日帰り出張


 閻魔殿のすぐ隣にある補佐官の仕事部屋には、二つの机が置かれている。第一補佐官・鬼灯の机と、第二補佐官・桔梗の机だ。書類を確認して判子を押印したりするデスクワークはこの部屋で行われる。

「…………」

 ホオズキの絵柄入りの判子を押印した鬼灯は、ちらりと視線を横に移す。そこには第二補佐官の姿はない。今朝早く、現世へ出張に向かったのだ。
 出張なら自分に任せてくれればいいのに、と鬼灯は心の中で愚痴をこぼした。仕事を済ませたら(経費で)動物園に行けるのに。

 そもそも今回の出張についての提案は、鬼灯不在時、この部屋で仕事をしていた桔梗に閻魔大王が話を持ってきた。地獄で罪人を裁く閻魔大王が法廷を空けるわけにはいかないので、補佐官が出張を任されるのだ。
 いつもなら鬼灯と桔梗の二人でどちらが出張に赴くか話し合うのだが、たまたま鬼灯が視察中に出張話が出た上、スケジュール的にも急ぎの用事であったため、その時話を聞いていた桔梗が出張することになったという。

 急ぎの話ならば仕方ないと割り切りつつも、自分が行けなかった現実に鬼灯は不満を隠すことはしなかった。書類全てに目を通してデスクワークを終わらせて椅子から立ち上がると、法廷にいるであろう閻魔大王のもとへ金棒片手に向かった。

 * * *

 尖った耳と角はキャスケットを深めにかぶって隠し、動きやすい洋服を着た桔梗は、仕事を終わらせて動物園を訪れていた。

「わー、可愛いなぁ」

 首が長く、全身がもこもこした毛に包まれたアルパカのぬいぐるみの置かれた棚を前に、桔梗は目を輝かせた。小さいものは携帯ストラップサイズ、大きいものは五十センチほどのサイズがある。
 動物園の販売店には、アルパカを中心とした動物関連のグッズがずらりと並んでいる。近年、現世ではアルパカがブームとなっているようで、今訪れている動物園でもアルパカが人気を博している。

 園内を一通り回った桔梗は、地獄へのお土産を求めて販売店に来ていた。キャンディーやサブレといったお菓子類、動物達の写真がプリントされたポストカード、ボールペンなどの筆記具。挙げたらきりがないお土産を眺めつつ、どれを買おうかと悩むのも楽しいのがお土産選びである。

 もちろん箱入りのお菓子は購入決定。小ぶりながらも愛くるしいストラップも欲しい。他にも買いたいものがいくつもある中、一際目を引くのが大きなアルパカのぬいぐるみだった。モフモフしているので抱き心地は良さそうだ。自分の部屋に置いておきたいが、同僚の部屋の方が似合うかもしれない。

「今回は鬼灯に相談しないで出張に来ちゃったし……買っていこうかしら」

 鬼灯が動物好きというのはよく知っている。いつも現世へ出張したら必ず動物園へ足を運び、それを経費で落とすことも知っている。最近ではオセアニアの動物に興味を示しており、コアラを抱っこするのが夢だとか。顔に似合わず可愛らしい動物が好みである。
 実際のアルパカは大型だが、ぬいぐるみはデフォルメ化されていて愛嬌のある顔つきだ。鬼灯がアルパカを好きかどうかはわからないが「気に入ってくれるといいな」との願いを込めて、一番大きなぬいぐるみを抱えてレジへ向かった。

 * * *

 ──夕方。
 一日の勤務が終わり、鬼灯は机の上を片付けながらふうと息を吐いた。そろそろ出張に出ていた同僚が戻ってくる時刻になる。
 桔梗は、鬼灯も認める有能な補佐官である。だからこそ朝早く出て、その日のうちに戻ってくるという過密スケジュールの出張をこなせる大切な人材だ。
 それにしても、桔梗が羨ましいという気持ちはまだ残っていた。
 有能な仕事ぶり以外の彼女との共通点は、動物好きというところだ。休憩時間や休日が重なった時は動物の話で盛り上がることも多い。桔梗も出張先の動物園に足を運ぶので、きっと今日も多忙な合間を縫って行ったと思われる。
 ただ、鬼灯との相違点を挙げるならば、桔梗は動物園でのお金は経費で落とさず、自分の財布から出すところだ。出張先で使ったお金であり、『実地調査』という名目で鬼灯はいつも経費で済ませている。それに対して、桔梗は「個人的な用件だから」といって経費で落とすことはしない。
 そのため、変に律儀なところがある、と鬼灯は桔梗が出張に行くたびに首を傾げるのだ。

 やがて机の上を綺麗に整理を終えると同時に扉が開いた。

「ただいま、鬼灯」

「おかえりなさい」

 桔梗が出張先から戻ってきた。彼女は地獄では着物だが、出張では洋服を着用する。理由を聞けば、角と耳を隠すためのキャスケットは、鬼灯なら粋な格好だと見られるが、女性の着物には合わないため洋服を着るのだという。
 出張時にしか着ない桔梗の洋服姿を見られたのだ。留守をくらって沈んでいた気分は一気に晴れやかになった。
 今回は日帰りなので桔梗の持っていった荷物は少なく、逆に現世で購入したお土産の量の方が多かった。
 桔梗は出張した際、閻魔殿で働く獄卒へのお土産を欠かすことはない。そのため、桔梗が戻ってくるとお土産を貰えることを学習した獄卒の中には「鬼灯様じゃなく桔梗様が出張してくれないかなぁ」という小さな希望を持つ者も少なくない。尤も、そんなことを鬼灯の前で漏らせば間違いなく拷問が待っているので誰も口外しないのだが。

「はい、これ鬼灯の分」

 小さな袋と、大きな袋の二つを差し出してきた。

「……二つ?」

「ええ、ちょっと奮発しちゃったわ」

「今開けても?」

「どうぞ」

 机の上に袋を置いた鬼灯は、まずは小さい方の中身を確認する。動物のイラストがデザインされたやや小ぶりの四角いスチール缶には、個別包装された数種類のフルーツ味のキャンディが入っていた。他にもポストカードや動物のシール、ストラップなど。
 次に大きな袋を開けてみれば、乳白色の柔らかい毛に包まれた大きいアルパカのぬいぐるみが姿を現した。

「……!」

 実物よりも愛嬌のあるデザインの表情に、鬼灯が反応を示した。

「急なことで鬼灯には相談なしに出張に行ったから、そのぬいぐるみは特別プレゼント」


 桔梗からの特別なプレゼント。予想外の出来事に、彼女を羨んでいた気分は綺麗さっぱり吹き飛んだ。嬉しさのあまり、思わず表情が緩んでしまうのを見られたくない一心で、鬼灯はぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、モフモフした毛に顔をうずめた。

「ありがとうございます。大切にします」


 変に律儀な性格の同僚の気遣いが、思わぬサプライズを生んだ。


2013/04/10
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