噂のアンドロイド刑事
2038.11.06
2038年、アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト。AI技術とロボット工学の発達により人間そっくりのアンドロイドを製造するサイバーライフ社があり、国内でのアンドロイド普及率が最も高い都市だ。
アンドロイドは人間の命令に従う忠実な機械というのがこれまでの認識であった。しかし、最近は人間に反旗を翻す『変異体』と呼ばれるアンドロイドが増え始めている。失踪したり所有者に暴行を加えたり、果ては殺害に至るケースが急増しているのだ。
昨夜もアンドロイドによる事件が二件起きたことを、ライラは今朝のニュースで知った。
一件目は家庭用アンドロイドが所有者に危害を加え、幼い一人娘を連れて自宅から逃走したこと。
二件目は著名な画家カール・マンフレッド所有のアンドロイドが息子を押し倒して負傷させ、駆けつけた警察によりその場で破壊されたこと。
ライラは歩きながら街中を見渡す。どこを見てもアンドロイドだらけだ。清掃員や販売員として活動しているし、アンドロイドステーションと呼ばれる専用の待機所では、アンドロイドを使いたければ自由にレンタルすることも可能となっている。
これほどまでに人間の暮らしに浸透しているのにアンドロイドが事件を起こすなんて──いや、浸透しすぎているからこそ、事件を起こしてしまうのだろうか。
アンドロイドについて考えていると目的地に到着した。警察署だ。ドアを通り抜けた正面には受付カウンターがあり、三体の女性アンドロイドが案内役として対応している。
「ご用件は?」
「ハンク・アンダーソン警部補に面会をお願いします」
「許可の確認を」
警官への面会を求めるには相応の許可が必要だ。赤の他人が簡単に要求出来るものではないが、ライラはそうではない。
バッグからICチップを組み込んだプラスチック製のカードを差し出した。ライラ本人の情報とハンク・アンダーソンとの関係を記録したものだ。ハンクがライラに渡したもので、これがあれば警察署を訪れた時に面倒な手続きを踏まずに面会が出来る。
受付アンドロイドはカードをスキャンしたあと、ライラにカードを返却した。
「確認しました。少々お待ち下さい」
アンダーソン警部補に電話しますとライラに告げた。数秒後、発信相手が通話状態になったので話しかける。
「アンダーソン警部補、ライラ・アンダーソン様がお見えになっています。受付までお越し下さい」
簡潔に伝えると受付アンドロイドは通信を切断し、あちらでお待ち下さいとライラに待合用ベンチを示す。
案内されるままライラはベンチに腰かけた。壁にかけられた薄型テレビには報道番組が映し出されている。報道内容を読み上げているニュースキャスターを眺めて1分もしないうちに呼びかけられた。
「ライラ、どうしたんだ?」
白髪交じりの髪と髭の壮年男性が奥のオフィスから出てきた。ライラの母方の伯父、ハンク・アンダーソンだ。
お世辞にもおしゃれとは言えない服装はくたびれ、ジャケットの衿が一部折れ曲がっている。だが、身長は高く体格も悪くないので、身だしなみを整えれば見目の良い警官になるだろうに、とライラは密かに思っている。
「おはよう、伯父さん。サンドイッチ作ったからおすそわけに来たの」
挨拶を交わしつつ、ライラは持参した紙袋をハンクに手渡した。中には手作りのサンドイッチを詰めた厚紙のランチボックスが入っている。
「まだ朝食をとってないと思って」
「食事の面倒くらい自分で見られる」
「カツサンドも詰めてあるから」
「…………」
以前、ライラはハンクにカツサンドを作ったことがある。肉厚のトンカツにソースを纏わせたボリューム重視のサンドイッチをハンクが食べると気に入ってくれた。それ以来、ハンクへの差し入れにはよくカツサンドを作っている。
カツサンドがあると聞いたハンクは無言のまま紙袋を受け取った。短気で皮肉屋な性格ゆえ、彼は素直に受け取らないことがままあるが、好物があるとなると話は別だ。
「今日は随分と早いのね」
「たまにはな。俺がまだ来ていなかったらどうするつもりだったんだ?」
「近くのカフェで読書でもしようかと思って」
警察署近くの飲食店で暇を潰し、午後になっても接触出来なければ帰るつもりだったと聞き、ハンクは納得しつつも適当なスケジュールだなと小さく肩をすくめる。
