スカウト!歩み寄り 





青葉ぁ!!

脳裏にそう聞こえてハッとした。同じユニットだったメンバーの声が頭の中で消えずに気持ち悪くなって、脇に置いたバケツに吐きだした。
あの夜のライブで腹を刺されて病院に搬入されてから俺はこうだ。食べたものを全部吐き出しちゃうぐらいにメンタルが参ってしまったのだ。まぁよくよく考えてたら、俺の命と同等に位置する大事なものは俺から勝手に歩き出して、この一年俺にさんざん牙をむいてきたものが愛しいと思っている俺もだいぶいかれちまっているだろうし、その大事はついこの間全部をなくしてきたのだ。
そう、『Diana』は傷害事件によってひそやかに幕を閉じた。
大事にしていた俺の世界は、俺が刺されたことにより終わった。なんて愉快な皮肉だろう。なにもない、いや。もとから何もなかったんだ。突き詰めれば、ただ自分を守るために戦ってたことになるのだろう。
胃が不快感を訴えるが胃からは何も出ない。口を濯いで吐き出したものを処理していく。腹に抱えた傷口はいまだに存在を主張しているのを無視して俺はさっさと行動することにした。看護師に見つかればまたきっとうるさいからだ。事件を考慮してくれてか天祥院が一人部屋を手配してくれたので、こういうときはありがたい。あとで支払うと思ってたのだが、どうも向こうの事務所が責任をもってくれるそうだ。…さんざん迷惑かけてくれたんだから、これぐらいやろうという思いっきりの良さに御曹司感出すのやめてくれよ。
空になったバケツを片手に部屋に戻るとタイミングよく計ったかのように電話が鳴った。表示された名前に小さく声を漏らして仕方なく電話に出る。

「ゆらぎかい?」
「このご時世違う人が出たら驚きだろ。天祥院……いいや、ボス。」

今度の四月。俺の上司ともいえるような人だ。揶揄い口調を混ぜて言うと、もっと言えとねだられたのでさっさと要件を求めると今後の俺の活動についてだった。三毛縞のように一人ユニットとして今後動くことも可能だというけれども。

「う〜ん。今回のこういうこともあったからさ、あんまりアイドルとしてって考えてないんだよなぁ。俺の進路だってそういうもんじゃん。実質引退。」

そう会話をしていると、後ろで物音がした。振り返ると、困惑を浮かべたつむぎくんが立っていて、俺はすぐにかけなおすといって通話を切った。くすんだような黄色がこっちを見て、泣きそうな声で音を作る。ゆらぎくん。嘘でしょう…?アイドルやめるんですか?なんて、言うから俺も、そんな感じだよね。とカラリ笑う。だってさ、去年はリハビリも結構さぼってたから、あんまり来てなかったし。結局今は俺一人になってしまって『Diana』もない。

「つむぎくん、ちょっと落ち着け。」
「いやですよ。俺はゆらぎくんが踊ってる姿が好きなんです。」
「うん、わかってるそれは知ってる。だから。」

いったん座れ。と声をかけると同時につむぎくんは走りだした。うん、お前人の話聞いてない!!追いかけようにも俺の膝はちゃんと動かないし腹は痛い。あいつ走っていった!!俺が走れないの知ってて走ってるだろ。人の話をちゃんと最後まで聞け!!

