俺とスカウト ゴンドラ 4
とりあえず朔間と別れて下駄箱でつむぎくんがぎゃーぎゃー騒いでるのを聞きながら、俺は俺の下足に履き替える。もう神経過敏すぎて俺は呆れながら帰りの支度を調えていく。鞄の中が濡れないように一番外側にタオルを突っ込んでおく。今晩のごはん何にしよう。焚き物と、汁物……面倒だから素麺にしようか。いや、栄養素がなぁ、野菜をどうするか。とつむぎくんに相談するか、と下駄箱一つ向こう側にいくと、つむぎくんがピンク色のカッパを持っていた。
「……つむぎくん?あんずから奪ったの?え?ラッキーカラーだから?」
「違いますよ!あんずちゃんんが着てくださいって差し出してくれたんですけど」
「……おまわりさん、こっち案件」
「ゆらぎくん!!」
まあお巡りさん呼ぶ呼ばないは別として、そのサイズだとつむぎくんぱつぱつでカッパ伸びちゃうよ。と言ってやれてば、あんずは笑っていた。二人ってそんな会話するんですね。となんて言うが、笑いすぎて引き笑いになってるぞ。笑いすぎて涙が滲むのか、指で目を撫でながら、青葉先輩の余裕も出てきたんじゃないですかね。なんてあんずが言うと、つむぎくんは俺は余裕が無くなってたんですかね。ゆらぎくんを巻き込まないようにと気を使ってたんですけど。と考えている。
「すみません。あんずちゃん、気を使わせてしまって。これ以上恥ずかしい姿は見せられませんし、勇気を出してゆらぎくんと帰ります。」
「まぁ、駅までは一緒に帰ろうぜ。日が高くなったって変な奴は出るときゃ出るんだからさ。ピンクのカッパの不審者は……」
「俺じゃありません!」
軽いやり取りをして俺たちは下駄箱前から噴水前を通って外に向かう。車もないし、人の往来もない最終下校時間の学校は、雨の音で溢れていた。あんずとつむぎくんが並ぶので杖もって幅をとる俺は二人の前を歩く。ああだこうだと話しているのを聞きながら、夜ご飯の野菜について思いを馳せていると、後ろで、あんずの「あっ!」という声を聞いた。振り返ると、あんずは近くの茂みにしゃがみこんで様子を伺ってる。
「どうした??」
「茂みのところに猫ちゃんがいるみたいで。」
「迷い猫か?この猫見覚えがあるような……」
「生徒会に見つかる前に保護しましょうかね。」
がさりと茂みが動いて、そこから黒猫が前を通ってった。ひい、と情けないつむぎくんの声がしてそのままつむぎくんが後ろに後ずさる。おいこらこっちくんな。待て、俺は急に動けないってば!おいこら寄るな!つむぎ!!
猫に怯えてつむぎくんが後退する。後ろに噴水、前に迫ってくるつむぎくん。さて問題です。このあとどうなるでしょうか?
