聖夜もお仕事


 十二月二十五日。
 現世ではクリスマス一色だが、ここ地獄でもクリスマスで盛り上がっている。閻魔殿では、閻魔大王自ら飾り付けを行うほどの熱の入れようだ。ただ、仕事中にクリスマスの飾り付けをしようとしたので、目ざとい鬼灯に見つかってしまい説教された。それでもクリスマスが楽しみなので、閻魔大王はいつもよりにこにこしている。

「はあ……これで仕事がなかったら最高なんだけどねぇ……」

 法廷で亡者への判決を下す合間に、閻魔大王は溜息を吐いた。

「平日ですからね」

 頬杖をつく閻魔大王を見て、桔梗が苦笑した。
 閻魔大王は今年のクリスマスは平日のため、溺愛する孫と過ごす時間が少ないと少し前からぼやいている。そんな呟きに、鬼灯からは「いつもの仕事がある日と変わらないでしょう」とそっけなく返されたらしいのだ。

「鬼灯君は子供や孫がいないからあんなことが言えるんだよ……」

 鬼灯の言葉を思い出した閻魔大王がさらに拗ねた。
 いつもなら法廷に鬼灯もいるのだが、今は外に出ているので、こうして彼に対する不満を言うことが可能である。

「子供かぁ……そういえば、桔梗ちゃんと鬼灯君は結婚しないの?」

「えっ!?」

「だって、君達付き合い出して結構経つでしょ? そろそろ結婚しないのかなぁって思って」

「そ、それは……」

 急に結婚云々の話になり、桔梗は慌てた。閻魔大王の言うとおり、鬼灯と恋人関係になって結構な年月が経過している。
 桔梗に結婚願望がないわけではない。しかし、鬼灯も桔梗も働いており、なおかつ補佐官という重要な役職に就いている。十王の中で最も忙しい閻魔大王の下で働いているので、寿退社と言ってそうやすやすと辞めるわけにもいかない。
 それに、桔梗も今のところ結婚するよりもまだ働いていたいというのが本音だった。

「でも、私が辞めちゃうと、きっと大変になりますよ」

「どうして?」

「だって、鬼灯の仕事が増えるんですよ。その皺寄せが閻魔様にも来ると思うんです」

「あははー、そんなことあるわけ……」

 桔梗の言葉を笑い飛ばそうとした閻魔大王だが、その意味を考え直すと笑いごとではなかった。桔梗が辞めるということは、鬼灯の仕事量が増大する。補佐官が仕事をさばききれないということは、上司である自分の仕事量も増大するのだ。
 閻魔大王は、笑顔から一転して青ざめた。

「……うん、そうだね……」

 やっぱり桔梗ちゃんにはまだ辞めないで欲しいなぁ、とうな垂れたところに、もう一人の補佐官がやって来た。

「年末で忙しいのに、何仕事をさぼって談笑しているんですか」

 視察から戻った鬼灯は、金棒を肩に担いで閻魔大王を見上げる。それが、プレゼントの入った袋を担いだサンタのように見えた閻魔大王がにこやかに笑った。しかし、それが気に食わなかったのか、鬼灯は金棒を閻魔大王へ投げつけた。

「痛い!」

「人の顔を見て笑うなんて失礼でしょう」

「だってサンタみたいに見えて……」

 そこまで言って、閻魔大王は口を閉ざした。サンタクロースはおもちゃなどのプレゼントを運んでくるが、目の前にいる鬼は拷問というプレゼントを与えることしかない。

「いやいやいや何でもない! 何でもないよ! だからそんなプレゼントいらない!」

「……何訳のわからないことを言っているんですか」

 閻魔大王の不可解な叫びを不審に思った鬼灯だが、むさ苦しい上司の顔より同僚の顔を見る方を優先することにした。

「ところで桔梗、今日の仕事はあとどれくらい残っていますか?」

「そうねぇ……あと三割くらいかしら」

「そうですか。では二割九分を大王にさせましょう」

「何それ多くない!? 多すぎない!?」

「そうよ鬼灯。せめて三等分にしたらどうかしら?」

「いいえ。普段私達の仕事量が多いんですから、今日くらい上司に頑張っていただかないと」

 確かに、いつもは閻魔大王よりも補佐官二人の方が仕事量は遥かに多い。まさに図星で、閻魔大王は反論することが出来なかった。反論しても、鬼灯に勝てる自信なんてないのだが。
 弱々しくうな垂れた閻魔大王には目もくれず、鬼灯は桔梗を連れて補佐官の仕事部屋へ向かった。

