新入生は幼馴染み
希望ヶ峰学園に集められるのは、各分野で活躍して有名になった高校生で、どの生徒も『超高校級の○○』という称号が付く。
綾月織音もその一人だ。
超高校級の演奏家。
ピアノやバイオリンはもちろんのこと、他の楽器も難なく演奏することが出来る。その天性の才能は海外でも有名で、演奏会によく招待される。
この学園で新たな高校生活をスタートするのだと胸躍らせていた織音だったが、
「……白夜、君?」
見知った人物が学園内にいることに驚きを隠せず、織音が呼んだ名前の人物も同じように目を見開いていた。
「……織音……」
超高校級の御曹司・十神白夜。世界を支配する一族の一つ、十神財閥の跡取り息子であり、幼い頃より帝王学を叩き込まれたエリートだ。
「……何故俺に連絡せずにいた?」
希望ヶ峰学園に入学する旨を伝えなかったことを言っているのだ。十神は秀麗な眉を寄せ、誰もが不機嫌だとわかるくらいに顔をしかめた。
「海外公演とかでバタバタしてて……ごめんね」
織音が申し訳なさそうに謝ったが、十神の機嫌は良くならなかった。
「何かあったら連絡しろといつも──」
言っているだろう、と続けようとしたのだが、他の生徒が会話に割り込んできたので中断せざるを得なかった。
「なになに、アンタこのお坊っちゃんと知り合いなワケ?」
超高校級のギャル・江ノ島盾子。波打つ豊かな髪を頭部の両サイドで結い上げた、女子高生に絶大な人気を誇る高校生だ。
「えっと、白夜君とは従兄妹なの」
「マジで!?」
織音と十神以外の十四人が驚いた。十神とは全然似てない、偉そうじゃない、というのが全員の感想だった。
まあ従兄妹だし、と織音が苦笑していると、ぐいっと手を引かれた。十神が織音を自分の元へ引き寄せ、他の生徒達から数歩距離を取ったのだ。
「俺が話している時に乱入するな、この愚民め」
十神がねめつけると、江ノ島が「愚民じゃねーよ!」と抗議する。
しかし、十神は江ノ島を無視して織音をちらりと見る。
「お前もお前だ。あんな愚民の話など聞くな」
織音が十神と一緒にいる時に第三者と話していると、いつも十神がこうして他者から引き離してしまうのだ。幼い頃にどうしてこんなことをするのか何度も尋ねたのだが、十神は教えてくれなかった。理由はわからないが、織音にとってはそれが普通だったので特別気にすることもなく年月は流れ、今に至るというわけだ。
「もう、駄目じゃない。江ノ島さんいい人だよ」
「いいか悪いかは俺が決める」
「相変わらずだなぁ、白夜君は」
他者を見下す十神にこそ、傲岸不遜という言葉が相応しいのではないだろうか。
「江ノ島さん、ごめんなさい」
十神が態度を改めないので織音が江ノ島に詫びると、江ノ島はようやく落ち着きを取り戻して「別にいいよ」と言ってくれた。
「っていうか、白夜君もここに入学するって決まったのに連絡くれなかったじゃない」
「俺はいいんだ」
何て自分勝手な言い草だろう。この場にいる生徒全員がそう思った。
「とにかく、織音は俺と一緒にいて、俺だけと話せ」
「だーめ。白夜君はいつもそうやって孤立したがるんだから」
この学園で過ごす以上、他の生徒達とも仲良くしなくちゃ、と織音が言っても十神は聞き入れず、ふんと顔をそらすだけだった。
他人と積極的に関わり合うことをしない十神であるが、ただ顔をそらすだけではそれほど気を悪くしているわけではないことを、織音は知っている。本当に機嫌を損ねた時は、盛大な嫌味を残してこの場から去ってしまうのだから、今の十神の機嫌はそれほど悪くはなっていない。
「でも、ここにいるみんなと生活するんだ……何だか合宿みたいな感じで楽しそう」
同年代の生徒達をぐるりと見渡した織音がそう笑うと、十神は能天気な奴だと悪態をつく。けれど、彼は愉快そうにわずかに口の端を吊り上げ、目を細めた。
2013/09/02