して顔を上げると、ぷっ。とナルくんが噴出した、そのままつられて、すーちゃんが笑う。なにそれとりっちゃんが笑って、セナが呆れて、俺の小道具セットを取り上げて、ふざけないの。と俺の頬っぺたをつねる。いひゃい!と声を上げても、そのままむにむにと俺の頬っぺたをつねっている。爪を立てられてて余計に痛い、グローブ越しでも!爪立ててるでしょ!

「ふぇな!」
「なぁに?何言ってるかわかんないんだけどぉ!」
「むむむむ」

俺のほっぺたをぎゅっと押されて、タコみたいな顔してると、あんたは俺たちが帰ってくるのをまってればいいの。変に動いて体調悪くされるとこまんの。とがつがつ押される。痛い痛い痛い!と押されてる指をタップしてなんとか振りほどいて、すーちゃんを見る。
「この一週間で大きく育ったもんね。すーちゃん、今日は君が一番の希望の武器だよ」と言うと「任せてください。」と自信に満ちた顔で俺に頷く。そのまま視線を動かして、りっちゃんを見る。にやりと笑った赤に俺は「りっちゃんもこの日のために調整したもんね。」と声をかければ、自信満々そうに赤の三日月を作って「勿論。」と簡素に言う。満足そうに頷いてナルくんを見るといつものようにひょうひょうとして此方を見ている。
「ナルくん、今日も期待してるよ」と口を開くと、ナルくんは薄く笑って「任せて」と返事が返ってくる。そうね先に着替えなきゃね。ほら行きましょう泉ちゃん。とナルくんがステージ脇の着替えブースに入っていく。「セナ、あとは任せたよ。」「言われなくても。」と俺の肩を叩いてセナはナルくんに続いていく。
すーちゃんもりっちゃんも早く着替えておいでよ。もうすぐ始まるから。と促す。今回の衣装パーツは多いよ。ナルくんたちは慣れてるだろうけど、すーちゃんは大丈夫?と声をかけると、すーちゃんは慌てて駆けだしていく。すーちゃんの背中に向かって俺は「俺がもってる最大の武器。お前たち。信用してるよ。」と声をかける。届かないだろうけれど、俺はその背中が着替えブースに入るのを見つめる。俺を見ていたりっちゃんに「大丈夫。だよね?」と小さく零す。聞いてる限りの面々に俺はぬぐいきれない不安を抱いてる。やはり俺が出ればよかったのかな、とも思うが、それでもやはり心の根っこは戦いたくないと願っている。
胃がきりきりする。心は割り切れても、体は割り切ってくれない。また、ぐっと熱いのが喉からせりあがってくる。それを堪えて大きく息を吐くと、着替えブースからナルくんとセナが出てきて、俺の横を通り抜けていく。
不安そうな顔をする俺に再度安心させるように今度は頭に一度掌を置いてセナが通っていく。その後を追うようにナルくんが俺に一度ハグをして、文哉ちゃんパワー充電。と言ってから駆けていく。照明によって二人の背中が見えなくなっていく。落ち着かなく俺が二人の消えたほうを見ていると「厳しいかもしれないけれど、俺たちは勝つよ。」とりっちゃんが言ってくれる。俺はそうだよね。ブースも空いたし着替えよう。と言うと、俺は意識がふらりとする。かろうじてりっちゃんの腕を掴んで、だんだん朦朧としてきた意識でなんとかりっちゃんの耳に言う。
どうしようもなくなったら、俺が出る。意識がなくても、俺を。俺の名前を呼んで。そしたら俺の…俺の切り札を出すから。俺がレオと一騎打ちのデュエルをする、っていう切り札を切る。がなってうなって、みすぼらしくても、レオたちが言うならお前たちが戦った相手に俺一人で勝つ快進撃をしてやるよ。今回のために切り札を万が一のために数曲ほど持って来てるから。情けなくても、みっともなくてもレオが変わったなら俺もようやく変化できると確認できるから。
りっちゃん、お願いだよ。約束だよ。と言うと俺はぐるりと目を回す、地面が近い。薄くりっちゃんの声が聞こえる。遠くでセナが俺を呼んでる気がした。


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