「うおっ!?」
「あわわっ?」
「げふっ!!!」
正解は俺は噴水におちて、その上につむぎくんが降ってくるでした。正解者に拍手、良くできました。っていうか漫画かよって言うぐらいのテンポのよさで俺は頭から全身濡れ鼠。ほんんとコミカルな流れだよな。と思いつつ顔面に張り付いた髪の毛をどかす。濡れ青葉。濡れ青葉って語感いいけど、嬉しくねえの。下着までびちょびちょで気持ち悪い。靴まで浸水してるので、尚更気持ち悪い。あの独特のぐずぐず感はいくつになってもなれないものだ。あぁ、明日までに靴乾くといいなぁ、とか思いつつため息。
「思いっきり噴水に落ちてしまいました。びしょびしょです……すっごい不幸です。」
「つむぎくん、つむぎくん。」
「あ、ゆらぎくん大丈夫ですか?」
「って聞くなら、早く退いてくれ……重たい。」
慌てて俺から降りると、つむぎくんが何かに気づいたようで雨で揺れる水面を見つめている。自由になった俺は、とりあえず立ち上がり杖を拾い上げ噴水から脱出して縁に腰かけて鞄も洗濯機にぶっこもうと決める。あんずが心配そうに大丈夫ですかと鞄からタオルを出そうとしているのを止める。俺ら男の子だし、不運はあれど体が多少丈夫だから、とタオルは駅ついてから使えと遠慮しておく。俺ちょっぴりの水難の相って聞いてたんだけど、つむぎくんのがダメージ少ないってどういうことだよ。。やっぱり吸われてるんじゃねえかな、と考えながらとりあえず、靴下の水分が気持ち悪い。
「つむぎくんどうしたの?早く噴水から出なよ」
「あぁ、いえ、手に変な感触があって、なんでしょう??誰かが小石でも投げ込んだんですかね?」
「深海がそんなことさせねえだろうよ。」
濡れた鞄の中を見ると鞄も全滅、ルーズリーフや紙の資料が水分を吸ってたわんでいる。仕方ないので、鞄からずぶずぶのタオルを取り出して、雑巾絞りの要領で水を切ってから俺は自分の体をふく。早く出なよ、と声をかけたが、つむぎくんは噴水の中に手を伸ばし何かを着かんで首を傾げている。ギターのピックでしょうか?もう一枚ありますね。と声が聞こえる。わかったから出なさいつむぎくん。引っ張って外に出す。何度目かわからないけど、タオルの水を切ってからつむぎくんの頭をふいてやる。痛いと言われたが生憎ふわふわタオルは君のせいでありません。
痛いって言うなら自分でふけ。と俺は手を止める。つむぎくんは、礼をいいつつ水切りタオルで水分をとっていく。あんずは遠くに飛んでった俺たちの傘を回収して手渡してくれた。
「うげつ。」
「朔間のところのわんころじゃねえか、どうした?」
「いや、そうじゃなくて、なんでモジャ眼鏡センパイとダンス馬鹿センパイがそんなに濡れてんだよ。」
どっかの奇人みたいに噴水に入るのが趣味なら好きにすればいいけどさ。いやいや好きで濡れた訳じゃないですよー。足を滑らせて、ゆらぎくんを巻き込んで噴水に落ちちゃいまして。へらへら笑っている場合かよ。びしょ濡れだぜ??
あぁ、そうだ。このまま帰るに帰れねえな。と思う。髪の毛ぐらいなら大丈夫だろうけど、下着や制服まで濡れてしまうとどうにもならない。完全下校時刻も越えているし、教室に戻るのものなぁ。と考えていると、あんずが佐賀美ちゃんと話をつけてきてくれる。という。まぁ佐賀美ちゃんなら聞いてくれそう。よろしく、と頼めば任せてください!と笑顔で走ってった。絶対あいつ佐賀美ちゃんの脅しの種もってそう。とか今思った。
「晃牙くんはどうしますか?帰ろうとしてたようですけど?」
そもそも何の用事でここに?とつむぎくんが投げれば、モジャ眼鏡センパイには関係ないと突っぱねる。おいこらお前2年だろ。とか思いつつ俺はぐちょぐちょの鞄の中身を確認していく。ノート全滅、プリントはアウト。ボールペンのインクが滲んで読めない。企画書については半分は微妙に生きてた。鞄を総ざらいして、ほぼほぼ全滅だった。つくりかけの企画書だってやり直し。蓮巳に提出する予定だったのも水を吸って豪快に波打っている。まじかよ。全部書き直しじゃん。がくりと肩を落としてると、あんずが保健室おさえましたよ!と帰ってきた。
