3e





まっすぐ走って、鉄虎を追いかけていたが角を2つ3つ曲がったところで、見失った。かわいい、を追求して慣れない靴を選んだせいか、豆ができていることを自覚した。自覚すると痛みがじりじりやってきた。ぎりりと奥歯を噛み締めて新たに走り込む。一つ二つと曲がると、人気のない方角に来ていた。あんまり寄るなと言われていたのを思い出して、曲がってきた角を戻ろうとしたときに、声を聞いた。まさか、と思って音の方に寄ってみると、大きな男三人が何かを囲んでいるようだった。ん?とじっと見ていると人の隙間からピンク色が見えた。鉄虎はピンクを着ていたのを思い出して、登良は深呼吸一つして、自分の身なりを確認する。そこに声をかけた。
「あ!こんなところにいたの?探したんだから!ほら、行こう!」と男を割って入り、鉄虎と思えるピンクを見ると、違う人だった。それでもピンチなのには代わりない、逃がそう。と思考をとると、待てよ。と声をかけられる。今、この子とお話してたの。と言われて登良の肩に男が撫でるように乗せた。
そこから条件反射だった、触れられた腕をつかんで、男の腕を捻って、投げ飛ばす。空手でなく柔道の技だが、やっておいて損はなかったと、登良は自覚する。おい!なにしやがんだ、と言われて、大きな振りが一つ、それをひょいとくぐり抜けて顎に一撃を食らわせる。慣れない靴を脱ぎ捨てて空手の構えを取ると、音につられてか一人二人と増えてくる。誰かのかかれという号令に、登良は怯まずぎろりと睨んでから、壁を蹴り近くの男の頭を蹴り地面に落とす。登良は次の男にかかる。地面をしっかり着かんで後ろ回し蹴りを繰り出すと、その足を捕まれたがそのまま怯まず地面に接していた軸足を振り上げあごを狙い蹴る。驚いて手を離した隙に、残りの人数を確認する残り三人。後ろの子の手を掴んで登良は走り出した。すれ違い様に男をついかで一人伸ばしておくのも忘れない。後ろの怒声を聞きながら人の気配のある方にと足を急いだが、角を曲がって行き止まりだとわかると後ろの方から低い怒鳴り声が聞こえた。

「あんたたち……!今すぐその子たちから離れなさい!汚い手で触るな!」
「その声、先輩!」

登良の声に反応してか、わぁ!と言う声を出しながら追いかけて来た人たちは蜘蛛の子散らすように消えていった。暴れてた奴らが消えていって、その場に見ず知らずの女の子と登良、鳴上だけが残された。

「登良ちゃん、鉄虎クン大丈夫?怪我とかさせられてない?」
「怖かったぁあああ!!!」
「鳴上先輩、鉄虎かと思ったら、違いました。」
「怖かったのねェ。よしよし。もう大丈夫よォ、おっかない連中は居なくなったから。」
「警察呼んで保護してもらいますね……電話落とした……」

もう仕方ないわね、ママに連絡入れましょう。ほら、泣かないで、ほんとうにもう大丈夫だから。登良ちゃんもよく守れました偉かったわ!……とりあえず、人気のある場所に出ましょう。歩けますか?登良は抱きつかれた子に優しく声をかける。泣き腫らした目を優しく拭いながら、、声をかけ続ける。しばらく声をかけてると、落ち着いたのか、女の子は首を縦に振る。登良はその手を引きながら歩き出すと、向こうから登良くん鳴上先輩!と声を上げながら鉄虎が走ってきた。

「うひゃっ!?あれっ、鉄虎クン!」
「押忍!大丈夫ッスか、お二人とも助太刀に来たッス!あんずの姉御から路地裏で不良ぽい連中と揉めてるって聞いて!」
「不良はだいたい伸したし、先輩が来たから逃げてった。絡まれてた子もちゃんと救った。」
「もう!登良ちゃん暴れちゃったの!?」
「友達のふりして逃がそうとおもったんですけど、肩を触られて……つい。」

登良くん、触られるの苦手ですもんね。でも良かったッス。あんまり『女のひと』が危ないことをしちゃ駄目ッスよ。と頷いて口を開くのだが、絡まれてたの。と登良は言う。そうだったんすね。親分偉いッスね!……空手やってるし、これぐらいは……ねぇ。と言葉を濁していると、警察がやってきたので彼女を保護してもらい、登良はその姿を見送った。ようやくひと安心と息を吐き出すと、自分が靴をはいてないことを思い出した。ヒールがあって動きにくいからと脱いだのをいま思い出した。ちょっと足が痛いなと下を見るとガラスで切ったのか少し血が流れてた。

「あら、登良ちゃん怪我したの?靴は?」
「喧嘩の時に邪魔だったので脱ぎました。」

帰りは私の背中ね。と言うので、すいませんお願いします。と登良はおとなしく鳴上の背中に乗ることにした。ほら、帰るわよと。歩きながらも二人は会話を続ける。マメもいくつか破れたのかすこし足がジクジクする。精神の弱い妹が、悲鳴をあげるかもしれないのでしばらく素足になれないなぁ。とか考える。

「もう、……で、鉄虎クンはどこ行ってたのよ。登良ちゃんも心配したのよォ?」
「ごめんなさい、俺、一心にワケわかんないぐらい突っ走ってたッス。それで気がついて知らない場所にいて、途方にくれてたんスけど、そしたら犬をつれた三毛縞先輩が迎えに来てくれたッスよ。それで一緒にあんずの姉御が待機しているって言うお店まで戻ってっ来たッス。」