そういえば今日、ライラは休日だったことを思い出した。だから朝からサンドイッチを作り、わざわざ警察署まで足を運んだのか。
それなら前もって警察署に行くと連絡をすればいいのに。そう言いかけたところでハンクは口を開いた状態で「あー……」とわずかに唸った。そういえば昨夜、携帯電話はオフィスデスクの上に放置したままジミーのバーへ向かい、受付アンドロイドからの呼び出しがあるまで存在を忘れていたんだった。
もちろんライラはハンクの電話を鳴らしたが連絡がつかなかった。機械音痴の伯父のことだから、きっと自宅か警察署に置きっぱなしにしているのだろうと予想し、こうやって署に来たというわけだ。
「……ありがたく頂くよ」
携帯電話はきちんと持ち歩かないといけないなと反省するとともに、姪に無駄足をさせずに済んだことにハンクは胸を撫で下ろす。
「アンダーソン警部補、お知り合いですか?」
ハンクから少し遅れて男性アンドロイドがオフィスからやって来た。白いワイシャツにネクタイを締め、グレーのジャケットの胸元にはアンドロイドの型番『RK-800』の文字が表示されている。
「……もしかして、事件の捜査に投入されたアンドロイド?」
市販されているアンドロイドは量産型で、型番が同じなら顔つきも同じであるが、たった今姿を現したアンドロイドは街中で見かけるどのアンドロイドとも異なる顔をしている。
ライラは家を出る前、あるネットのニュース記事を思い出した。サイバーライフ社が警察にプロトタイプのアンドロイド刑事を提供したという内容だ。警察をサポートするアンドロイドは既に導入済みだが、犯罪捜査の担当許可が下りたアンドロイドは今回が初めてだという。
ライラの呟きに苦虫を噛み潰したような表情になったハンクの隣に並んだアンドロイドは、ライラの顔をまっすぐ見つめた。
アンドロイドには命令を実行されるプログラムが視覚化された『マインドパレス』と呼ばれるものがある。そのマインドパレスで瞬時にライラの顔をスキャンした男性アンドロイドは、彼女の名前や生年月日などの情報を読み取った。
「初めまして、ライラ。私はコナー。サイバーライフから派遣され、アンダーソン警部補の相棒となりました」
「ライラ・アンダーソンです。伯父がお世話になっております」
「おいプラスチック野郎、なに勝手に相棒呼ばわりしてんだ。それにライラ、俺はこいつの世話になるつもりはないからな」
ハンクはアンドロイドが嫌いである。それなのにアンドロイド絡みの事件の捜査担当になった上に、アンドロイドが捜査の相棒だとファウラー警部から押しつけられたことで虫の居所が悪いのだ。二人に否定したものの、コナーとライラは気が合うのか爽やかな笑みを交わし合っている。
「伯父のことで何かありましたら私に連絡を下さい」
「わかりました」
伯父の扱いで困ることがあればとライラはコナーに自分の電話番号を伝え、コナーはすぐにライラの携帯電話に発信した。ライラの携帯電話のディスプレイに未登録の番号が表示され、これですぐ登録出来るでしょう、とコナーが柔和に笑む。
目の前で可愛い姪が、気に入らないプラスチック野郎と連絡先を交換しあっている光景に「何てこった」とハンクは絶句した。
「さて警部補、そろそろ現場に向かいましょう」
「ったく……」
天を仰ぎたくなるハンクだが、ここで溜息をついていても仕方がない。今はまず、アンドロイドが少女を連れて逃走した事件の捜査に向かわなければならない。
「じゃあライラ、気を付けて帰るんだぞ」
「はーい。夕方スモウのごはん用意しておくね」
「それではまた会いましょう、ライラ」
「ええ。伯父さんの補佐頑張ってね、コナー」
ライラの言葉にハンクが再び愚痴をこぼしそうになったが、コナーが上手く遮って意識を捜査へ向け、警察署をあとにした。
アンドロイド嫌いの人間と、コミュニケーション能力に長けたアンドロイド。
賞を受けたことのある優秀な警官と、配属されたばかりの新人捜査官。
でこぼこコンビに見える二人だが、意外と相性が良くて事件を解決に導くかもしれない。そう思いながら、ライラは帰路についた。
2021/05/04
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