体育祭が始まる前のこと


「女子も短パンにすべきだと思う」

 体育祭当日の朝。更衣室で制服から体操服に着替えた織音がぽつりと呟いた。
 希望ヶ峰学園の体操服は、上は丸襟の白い半袖で、下は紺色の短パンとブルマだ。何十年と続いている学校なので、昔からのならわしで女子はブルマに指定されているのだろう。
 しかし、ブルマをはくと足全体が晒されるので、織音は若干恥ずかしさも感じていた。そんな織音に、隣で着替えていた舞園が「そう?」と小さく首を傾げる。

「女の子っぽくていいじゃないですか」

「うー……でもやっぱり恥ずかしいなぁ」

「それは十神君に見られるから?」

 体操服に着替えた織音が自分の格好──というよりも足を見ていると、霧切が会話に参加してきた。霧切の表情はほんの少し笑顔になっているが、それが織音にはからかっているように見えた。
 霧切の性格上、他人の恋愛話には興味を示すことなく素通りしてしまうが、クラスメイトでも仲良くしている織音の話のためか食いついてきたようだ。

「別にそういうわけじゃ……」

 霧切の言葉を否定しつつも、十神を意識していることを言い当てられて織音は内心動揺する。

「あ、あ、あたしは織音様の体操服姿、す、好きです……」

「ありがとう、冬子ちゃん。……よだれ拭こうね」

 クラスメイトの女子の中で最も親しい腐川が、瞳を潤ませて、さらに頬を紅潮させて織音に熱い視線を送ってきた。興奮しているせいでよだれが垂れている。

「そういえば、セレスさんや戦場さんって着替えたのかな?」

 織音は腐川のよだれをハンカチで拭きながら、ふと浮かんだ疑問をクラスメイトに投げかけた。

「そういえば見てませんね。さっきまで江ノ島さんがいましたが、もう着替えて出ちゃってますし」

 体操服に着替え終えた舞園が、ロッカーを閉めつつ首を傾げた。
 クラスメイトの女子は九人いる。舞園、霧切、腐川、織音はたった今着替え終わり、大神、朝日奈、江ノ島は先に着替えて更衣室を出て行った。あとはセレスと戦場なのだが、いくら待っても更衣室に姿を現さない。

 霧切もロッカーを閉じて時計を見てみれば、あと十五分で体育祭の開会式の時刻になることに気付いた。

「もう行かないと体育祭が始まってしまうわ」

「あ、本当ですね」

「ほら、い、行きましょう、織音様」

 一緒に着替えていた女子達に促される形で、織音も更衣室を出てグラウンドへ向かうことにした。

 * * *

 校舎の外に出れば、気持ち良く晴れ渡った空が広がっていた。まさに体育祭日和の天気だ。

「おー! ブルマだべ!」

「すらりと伸びた足がいいじゃん!」

 織音達がグラウンドに向かう途中、後ろからはしゃいだ声が聞こえてきた。振り向けば、葉隠と桑田が何やら興奮した様子で織音達を見つめていた。それも、頭のてっぺんから足の先まで、じっくりと。

「そんなに見ないで下さい。恥ずかしいじゃないですか」

 舞園が恥らう素振りを見せたので、葉隠と桑田はいっそうテンションが上がる。やっぱりアイドルが恥らう姿は可愛いなぁ、と織音が舞園を眺めていると、

「綾月っちもいい足だべ」

「俺は舞園ちゃんが一番だけど……綾月も捨てがたいよな」

 次は織音がターゲットに選ばれた。

「足だけじゃなくて全体的に」

「そうそう。発育がいいっていうか」

 女子の体操服姿をなめまわすように見つめる男子二人の視線をどうそらそうか織音が悩んでいると、助け舟ともいえる声がした。

「そこをどかんか、愚民ども」

「あ、みんなおはよう。いい天気だね」

 十神と苗木が校舎から出てきた。どちらもきちんと体操服を着用している。

「おっ、お、おはようございます、白夜様!」

 十神の姿を目にした腐川が普段よりも大きな声で挨拶をするが、当の十神は挨拶を返すことなく、ふんと鼻を鳴らして葉隠と桑田を鋭く睨む。

「ただでさえアホ面なのに、それを余計に酷くするとは救いようがないな」

 アホ面と言われているのが自分のことだとわかると、葉隠と桑田は十神に向かって言い返した。だが、口では勝てる相手ではないので、今日の競技で絶対負かせると宣言すると、二人はグラウンドへ駆けていった。