移動時間の問題でつむぎくんに体操服を持ってきてもらう。その間に俺はドライヤーで髪の毛を乾かす。濡れるとまっすぐになるタイプの髪質の俺は、ゆらぎ先輩のストレートって始めてみた!とあんずに手伝ってもらいながら髪の毛を乾かす。昔はまっすぐにしてたんだよ。事故があってからパーマ当てるのも面倒になったのでやめたのだが、やめたら余計につむぎくんに似たよね。と笑ってると自分のクラスで体操服に着替え終わったつむぎくんが帰ってきたので、わんころもあんずも今の内緒な。と念を押しておく。いや、俺が似せてるんだから。家族っぽい気がするからっていう理由なだけなんだけど。まぁ後ろ姿もそれなりに似てるので、つむぎくんのお袋さんによく間違われたりするけど、それはそれで会話の種。
「体操服持ってきましたよ〜」
「あんがと、つむぎくん。」
「さっきの内緒は何の話だったんですか?」
「んー?なんの話かな?」
体操服を受け取って、ケラケラ笑ってるほら、あんずに髪の毛乾かしてもらえって。と無理矢理ぼかして俺はパーテーションで区切られた区画でさっさと体操服に着替える。衝立の向こう側ではまた新たな髪の毛談義をしてるのを聞きながら、びしょびしょのスラックスを脱ぐ。あんずがお茶入れたのでゆらぎ先輩も着替え終わったら飲んでくださーい。大神くんも飲んでいってよ。と声が聞こえて、俺は返事をする。つむぎくんが雨が弱まるまで。とこういうところ強引だよね。この間のゲーセンの買収とかの時だってさ。まぁ、君はひたすら地雷を全部踏み歩いていくタイプだけどさ。ここにすわってください。とぽすぽす叩く音が俺の聴覚に入る。朔間のわんころがちょっとタジタジしてて、そんな光景が目に浮かんで面白いと俺はこっそり笑いながら着替えを完了させる。下着は冷たいがこれは仕方ない。着替えを完了させてパーテーションから出ると呆れながらも会話を続けてるわんころはぶすくれながら言葉を吐いていた。
「俺様と青葉センパイは他人だろ?」
「お互いのことを知っているのに他人ではないと思いますけどね。」
「諦めろ、わんころ。つむぎくんはそういう奴だよ。」
「俺様は犬じゃねえ!」
はいはい、大神。と笑いながら、俺は開いた場所に腰かける。ちょうどタイミングよく髪の毛を乾かし終えたつむぎくんがドライヤーの電源を落とした、そういえば、とさっき噴水で拾ったあれを持ってきちゃったんですよね。と一時的に干してある制服のポケットからギターのピックを二枚取り出した。ギターのピックなんてそんなに使う機会ねえよな。と思いながら、つむぎくんの手を注視してると、大神からうげ。と声が漏れた。
「ギターのピックだぁ?なんでそんなもんが噴水に落ちてんだよ。」
「ピックですかー?」
ドライヤーを片付け終わったあんずが、見せてください。とつむぎくんの手からピックを借りて、格好いいが柄だね。と溢せば大神がそうだろうそうだろう
なんてったって特注品だからな。と気分よさげに言う。お前のかい。と言わんばかりの目線を送れば、本人がゲロった、しかも結構自棄気味で。っていうかなんでそんな大事そうなの噴水にあったんだ?首を傾げていると、つむぎくんは持ち主がみつかってよかった。とか言うけど、大神恥ずかしいだろうな。なんか、あれっぽいよね。小学校の卒業文集読まれてる気分的な。俺はよくわかってないけど、例えるならそんな感じだろうね。
「見つけたときは、何かちょっとお賽銭みたいだなって笑っちゃいましたよ〜お賽銭っていうと日本ぽいですけど、今日ちょうど創くんと見ていた本にトレヴィの泉のことが書いてあって。」
そういやそういうのあったな。ポーリ宮殿の壁と一体になったデザインで中央にギリシャ神話で言うポセイドン、右にデルメル右にヒュギエイア。水の神様、健康の神様豊穣の神様が配置されてる泉だ。古代ローマ時代にヴィルゴ水道の終端施設として……あんまりおぼえてないや。確か、後ろ向きに右手で左肩越しにコインをあげると願いが叶うとかなんとか。あった気がする。あんまり前に読んだ記憶なのでいかんせんはっきりしないが、3枚投げると離婚だったのはよく覚えてる。
「トレヴィの泉を学院の噴水に想定するなんて、子どもの創造力は素晴らしいですよね。さすがに学校の噴水にお金を投げ入れるのは気が引けたので笑い話で終わりましたけど。」
