旅行帰り


 現世のテレビ番組をCSにすれば地獄でも視聴が可能となる。数ある番組の中で鬼灯が好んで見るのは、世界を旅して現地の歴史や文化を紹介し、問題に答える某クイズ番組。番組の最後で視聴者プレゼントを催しており、過去に鬼灯は見事当選してクリスタルヒトシ君人形とモンゴルの民族衣装を獲得している。
 そして先日、二度目の当選を果たした。賞品は三泊四日のオーストラリア旅行。同行したがる閻魔大王の願いを即座に却下し、有給休暇を取った鬼灯を見送ったのは三日前。
 つまり、彼は今日帰ってくる。

 鬼灯が不在の間、桔梗の仕事量は普段より割り増しになっていた。もちろん旅行の間に鬼灯がやるべき仕事は、彼自身が前もってスケジュールを調整して終わらせていた。しかし、昨日突然仕事量が急増してしまったため桔梗は徹夜し、今も仕事を続けている状態である。
 鬼灯からは夕食前までには帰ってくると連絡があったので、何とかそれまでに今日の分を終わらせたい。

「鬼灯、コアラ抱っこ出来たのかしら……」

 オーストラリア旅行ということで、念願だったコアラの抱っこが出来ると鬼灯が張り切っていたことを思い出した。夢が叶うといいな、と考えたところで一瞬意識が途切れる。

(あ……駄目だ、気を抜いたら寝ちゃう)

 今確認している書類を片付けたらコーヒーでも淹れよう。いや、ここは何とか打破というドリンクを飲んだ方が良いのだろうか。まあとりあえず一秒でも早く終わらせよう。あと少し、あと三分の一……もうちょっと……
 睡魔との攻防を繰り返していると、いつの間にか机の前に誰かが立っていた。

「ただいま戻りました」

 聞き慣れた低い声。

「……桔梗?」

「……あ、おかえりなさい」

 名前を呼ばれて桔梗は意識を浮上させる。鬼灯が旅行から帰ってきたのだ。

「……私の担当分の仕事は終わらせて旅行に出たはずですが……」

「あー……昨日からいきなり仕事が急増しちゃって」

「徹夜したわけですか」

「そんな感じ」

 桔梗の様子を見れば聞かなくてもわかるが、確認のために尋ねれば案の定である。どうせ閻魔大王が急増した書類に手が回らなくなり、本来ならば鬼灯に回す仕事を桔梗に回したのだろう。
 ──あのジジイ。

「……あ、今、閻魔様のこと悪く思ったでしょう」

「よくわかりましたね」

 否定するどころかあっさりと肯定するあたりが、何とも鬼灯らしい。相変わらずな性格の同僚に苦笑しつつ、桔梗は眠気のせいで抑揚のないトーンで話を続ける。

「いつも鬼灯が頑張ってる量をこなせないなんて……貴方に甘えていた証拠よ……閻魔様は悪くないわ」

 そこで一度区切って口元を手で覆い、あくびをする。

「ふあぁ……。オーストラリアはどうだった? 満喫した?」

「──はい。コアラも抱っこしてきました」

 鬼灯はまだ何か言いたげな様子だったが、桔梗が話題を変えたので無理に追求することはやめ、旅行のことを話した。

「先日、アルパカのぬいぐるみを頂いたので、そのお礼です」

 持っていた大きな袋から取り出したのはコアラのぬいぐるみ。鬼灯に贈ったアルパカのぬいぐるみと同じくらいの大きさで、抱き心地もなかなかのものだ。

「わ……ありがとう!」

 ぎゅっと抱き締めた桔梗が、目を閉じて動かなくなった。

「桔梗、ここで寝てはいけません。風邪をひきます」

「……大丈夫よ……」

「自分の部屋で休んでください」

「ねむい……」

「駄々をこねない。ほら、自分の足で歩かないと引きずりますよ」

 鬼灯の声は、閻魔大王や部下に対する態度からは想像出来ないほど優しかった。
 桔梗に話しかけると、彼女はゆるりとした動作で椅子から立ち上がって歩き出す。だが、睡魔のせいでその足取りはおぼつかない。
 鬼灯は仕方ないですねとため息をつくと、桔梗を抱き上げた。もちろん、桔梗に買ってきたおみやげも忘れずに。睡魔で意識がはっきりしないためか、桔梗は抱き上げられても抵抗を見せなかった。
 補佐官の仕事部屋から自室へ行くためには、法廷を通らなければいけない。閻魔大王はまだ仕事をしていたので、途中で金棒を投げつけて潰してやろうか。そんな物騒なことを考えながら、鬼灯は桔梗を連れて仕事部屋を出た。

(ぬいぐるみ以外にもお土産を買ってきたのですが……渡しそびれてしまいましたね)

 お菓子なども買ってきたのだが、それを渡すのは桔梗が目を覚ましてからのお楽しみとなった。


2014/5/13
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