「ねえ、苗木君。セレスさんと戦場さん見なかった?」

 テンションの高かった葉隠と桑田がいなくなって静かになると、織音が気になっていたことを訊いてみたのだが、彼も知らないと言った。体操服に着替えていないということは見学か、それとも欠席か。
 あれこれ考えている織音だったが、十神の一言で思考は中断となる。

「織音、そんな奴らのことでお前が悩むことはない。行くぞ」

「……うん」

 十神が歩き出すと、織音は数歩遅れて彼に続いた。二人が自然とクラスメイトから離れていくのを、その場にいる全員が見つめる。
 中でも霧切は、一見すれば普段と変わりないような十神が、織音と行動する時にだけ変化を見せることに気付き、わずかに目を細めた。足が長いと歩幅は大きくなるので、当然十神の歩幅は大きい。けれど、織音と一緒だと十神の歩幅が少し小さくなるのだ。

「……優しいところもあるのね」

「霧切さん、どうしたの?」

「何でもないわ」

 苗木が尋ねても、霧切は目を伏せて簡潔にそう答えるだけなので、苗木は首を傾げた。

 * * *

「……足、長いなぁ」

 二、三歩前を歩く十神の足を見下ろしながら織音が呟けば、

「おかげであのアホどもに負けることはない」

 と十神が自信たっぷりに言った。
 競技が始まる前に、それもどの競技で競うのかも決まっていないのにそう宣言するあたり、やはり彼らしいと織音は苦笑する。

「でも、いくら白夜君でも今日は大神さんには勝てないと思うよ」

「…………」

 そう。いくら十神が何でもパーフェクトにやれるといっても、運動面では超高校級の格闘家と称される大神にはかなわない。十神は自分でもそれはわかっているのだが、プライドが邪魔して素直に頷けず、何も言えなかった。

「それでも、私は白夜君の活躍楽しみにしてる」

 織音は十神の隣に並んでにこりと微笑めば、眼鏡の奥の冷たい青がやわらいだ。

「まあ、あのアホどもが歯向かうことがないよう大差をつけて勝利してやる」

「うん、頑張ってね」

 十神の言葉に頷きながら、織音は体操服の裾を下へ少し引っ張る。十神と二人きりということに緊張し、気恥ずかしさからちょっとでも足を隠したいという気持ちからくる行動だった。しかし、ブルマ全体を隠せるわけではないので気休め程度だ。

「……何を恥じることがある。隠すな」

 十神に見えないよう控えめに裾を引っ張っていたのだが、どうやら気付かれていたらしい。

「だって何だか慣れなくて……」

「慣れろ。そうすれば恥じる必要はない」

「うう……」

「ふむ……では、隠さずに体育祭を終えたら褒美をやろう」

 恥ずかしいからと言い張る織音に、十神が心揺れる言葉を発した。甘言蜜語とはまさにこのこと。

「ご褒美って?」

「教えるわけがないだろう。知りたければ隠さずにいればいいだけのことだ」

 織音が何度食い下がっても、十神はご褒美について明かすことはしなかった。
それほどまでに秘密にするご褒美とは何なのか。気になった織音は、意を決して体操服の裾を引っ張ることはやめ、体育祭に臨むことにした。

 その後、体育祭が始まったのだが、結局セレスと戦場は体操服に着替えることなく、いつもの格好で競技を眺めていた。
 十神のご褒美が何だったのかは、彼と織音だけの秘密。


2013/11/05

▼あとがき
更新作品についてのアンケートの一つ、「十神とハロウィンか体育祭で、他の論破メンバーも」でした。

ハロウィンも皆とワイワイやれて楽しそうですが、折角原作で体育祭の写真が登場していたので、体育祭ネタで書きました。
あの写真ではセレスとむくろが体操服に着替えていませんでしたね。
セレスは参加したくないとかで見学になるのはわかりますが、むくろも見学組なんて…
傭兵部隊に所属していたなら運動は得意そうなのに、体育祭不参加になったのは、残念だから!?

むくろちゃんマジ残姉ちゃん。

十神はきっとムッツリさんだと思うので、ヒロインの足に興味ないような素振りをしつつ、実は内心楽しんでいたりすればいい。

リクエストありがとうございました!
今後ともよろしくお願い致します。

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