「まぁ、やると深海の財布にはいるだけだろうよ。」
「どうかしたんですか晃牙くん。じっと黙りこんんで、俺変なこと言いましたか?」
腕組みをして難しい顔をした大神が、睨むようにつむぎくんを見た。テメ〜どこまでしってやがんだ。と言う言葉を聞いて、つむぎくんの言った事が全部的中してることに気がつく。俺はそんな光景が面白くて、ひっそりと笑う。あんがい子どもっぽいところがあって可愛く見える。笑っていると笑ってんじゃね〜よ!知ってて俺様のことおおちょくってやがるんだろ!?と怒鳴り、つむぎくんの胸ぐらを掴みかかるので、俺は杖で牽制する。
「先輩の胸ぐら掴むんじゃないの。わんころ。そういうんおつむぎくんが人一倍鈍いだけだから、ごめんな。だけどもさぁ、人の弟捕まえてモジャ眼鏡って言ったらお前次はタマ取んぞ。クソガキが。足が悪かろうが、お前なんざすぐに潰してやろうか。」
「ゆらぎくん!そういう言い方は良くないっていつも言ってるじゃないですか。」
「はぁ?うちのつむぎくんが舐められるのが困るんです〜たぶんな、大神。つむぎくん、まったく今の現状理解してないぞ。」
「あぁ?」
とりあえず、うちのつむぎくんから離れてと杖でつついてやれば、一瞬俺を睨んでから大神は手を放した。ほら座れと強めに言えばおとなしく大神は座り直す。そんな大神をよそに、つむぎくんは、考えるように口元に手を当てて、甲賀くんも噴水をトレヴィの泉に見立ててたんですか。どうもおつむぎくんはワンテンポほど理解が及んでいなさそうだ。
「あ、あのピックはコインがわりだったんですね!」
「ごめんな、うちのが理解遅くて。」
「……知ってたんじゃなかったのかよ?……」
まさか同じことを考えている人がいるなんて思うわけないじゃないですか〜。なんて笑うので、俺はがっくりと首を落とす。それでもつむぎくんはイタリア特集が嬉しいらしく、ウキウキしてる。いや、もうなんでもいいです。はい。魔が差したと言う大神に、転校生が面白がって願いはなんだと問いかける。大神は照れながら、面白がってんじゃね〜ぞ、コラ!あんずちゃん、あんまり聞くと野暮ですよ。晃牙くんはどうやら恋に悩んでいるようですから。
「はぁ?恋だぁ?」
投げ込んだ本人が訝しげにつむぎくんを見る。あ、たぶんこれ枚数がどうこうだ。あんまり覚えてないが二枚投げ込んだ。という事は、二枚が恋愛の話で三枚が離婚だ。と納得する。三下半とか言うもんな、3というのはそういう数字なのかもしれない。どうでもいいことを考えながら、あんずのお茶を飲む。おもったよりぬるめのお茶は美味しい。ちびちび飲んでると、大神が俺様はたっだ吸血鬼ヤロ〜にギターを教わりたかっただけだよ!と声を荒らげた。あぁそうだ、一枚投げたらまた帰って来れるだ。どうでもいいことを思い出してすっきりしてると、背もたれがぐっと下がった。
「ほほう、そういうことじゃったか。」
「うおっ!?吸血鬼ヤロ〜!」
「ん?朔間、まだ学校にいたのかよ。」
いやー部室に戻ったらわんこがおらんくてな。どこに行ったんじゃろと探し回っていたら保健室からわんこの吠え声が聞こえて来たんじゃよ。ついでにわんこの話も聞けたし、手間が省けたわい。ほぉれ、もう隠す必要なんぞなかろう、あんなにはっきり『朔間先輩にギターを教わりたいんですぅ』って言っておったものな。我輩だけではない、ここにいるみんなが証人じゃよ。
からかい混じりの言葉に、大神が怒りを震わせた。苦虫をつぶしたような顔をしてから、ギターで行き詰まってるところがあるから相談したかった。なんて口をひらく。彼らが会話をしているので、朔間とわんころ仲いいね。とつむぎくんと二人で笑っていると雨は止んで太陽が沈みかけていた。
とりあえず雨も止んだし帰りながら話をしよう。と朔間が結論を出して、俺たちはタオルとアイロンで制服を乾かすことにしたのだった。その間にどういう経緯で大神をゲロらせたのかというトークが主題になったので、ずいぶんと大神はやりにくそうだ。なんて俺は大神に同情した。
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