ティータイム
紅茶を買ってきた。手軽に使えるティーバッグではなく、少し値の貼る茶葉だ。
神条自身が飲むだけならティーバッグで構わないが、いかんせん紅茶を愛する人がいるのだから。
「ただい──」
「おかえりなサーイ!」
執務室のドアを開けた途端、神条は何かに飛びつかれ、押し倒された。いや、『何か』ではない。片言の日本語を話し、飛び付くほどスキンシップの激しい娘は一人しかいない。
「ちょっ……金剛、重い……」
「む! 提督ったら失礼デース! 乙女に向かって重いなんて!」
金剛型1番艦、戦艦・金剛。英国生まれの帰国子女であるため、英語混じりの片言の日本語を話す艦娘だ。そして日夜、どの艦娘よりも提督である神条に熱烈な愛をぶつけてくる。
「ご、ごめん……でも、どいてくれないと紅茶あげないわよ」
背中から倒れた神条に跨る形で覆いかぶさる金剛に、潰れる悲劇を回避した紅茶を見せる。
「Oh No! それは困りマース」
Sorry、と謝りながら金剛は神条を支えて立ち上がらせた。
「もう、抱きつくなら私にして下さい、お姉様」
「提督、大丈夫ですか? 榛名の看護は必要ですか?」
「金剛お姉様、司令に迷惑をかけてはいけませんよ」
執務室にいた金剛の妹達──比叡、榛名、霧島がそれぞれ口を開いた。各艦娘達の性格がよくわかるセリフだなぁ、と神条は内心苦笑しつつ、執務室に入る。少し前まで机と椅子は執務用のものだったが、金剛の希望でティーパーティーが出来るものへと変えられた。それは、紅茶の国である英国から取り寄せたティーパーティー専用の机と椅子のセットだった。クッキーやスコーンといったお菓子は既に準備されている。
神条が紅茶を淹れてやれば、四姉妹は美味しそうに紅茶を味わった。中でも紅茶が大好きな金剛は、嬉しそうに笑顔を神条へ向ける。
「提督、紅茶美味しいデース」
「そう、良かった」
紅茶はティーバッグしか使ったことがなかった神条にとって、紅茶に適した湯の温度や茶葉の蒸らし方すら知らなかった。
金剛と出会ってからは、彼女が英国生まれで紅茶好きということもあって、執務の合間に紅茶の淹れ方について勉強した。最初の頃は湯の温度や風味について金剛にダメ出しをくらっていたが、ようやく最近になって彼女の舌を満足させることが出来たのか、あれこれ言われなくなった。
「随分上達しましたね。この霧島、司令のこと見直しました」
ティーカップから口を離した霧島が、やんわりと微笑んだ。武闘派で勇ましい戦闘を繰り広げる霧島だが、きちんと両脚を揃えて座ると才女にしか見えない。
……眼鏡の影響なのだろうか。
「でも提督、こんなに美味しいんですもの。紅茶、高かったのではありませんか?」
可愛らしい動作でお菓子を食べていた榛名が紅茶の値段について指摘した。
「気にしないで。私にはこれくらいのことしか出来ないけど、いつも頑張ってくれているんだからそのお礼よ」
神条は提督として艦娘に指示を与えるだけで、実際に敵艦船と戦うのは艦娘だ。そんな彼女達に、ねぎらいの意味で美味しい紅茶を買ってきたのである。そのことを知った榛名は、胸がじんと熱くなるのを感じた。
「榛名、感激です! 次は榛名が提督に紅茶を淹れて差し上げますね」
「Stop! いくら榛名でも、それは駄目ネ! 提督には私が淹れてあげるのデース!」
「あっ、私はお姉様に淹れて差し上げます!」
金剛が榛名を止めに入るが、どさくさに紛れて比叡が金剛へ紅茶を淹れるのだと割り込んできた。
そうやって賑やかで楽しいティータイムはあっという間に過ぎ、演習時間が近付いてきた。
「さて、もうすぐ演習よ。みんな準備してちょうだい」
ティータイムで使ったものを片付け終えると、神条は軍帽をかぶる。背筋をぴんと伸ばした神条の姿に、四姉妹は気分が高揚するのを自覚した。
──嗚呼、私達はこの人の指揮だから実力を発揮出来るのだ。
「提督のHeartを掴むのは私デース!」
「気合い! 入れて! 行きます!」
「榛名、全力で参ります!」
「さっ、早くご命令を、司令」
四姉妹はそれぞれ気合を入れると、神条と共に執務室をあとにした。
2014/06/09