-保村文哉第二話「羨慕」

ずっとこのままなのだろうか。無意識にそう考えてしまう。梅雨の長雨。多分昔の夢でレオが笑ってたのを見たから、今こう考えてしまうのだけれども。セナの誘いでKnightsに入ったのはいいが、レオがいないKnightsだった。
昔同じところに所属していたメンバーは俺の名前だけが欲しかったらしくて、俺は捨てられた。正直俺が捨てたのか捨てられたのかの議論はするつもりはないが。ただユニットから離れた俺は一人でふらふらしてたのもあって、交流を全て絶った、最低限の点数だけを得るために学校に来てたこともあってか情報をろくすっぽ得てなかったから、俺は世界から離されていた。周りが大荒れの海だとするならば、俺は海にたゆたう木片のように無害なものとして生きていた。ただただ一人の保村文哉。という仮面をつけて生きて高校時代という残りのモラトリアムでさえやりすごそうとしていた。そんな感じだからこそクラスメイトがなにかを言えど俺には関係ないと割りきって無関係を貫いた。だからレオが壊れたなんて知らなかった。
だってレオにはセナが居る、セナにはレオが居る。二人には俺が要らない。と思っていたし、セナは俺が欲しいと言っている。…きっとセナはレオを戻すための材料として俺を呼んでいるのだろうか。加入して数か月停学もあけたと聞いているのだが、帰ってくる気配はない。二人が揃っていないことは、つまり俺の大好きなあの空間じゃないというのとイコールになる。帰ってくるまでは俺も頑張るつもりだし、それがセナの望みだから頑張ろうとは思っている。きっと俺の利用価値なんてそんなものだと思ってるよ。言うと怒られるかもしれないから言わないけど。レオが帰ってこないならば俺はここを守っていけばきっとレオに会えるのだろうか。そう考えてしまう。

「文哉ちゃん。帰るわよ」

レッスンが終わって、ぼんやりとしていると俺の目の前で手をひらひら振っている。俺はどうしたの?というような風体で返事をすると、片付けも終わったからみんなで帰ろうと言っているので俺はそうだね。帰ろうか。と自分の荷物を持ち上げた。今日の練習大変でしたね。と朱桜くんが言う。俺は適当に相槌を打ちながら昇降口を通り抜けて警備室を横切る。交差点を二つほど渡った先でふと音が聞こえた。優しいピアノの音。昔ふときいたワンフレーズ。苦しかったあの時期にレオが鼻歌を歌ってた、ふと脳裏によぎった懐かしい記憶だ。

「保村先輩?」
「レオの音だ。」

近くにレオが居るんじゃないかと思って、音の方につられてふらふらと歩き出した。後ろでセナが何か言ってたけど、よく解らない。音の糸によって引っ張られるように俺は脚を速めて走り出した。朔間くんが何か言ってたけれど、もうわからない。レオの音だ。間違いない、たくさん聞いたあの音だ。この音がするってことは。きっとレオが近くにいる。会いたい。いつもみたいに名前を呼んでほしい。文哉。って。音に手を引いてもらって走ってきた先は小さな公園とも言い難いほどの小さな花壇とベンチがあるだけの場所だった。そこのベンチで誰のか解らない携帯がちかちかと光って音を放ってた。音はレオだったけど、歌は別の人だ。…セナでもだれてもない、全く知らない誰かの声が俺の聴覚に響く。レオじゃなかった。でも音はレオなのに。そう確信だって持てるのに。何とも言い難いどこかさびしさが心に積る。無力さを感じて俺はその場にへたり混んだ。

「…………レオ。会いたいよ。セナと、鳴上くんと朔間くんと朱桜くんで会って話がしたいよ」

ぽつりとつぶやいた音は、どこにも届かない。遠くで朱桜くんや鳴上くんの声がぼんやりと入るけども別にどうでもいい。今どこにいるんだよレオ。なぁ。お前はどうなの。俺はレオの楽曲なんて要らないぐらいにレオとセナとの笑ってたあの時間がすごく好きなのに。どうしてレオは、俺たちの前から姿を消したんだよ。なぁ。

「どうしてなんだよ。れお。」

俺も何も言わずに交流を断ってたからなのかな。俺が居なかったらレオたちと知り合ってなかったらレオはこうならずに済んだのかな。

「俺って……要ったのかな……どうすれば良かったんだろう……」
「文哉!」

名前を呼ばれたのに気がついてノロノロと顔を上げるとセナがそこにいた。俺の顔を見て表情を変えて俺に詰め寄る。どうしたの?何があったの?と問いかけてくるけれども、俺は言葉がでない。本気で泣きすぎで呼吸が整わない。ただ絶え絶えにセナの名を呼ぶと、泣かない!目もこすらない!なんて肩を叩かれて俺は今泣いてることに気がつく。震える声をただそうとしても治る気配はない。どうしたの?と言いながら俺の隣に来て視線を合わせるので、セナに飛び付いた。寂しい。心の穴が大きくて塞がらない。言いたい言葉もろくすっぽ出てこなくて、空しい嗚咽だけが響く。

「セッナァ……。」
「なぁに?」

少しだけこのままでいさせて、落ち着いたらしっかりした俺に戻るから、大丈夫だから。支えながらもそれだけ伝えると、呆れたようにため息が聞こえた。なにか間違った選択肢を選んだだろうか。恐らくこれが最適解だと思っているのだが。どうやら違うようで罵られたので、違う答えを口に出す。
俺はレオが帰ってくるまではここで頑張るよ。レオが好きな場所だったんだし、帰ってきて席がないなんてことは、俺がさせない。そのために俺を呼んだんでしょう?だから俺は真面目に頑張っていくよ。これからもレオが帰ってくる玉座を守るんだ。ぽつぽつ出していけば、またセナはため息をつく。ごめんね。俺で。力がないからレオを呼び戻せなくて。

「れおくんが帰ってきてからも居てよ。淋しいじゃん」
「でも。セナには、レオがいるしレオにはセナがいるじゃんね……」
「それでも。」

バッカじゃないの。そう言ってセナは俺の鼻をぎゅっと摘まむ。
前にも言ったでしょ?保村文哉だから、俺の横でレッスンで嬉しそうに踊っていた文哉だったから俺は誘ったの。れおくんの音楽、あんたの言葉のセンスや思考で俺たちはもっと高みに上がる。あんたも一緒にだよ。文哉。
俺の鼻をつまみながら左右に振るので痛いのだが。抵抗するような余裕はなく振るのにつられて俺の顔も揺れる。前に聞き覚えのある文言たちはどうやら本気のようだったみたいで俺の心に小さな火が灯る。セナがそう望むなら叶えてやるのが俺の役目だ。壊れてぐずぐずの俺は経つのもやっとなぐらいだけれど、ずっと遠くに見えるレオが入って六人で動く姿を思い浮かべて笑う。

「んふふ。」
「なに?もう涙と鼻水でびしょびしょ……最悪」
「ごめんね、またお詫びはするよ。水がいい?」
「後日に決めるから帰るよ。文哉。」

セナが立ち上がり俺に向かって手を差し出してくれる。俺はその手を重ねて立ち上がる。さっきの言葉が嘘でも構わない。俺の目的はレオとセナだ。ここさえぶれなければ俺はずっと幸せになれる。そう考えることにした。




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