新しい家族


 カレンは目の前の新婚夫婦を、口をあんぐりと開けて見つめた。

「スレイ・ベガを弟子兼お嫁さんに、ねぇ……」

 英国にあるエリアス・エインズワースの自宅。
 住人はエリアスと『隣人』シルキーだけだったが、つい最近、少女が一人増えた。彼女の名前はチセ──本名、羽鳥智世。鮮やかな赤い髪に反して、物静かな性格がとても可愛らしい日本人の少女だ。

「可愛いでしょ、僕のお嫁さん」

 エリアスが嬉々とした声で言った。骨頭なので普段は何を考えているかわからないが、今はとても幸せそうだと声でわかる。

「チセって言ったかしら? 可愛い子ね」

 カレンがチセの頭にそっと手を置くと、チセは気恥ずかしそうにはにかんだ。

「は、初めまして」

「私はカレンって言うの」

「お姉さんは……ハーフ……?」

「ええ。イギリス人と日本人のね」

 チセはじっとカレンを見つめた。黒い髪は、艶やかな烏よりもしなやかな黒猫を思わせる色。青い瞳は、高く晴れた空よりも深く澄んだ海を思わせる色。
 綺麗だな、とチセは心の中で呟いた。

「チセ、エリアスはとても頼りになるけど、常識が偏ってるから気を付けてね」

「……カレン、それは褒めてるのかな? それともけなしてるのかな?」

「褒めてるのよ」

 エリアスはカレンがチセに余計なことを吹き込まないよう、話題を変えることにした。

「ところでチセ、カレンも魔女なんだよ」

「そうなんですか」

「おばあちゃんが魔女だったの」

 カレンの祖母は思慮深い腕利きの魔女だった。祖母の息子、つまりカレンの父親は魔法に関する素質はあまりなかったが、カレンは祖母によく似て幼い頃から魔法の素質に恵まれていた。
 そのため、カレンの師匠は自然と祖母となり、あらゆる知識を教わった。

「顔立ちだけじゃなく、性格もおばあさんにそっくりだよね、君」

「あら、ありがとうエリアス」

 感心と、若干の嫌味を込めたエリアスの言葉を、カレンは特に気にすることなく受け流した。カレンの祖母は思慮深いが、時折他人をからかうこともあり、エリアスはその被害者の中の一人だった。
 しかし、カレンの祖母は他人を傷付ける悪戯は決してせず、あくまでも『からかう』程度であるため、エリアスは内心彼女の悪戯を楽しんでいた。
 そんな会話を交わすエリアスとカレンを見つめていたチセは、小さく首を傾げる。

「二人は……恋人?」

「え……チセ、僕は君をお嫁さんにしたんだよ?」

「側妻(そばめ)って言葉もあるじゃないですか」

「いやいや、僕はチセしかいないから! カレンには娘の感覚しかないから!」

 カレンとは祖母の代からの付き合いがあるエリアスだが、カレンに対しては本当に娘の感覚しか持っていない。

「じゃあ、愛人枠でもないんですか?」

「違うよ! 断じて違うよ! アンジーの時といい、どうして君は深く穿つの!?」

 容赦なく穿つチセの言葉に、エリアスは年甲斐もなく動揺する。そんな夫婦の攻防に、カレンは思わず笑った。

「あははは! チセ、エリアスとは本当に何もないのよ。私もエリアスのこと、親戚のおじさんくらいにしか思ってないわ」

「親戚のおじさんって……」

「だって結構世話焼いてくれたし」

 カレンは昔、よくエリアスの世話になったことを思い出した。

 ──エリアスは凄い魔法使いなのよ。

 祖母からそう聞いて興味を抱き、何度も彼の魔法を間近で目にした。彼の自宅へ寄るたびに、お菓子や紅茶をご馳走になったこともある。

「それに今は人間の格好になった時、おじさんって言える年代じゃない。ねえチセ、アンジーのところに行ったのなら、人間になったエリアスを見たでしょう?」

「はい」

「それを見てどう思った?」

 チセは先日、マギウス・クラフトの技師アンジェリカの工房へ出向いた際に見た、世間の目を考慮して人間の姿になったエリアスを思い出した。外見年齢は三十代くらいで、セミロングヘアーのしっかりとした背格好。既に見慣れた骨頭とは似ても似つかない姿に、チセはわずかに黙したのち、あの時と同じ言葉を口にした。

「……胡散臭い……確かにおじさんって感じでした」

「ね、こういうこと」

「酷いよ二人共!」

 再び聞かされたチセの評価と、けろりとしたカレンの態度に、エリアスはショックを隠しきれなかった。

「だから、エリアスとは何ともないの」

「わかりました」

 カレンが改めて言うと、チセはこくりと頷いた。

「えへへ、可愛いなぁ。妹がいたらこんな感じなのかな」

 小動物を思わせるチセの動作に顔を緩ませたカレンがぎゅっと抱き締める。
 突然抱き締められたことに驚きつつも、チセは嫌がる素振りなど見せず、カレンの好きにさせていた。

「チセはどうしてカレンの言葉には素直に頷くのかな……」

 エリアスは肩を落とした。そんな彼を流石に不憫に思ったのか、チセはカレンから離れると、エリアスのそばへ歩み寄る。

「エリアス。私、エリアスのこと頼りにしていますから」

 だから気落ちしないで、とでも言うかのようにチセがエリアスを見上げると、彼は笑んだ。骨頭なので表情に変化はないが、幼い頃から付き合いのあるカレンには、エリアスが笑っていることに気付いた。

 血の繋がりもない、知らない人ばかりが優しく接してくれる。これまで孤独が当たり前だったチセにとって、それは奇妙なものに感じた。
 けれど、温かな気持ちになれることに、チセはエリアスとの生活に『希望』を見出し始めていた。


「そういえば、服を剥かれて洗われたのって、お嫁さんになったからですか?」

「……エリアス、ちょっとその角折っていいかしら?」

「あれは初めての場所だし勝手がわからないだろうと思って──」

「問答無用!」

 ……異形の魔法使いは、常識というものを持ち合わせていないらしい。


2014/08/19
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