すごいんスよ。三毛縞先輩。犬を膝に載せて俺は背中に抱きつかせてバイクでかっ飛ばしてくれたッス。珍しい体験をしたのか嬉しそうに鉄虎が言う。ちょっと道路交通法違反っぽいけど、と言葉を濁しつつ、苦笑い。それでもさすがママね、こういう非常事態にはめっぽう強いわ。ちゃあんとすぐに鉄虎クンを見つけてくれたのねぇ。ほんとヒーローみたいに颯爽と現れて助けてくれたッス。さすがは隊長の尊敬するひとッスね〜、まだまだ先輩たちには叶わないッス。
でも今日のヒーローはママもだけど、登良ちゃんもね。と言われて、登良は鳴上の背中に顔を押し付けて真っ赤になった顔を隠すのだった。
そのまま歩いていると。ぽつりと鉄虎が口を開いた。
あの、鳴上先輩……道すがら、三毛島先輩にいろいろ話を聞いたッス。ごめんなさい!俺、本当に馬鹿で……自分の事ばっかりで!登良くんも巻き込んで、鳴上先輩先輩の気持ちを全く考えてなかったッス!と大きく体が2つに曲がるんじゃないかと言うぐらいに頭を下げる鉄虎に、でも謝るのはこっちよ。と言う。それでも鉄虎は謝らせてくれと折れ曲がるほどの謝罪から土下座に変わる。

「ちょっ!土下座なんかしないで!汚い路地裏だし、制服が汚れるわよォ!」
「制服なんか洗えばいいッス。でも心は下手したら一生傷ついたままッス!本当にごめんなさい!『男らしい』とか言われるのは嫌だったんスよね?」

そりゃそうッスよ、女のひとみたいな喋り方してるし……?ううん、俺にはよくわかんないけど、心は女のひとなんスよね?でも周りは『男らしさ』を求めるから苦しんでたんスよね?それなのに俺は馬鹿みたいに『男らしい』って誉めて、『男らしさ』の秘訣を教えてとか恥知らずなお願いをしてたッス。ごめんなさい鳴上先輩。許してください。とそれでも土下座をやめない鉄虎に、鳴上先輩が深く息を吐いた。もう、と小さい声が登良の耳に届いた。

「顔を上げて、鉄虎クン。いいのよ許してあげる、ううん、アタシも登良ちゃんにも鉄虎クンにも意地悪しちゃったし、お互い様ってことにしましょ。互いが気が済むまで『ごめんなさい』して、もしも互いに許し会えたなら、そのあと改めて『男らしさ』の秘訣を教えてあげる。」

ステップ2、男は簡単に頭を下げない、涙も見せない。みたいな世間に流布してる俗説は忘れなさい。常識なんかどうでもいいわ、どんなお偉い知識人が記した本にもっともらしく書いてあったとしてもそんなもの、屁の突っ張りにもなりゃしないわ。なんてお下品な表現をしちゃったけど、ともかくね、自分が汚れるのも厭わず、ちゃんと謝れた今のあなたは最高に男らしくて格好いいわよ。だから鉄虎クン、顔を上げて、アタシは確かにちょっぴり傷ついたけど、もう治っちゃったから。
うふふと笑う鳴上先輩は、潔さを感じた。騎士道に似た潔さ。ってこうなんだろうな、と聞いてて思っていると、もちろん登良ちゃんにもね。教えて上げる。と言われたが、俺はなんにもしてないですから、鉄虎だけをお願いします。と言うと、女の子助けて、そういう姿勢もかわいいわね。と言われる。なんとも言えない顔をしていると、あらやだ鉄虎クン、お顔が涙でビショビショじゃないの、ハンカチでぬぐってあげるから洟を『ち〜ん』ってしなさい。と鳴上は鉄虎に視線を合わせて、ハンカチを差し出す。

「ううっ、ぐじゅ!すみません、やっぱり子ども扱いされるのはちょっと不本意ッス。いや、やらかしちゃった俺がどの口でほざくって感じッスけど!」
「うん、あなたはまだまだ子ども、『男の子』よ、だから諦めずに努力して、努力すればそのまんま自然に『男』になえるわ。」

羨ましい、アタシは望んでも、どんなに努力してもなかなか理想の『美女』にはなれないから、でもね、だからって悲観してないしもう拗ねたりしないわ、どんなアタシでも、アタシはアタシが一番大好き。自分を愛せるやつこそが、男でも女でも魅力的だと思わない?ね、登良ちゃん、鉄虎クン?
そう問われて、考えてみる。あんまりよくわからないけれど、胸を張ることこそが大事だと幼い頃に習っていた道場で言われた気がする。自分が一番素敵だと胸張れる鳴上先輩がすごいですよね。と登良は言う。俺もそう思うッス、鳴上先輩みたいになりたいッス。と鉄虎がつづいた。

「俺、焦ってたんスよ。もうじき大将も隊長も、ううん先輩たちはみんな卒業しちゃう。その前に立派な一人前の男になりたかったッス。」

先輩たちが安心して旅たてるように、でも俺はほんと駄目ッス、ちっとも理想に届かなくて空回りしてばっかりで。なんて言って鉄虎はうつむく。二人分の足音が聞こえて、商店街の賑わいが耳にはいる。黙々と二人が歩いているので、そのまま単調なリズムに揺られてうとうとしだした頃、あんずたちと合流すると、登良の血まみれの足を見て大騒動になるのだった。




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