「天祥院に電話してなんとかすっか。」

俺はさっさと舵を切ってベットにへたり込んで今しがた切った電話をつなげなおす。チェシャ猫よろしくな感じで天祥院は嬉しそうなご様子だった。さっき切った電話にうっすらつむぎくんの声が聞こえたらしい。

「とても困ってる様子だね。」
「俺のこういうところ見て楽しんでのかよ」
「あはは。あんまり取り乱したりするところがなかったからね」
「お前からも言ってやってくれよ。」
「お断りだよ。きみたちちゃんと話し合ってないんだろう?二人ともどんな道を歩くか。ちょうどいい機会じゃないか。」

…よりによってこんな卒業近々でやっていい話じゃないだろ。身内ならなおさら。進路事態を知っているはずなのに、俺たちは知らない。方や二十歳を超えてたりする兄弟関係だし。今まで一人っ子という概念も兄弟がいる概念もあまりに薄い俺なので、これをどう切り抜けていいかはわからない。言えることは一つ。夏目が怖い。
つむぎくんだけの話を聞いて俺も殴られる可能性が出てきた。縫い目を。いてぇ怖い。

「わかったから、つむぎくんを止めてくれよ。」
「天下の一閥様の弱り目だからね。しっかり貸しは作っておくよ」
「わかった。わかったから、そういうのは卒業後いくらでも俺の私兵使っても払ってやるって」
「そろそろそっちに、つむぎは向かわせるように手はずを整えてるよ」

お前なぁ。わかっててやってるだろ。そう声を荒らげる前に、俺の部屋に夏目とぼろ雑巾のようなつむぎくんがやってきた。にぎやかな音は電話口に乗ったようで嬉しそうにそっちについたようだね。というのだから仕込んでいたのか疑惑まである。

「ゆらぎ兄さん。そのモジャ公と話をつけてヨ、泣いて面倒だかラ」
「わかったわかった。引きずるのやめたげて」

夏目はつむぎくんを椅子の上に置いて、さっさと部屋を出ていって部屋に沈黙がおちる。どうしよう、と切り出すにももどかしくって。俺は返事もいらないと思って話し出した。
つむぎくん、さっきの話なんだけど。アイドルは当分ほぼ休みみたいなことになる。だけど、俺は、裏方専門の育成機関を立ち上げてそこの所長になって動く。振り付けをしていいっていう契約でESビルでアイドルについてはしばらくご隠居さんでもしようと思ってる。どうしてもの時は出るぐらいのスタンスでいい。『Diana』がなくなったんだし、それぐらいが俺には相応なんだろうよ。身の丈以上には何も持てないんだよ。人間は。守りたいものがたくさんあった。全部抱えたが故の俺の罪。俺の『一つの罰』。転じて一閥。

「今よりも活動のオンメディアの機会は減る。それでもどこかで歌って踊るようにはする。」

だから俺を嫌わないでよ。立派な兄ちゃんじゃないだろうけど、俺は俺なりに歩くよ。二十歳越えたし、つむぎくんに情けない姿はみせれないからさ。炉の神として中心に座して居たいから俺が作って渡してく。いろんな事務所を統合した国家―ESビルの中心で動いていく。

「アイドルをほぼしなくても踊る道はある。だから俺はそこで中心で踊る。それじゃダメかな?」
「ゆらぎくんはずるいですよ。勝手に決めて!」
「…いや、つむぎくんだって『NEW DIMENSION』決めちゃってるじゃん。」

俺が吐き出すと何で知ってるんですかと驚くけどさ。俺、お前よりも先に『例のビル』には入ること決まってたからな?笑ってやるとずるいですと怒られたけどしらねえな。んなもん。ずるくないね。俺のが先。いいだろ。ほっとけ。俺は事務所ボスで天祥院直属部下、お前は事務所のサブボス

「で、つむぎくんはどういう経緯でなったんだよ。俺と話しようよ。久々にさ。この間からずっと喧嘩ばっかりだったしな。」
「そうですね。俺もショックでかなり取り乱しましたけど、一緒に話をしましょう。」
「ところで聞いてもいい?」

なんでつむぎくんはあんなにぼろ雑巾みたいになったのか。似たような顔してる俺は夏目が怖いよ。いつか間違えられたら。眼鏡とメッシュないだけだからな!髪切るか…?卒業したらちょっと変えたいんだよなぁ。事務所所長モジャが二人いてもな、問題だし見わけ大事。




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