 * * *

「ねえ、やっぱり三人で一緒に終わらせる方がいいんじゃないかしら」

 仕事部屋で机に向かっていた桔梗は、隣の机で書類に目を通していた鬼灯を見やる。
 まるで飼い主に捨てられた子犬のような瞳をした閻魔大王が心配で、きちんと仕事を処理出来ているか気がかりだった。おまけに、鬼灯も桔梗も法廷にいないので、仕事の効率が下がっているかもしれない。
 だが、桔梗の心配をよそに、鬼灯はこれまたいつもどおりの返答をした。

「閻魔大王とあろう者がクリスマスにうつつを抜かすなんて言語道断です」

「まあ、それはそうだけど……」

 キリスト教徒ならともかく、閻魔大王がクリスマスを祝うなんてことは、本来あってはならないことだろう。しかし、他宗教の行事を暮らしの一部にしてしまうのが日本人というもの。
 実のところ、桔梗は表向きはクリスマスに対してあまり興味なさそうに振る舞っているが、『イベント』として捉えているので内心楽しんでいる。だから、手が空いた時にクリスマスの飾り付けを手伝ったこともある。

「……あなたはまだわかっていないようですね」

 鬼灯が小さく溜息を吐いた。

「今日はクリスマスです」

「それは知ってるわ」

「では、現世の人間がどのように過ごすのかはご存知ですか?」

「親しい人とパーティーをするんでしょう?」

 桔梗がクリスマスというものがどういう行事なのかを知ったのは、鬼となり、補佐官として現世へ出張した時だ。ただの鬼、ただの獄卒のままだと現世の物事についてよく知らないことが多いが、たまたまクリスマスの時期に出張したため、どんな行事なのかは把握している。
 それなのに、鬼灯はやや不満そうな表情を崩さない。

「そういう人もいるでしょうが……恋人同士はデートをしたりする日です」

「……そう、ね」

 デートをする日と聞いて、桔梗はわずかに頬を染めた。仕事に没頭する鬼灯が、よもやデートという単語を出すとは。

「平日なので仕事優先ですが、本音としては休暇を取って桔梗と二人きりで過ごしたかった」

 仕事第一の彼には不釣合いな日だとばかり思っていたのに。だから桔梗もクリスマスだということを意識しないようにしていたのに。

「……鬼灯がそんなこと言うなんて……」

 ──明日は槍の雨が降らなきゃいいけど。
 表面上は素っ気ない態度の鬼灯が意外にも情熱的な望みを持っていたことに、桔梗は心の中でそんなことを呟いた。しかし、口に出したわけでもないのに、鬼灯は目ざとく察知する。

「今、変なことを考えたでしょう」

「ううん、考えてない」

「嘘をついてはいけませんよ。仕事が終わったあとは、たっぷりと可愛がってあげますから覚悟して下さいね」

 愉悦の表情を見せた鬼神に桔梗は逃げる算段をするが、どうあがいても良い結果を導き出すことは出来なかった。


2014/01/29

▼あとがき
更新作品についてのアンケートの一つ、「クリスマスは仕事だけど鬼灯と一緒」でした。

地獄はクリスマスでも忙しいでしょう。
クリスマスでなくても、年末なので繁忙期だと思います。

鬼灯は平静を装いながらも、ヒロインとクリスマスを過ごせないことに内心イライラしているといい。
そのイライラのとばっちりを閻魔大王が受けるという…

ヒロインにクリスマスプレゼントを用意している鬼灯を想像したら……可愛い。
ムッツリさん美味しいです。

リクエストありがとうございました!
今後ともよろしくお願いします。
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