第五話 戦いのあと
リクオとの決着がついたあとは、牛鬼の手当てを急がなければ。ほどなくして駆け付けた牛鬼の部下により、牛鬼は別室に移動させられた。
まずは傷の処置だ。牛鬼組の妖怪に混じって千月がいたことに組員は不審がっていたが、総大将の客人で牛鬼の知り合いだと説明し、牛鬼を助けたい旨を伝えると、協力を承諾してくれた。
牛鬼の着物の上半身を脱がせば、祢々切丸によってつけられた痛々しい刀傷があらわになった。まだ血が流れ出ている傷の上に手をかざすと淡く光りだした。組員達が、一体何をするのかと興味を持ち、千月の手元に視線をそそぐ。次第に流れる血は止まり、痛みのせいか苦しそうにしていた牛鬼の表情がやわらいだ。
組員達が、おお、と歓声をあげた時、ドタドタと廊下を走る足音が聞こえてきた。
「牛鬼様っ!」
慌てた様子で部屋に入ってきたのは牛頭丸だった。よほど心配なのだろう。肩で息をして、普段より髪が乱れている。
「……誰だお前」
牛頭丸は室内に群がる組員達には目もくれず、横たわる牛鬼のそばにいる千月を睨む。幼い頃から牛鬼に忠誠を誓う牛頭丸にとって、見知らぬ女がいること自体、気に入らないのだ。
「千月と申します。傷は良いようですね、牛頭丸」
傷、と牛頭丸は自分の体をペタペタと何度か触れる。そういえば、奴良リクオに斬られた傷は塞がり、痛みもない。
「もしかして、お前が……? というか、何で名前を知って……」
牛頭丸が困惑していると、組員達が話しかけてきた。
彼女が牛鬼様を助けてくれた。
手をかざしたら血が止まり、牛鬼様の容態が良くなった。
まるで珱姫のようだ。
口々に言うものだから、牛頭丸はさらに混乱する。
その間も、千月は手当てを続けた。止血させたあとは水に濡らした手ぬぐいを絞り、体についた血を拭き取った。
次に軟膏を傷口に塗布する。薬師一派の鴆が調合したであろうその薬は、もう残り少ない。近いうちに新しい軟膏を貰いに行かないと。
千月はそんなことを思いながら、牛鬼の体を綺麗に拭いていった。傷口の処置を施し、清潔な布で患部を覆い、包帯を巻く。胸囲をぐるりとさせるわけだが、千月だけでは体の大きい牛鬼を支えることは出来ないため、組員に手伝ってもらった。
包帯を巻けば、あとは服を着替えさせるだけ。着替えは牛頭丸や組員に任せると、千月は部屋を出た。
別の部屋に行けばリクオがいて、黒羽丸とトサカ丸が控えていた。
「後回しになって申し訳ありません、リクオ様」
「構わねぇよ。俺より牛鬼の方が重傷だからな」
千月はリクオにも同じ処置を施した。傷を癒し、血を拭き取り、軟膏を塗り、包帯を巻く。
「本当なら鴆殿に看ていただくのが一番なのですが……」
「これくらいの傷、どうってことねぇよ」
鴉兄弟はすでに人の姿になっている。まだ不服そうな顔だが、リクオが決めたことなのでこれ以上口を出せないようだ。
「千月。組員でもねぇお前が来たのは理由があるんだろ? 良ければ教えてくれねぇか?」
「そうですね……リクオ様には話しておかないといけませんね」
リクオの言葉にうなずき、千月は話し出した。
千年前、牛鬼がまだ人間で梅若丸と呼ばれていた頃、旅の道中で彼と出会ったこと。野宿場所を探していたので千月が案内し、休んだこと。彼と別れたあと、捩眼山には牛鬼が棲んでいると聞いて急いで彼を捜したが間に合わず、人間から妖になったこと。
「妖になったくだりは、さっき本人から聞いた。だが、単なる知り合いってだけで、じじいが許可くれるとは思えねぇ。他に理由があるんじゃねぇか?」
「夜のお姿は、本当に率直なのですね」
千月は苦笑し、少し恥ずかしそうに告げた。
「梅若丸のことが、その……好き……なのです」
ほんのりと頬を赤く染めて俯く姿は、何とも可憐である。
しかし、千月の言葉に男三人はぴしりと固まった。昔からの客人として奴良家を訪問していたので顔馴染みだが、まさか牛鬼が好きで来ていたとは。
「……ん? それなら今頃じゃなくてもいいんじゃねぇのか?」
確かにリクオの言う通りである。ただ好きで気持ちを伝えるだけなら、今頃でなくても良い。
「これは私が一方的に決めた約束になります……梅若丸が私のことを覚えていたら、また会ってください、と」
「なるほど、千年の恋ってやつか」
「り……リクオ様っ!」
からかうところも総大将にそっくりだ。
「ちょっと梅若丸の様子をみてきますっ」
失礼しますと断りを入れ、部屋を出ていった。
可愛いじゃねぇかとリクオは楽しそうに笑うも、からかいすぎたかと少しばかり反省した。
2011/04/15
2023/07/06 一部修正
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